不死者は赤い瞳で嗤う2
アセットは状況を分析した。
「この壁、わたしたちが触っても開かなかった。パモナでなくちゃ開けなかった。わたしたちが特別な区域に近づいてるのは間違いない」
タナキサが注意を促す。
「アガモルゲに入ってから初めての扉だったな。しかも隠されていた。このさきにはなにかあるぞ。気を引き締めろ」
カバネルが嬉しそうに微笑む。
「やっとひと暴れかなぁ? 向こうが襲ってきたらしかたないよねぇ、アセットちゃん」
穴の幅はなんとか一行が陣形を崩さず通り抜けられる。しんがりはアセットだった。
アセットとイステバが通過すると、数歩で背後は閉じられた。
カーブした斜路が続く。曲がっていくと、また行き止まりとなる。
パモナが一行の輪から出て壁に近づいた。アセットは注意を促す。
「パモナ、壁が開いたらすぐ戻って。わたしたちのまんなかへ」
「わかった」
パモナが壁を探るとなにかが反応して、湿った音がした。
壁が丸く開く。生活臭のある空気が吹き寄せた。パモナはさっと、アセットの隣へ戻った。
穴の向こうを見て、一行に緊張が走る。
そこには一塊の男女が待ち構えていた。
男女は刺繍され、フリルのたくさんついた服を着ていた。
男はコート、女はドレス。
色はくすんで、ところどころ擦り切れているが、古い貴族的な衣装だった。
相手の中央に立つ男が、胸に手を当てて一礼してきた。
「ようこそアガモルゲへ。わたしはオンデール。我々はアガモルゲ管理委員会。ヒャッ! ヒャッ!」
男はひきつけを起こしたような笑いをたてた。
この笑いがなければ好もしい人物に映っただろう。
おかげでアセットたちは警戒を解くことができない。
それでも態度だけは敬々しく、オンデールは続けた。
「ここまで侵入できたということは、特別な方々なのであろう。ぜひお話をうかがいたい。お察しのとおり、我々はグールだ。不老不死となると、かえってよりいっそう命が惜しくなるものでね。悪魔の騎士と剣を交える気はないよ。ヒャッ! 君たちに危害を加えるつもりはないので安心してほしい。生肉の誘惑には耐えてみせるとも。ヒャッ! ヒャッ!」
オンデールたちは爪が鋭く、牙が生えていて、肌は青黒く、目が赤い。
それ以外は人間的だった。なにより言葉が通じる。
彼らは意思疎通のできるアンデッドだった。
アセットたちは顔を見あわせた。
意外な展開に戸惑っていた。
アガモルゲの中枢に知能を持った者が関わっているとは予想していたが、
向こうが友好的な態度を示すとは考えていなかった。
しかし、話が通じるのだから、交渉を有利に進めれば目的達成に近づける可能性があった。
一行で意見が出るより前に、アセットが返事をした。
「わかった。話し合いましょう。わたしたちを騙すとひどい目に遭うことは覚悟しておいて」
オンデールは犬歯を見せて微笑んだ。
「ヒャッ! ものわかりのいい方々だ、さぞ豪胆なことだろう。それではわたしが案内しよう」
タナキサとカバネルも異論を唱えなかった。
「まあいいだろう」
「けっきょくそうなるよねぇ」
一行はオンデールの仲間についていく。
入り口をくぐった先は壮麗な宮殿のようだった。
壁は赤と金で彩られ、柱には彫刻が施されている。
大型の絵画がいくつも飾られていた。
ただ、消費されるようなものはなかった。
ろうそくもたいまつもなく、発光する天井からの明かりに頼っている。
豪華なシャンデリアも下っていたが、飾りでしかないらしい。
一行は広間に通され、そこから階段をあがり、調度の整った部屋に通された。
会議室のような場所らしい。
分厚い材で作られた大きな丸テーブルがあり、椅子は十二脚そろっていた。
「かけてくれたまえ」
オンデールの指示に従って一行は腰をおろす。
パモナがいちばん奥で、そのとなりにアセット、イステバ。
契約者とデーモンはすぐに戦えるようとなりあわせで座った。
グール側はオンデールだけが席につき、他の者はその背後に並んで立った。
グール側はいまのところ総勢四人だった。
席についてまもなく、茶器の乗ったワゴンが運ばれてきて、一向に茶を淹れた。
茶はかなり高級そうな香りがしたが、口をつけるほどアセットも気を許していない。
タナキサも同様だった様子で口を開く。
「悪いが、そちらから出されたものには口をつけられない。こんな状況ではなにが入っているかわからないからな。なにも入っていなくとも、わたしたちには毒かもしれない。アンタたちとは代謝が違うことは間違いないからな」
カバネルの動きがビクッと止まる。
彼女はすでにティーカップを持ちあげていたが、そろそろとゆっくり下ろす。
オンデールは穏やかに言った。
「そうかね。これは人間の茶だ。茶などここではとても希少なものなのだが。用心深いに越したことはないか」
寛いだ様子でオンデールは続けた。
「まずこれを尋ねなければなるまい。きみたちはいったいなにをしにここへ来たのかね? このアガモルゲへ。悪魔の騎士三人とそうではないお嬢さんひとり。背後に国家がついてるとも思えん。個人的な用事だね?」
タナキサが軽く言った。
「アガモルゲに隠されているという財宝を探しにやってきた。我々は冒険者ってやつさ」
オンデールは鷹揚に頷いた。
「ヒャッ! 財宝目当てか。ヒャッ! 確かに金目のものはある。細々としたものだが、外との取引が皆無でもないのでね、その支払のためにも多大な財宝がある。ヒャッ! こういえばどうだろう。これからきみたちを蔵へ案内する。そこで持てるだけの金を持たせたら、きみたちは納得して帰るのかね?」
アセットたちは押し黙った。
もとより金を求めてきたのではない。
目標は時の門である。
オンデールは巧みに探っている。感情を見せずに続けた。
「悪魔の騎士が三人もいれば、これは一大戦力と言えよう。我々を滅ぼすこともできるかもしれん。その場合には我々も抵抗するがね。ヒャッ! こちらにもデーモンは何体かいる。きみたちはウォリアー・デーモンと戦ったことがあるかね? やつらは強いぞ ヒャッ!」
アセットたちにも、オンデールがなにかの交渉を始めようとしているのは感じとれた。
回りくどいのが嫌いなアセットは、単刀直入に聞いてみた。
「あなたがたはわたしたちになにかさせたいことでもあるの?」
「ヒャッ! 話が早いね。だが、きみたちの目的を聞かないことには、こちらもうまく話ができないのでね」
アセットはタナキサとカバネルの目を見た。
無言で「任せる」と言っている。
不安がないわけではなかったが、アセットは言った。
「わたしたちは、このアガモルゲで時の門をみつけたいの」
「なるほど、たしかに時の門と呼ばれるものはある」
オンデールは重々しく頷いた。
「だが、時の門には守護者がいる。きみたちが時の門を弄り回すのを、彼女はよしとしないだろう」
オンデールの目が輝いた。ここからが交渉の本番らしかった。