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不死者は赤い瞳で嗤う

 その出入り口は巨大だった。

 先日倒したアガモルゲの落とし子でも通り抜けられるだろうというサイズである。

 丘の出入り口へ近づいていくと、空気にどことなく異質な臭いが混じってきた。


 アセットはパモナに聞いてみた。

「ここをまっすぐ行くの? 先がどうなってるか、わかる?」

「ごめん。さっぱりわからない。こっちへ行くのが正しいとは思うんだけど、それ以外のことはさっぱり」


 タナキサはイメリアンに聞いた。

「このさきになにがいるか、わかるか?」

 イメリアンは首を傾げた。

「アガモルゲの構成物質が強力な障壁となっています。まったく気配がつかめません。でも臭いが変わってきましたね。なにかはいるでしょう」


 イルケビスが相変わらず気楽そうに口を開く。

「まあ、なにがいたってラクショーでしょ。こっちは並の軍隊より強いと思うよー」

 イステバは渋い顔をした。

「アンタ、お気楽に拍車がかかってるよね。何百年もいい暮らししすぎ。もう少し緊張感持ちなさいよ」

「お姉ちゃんみたいに慎重でもさ、埋められちゃったらねー。世話ないしー」

「アンタと話してると頭痛くなってくる。行こう、アセット」


 一行は警戒しつつ、丘の出入り口へ入っていった。

 壁が淡く光を放っていて暗くはない。

 斜路になっていて、ゆるやかにカーブしていく。

 ぐるりと大きく一回りもしたころ、大きく開けた空間に出た。臭いも強くなる。

 そこには驚くべき光景が広がっていた。


 アガモルゲの落とし子がいた。

 地下の広大ともいえる空間に、アガモルゲの落とし子が何十匹も並んでいたのだった。

 これが異臭の原因らしかった。

 アガモルゲの落とし子たちは目を閉じ、じっとして眠っているようだった。

 一行は思わず足を止めて見入った。


 巨大な獣が収まる広大な空間。

 アセットはその光景に目を奪われた。つぶやきが漏れる。

「すごい、なにこれ……」

 それからパモナに話しかける。

「パモナ、あなたこの生き物のなかに入ってたんだよ。やっぱりパモナはここから来たのに間違いなんだよ」

 パモナは戸惑っていた。

「どういうことなのか、ぜんぜん思い当たらない。本当に、この光景が記憶をかすめるような気がするだけ……」


 イステバが青い瞳を輝かせた。

「もしかして、この生き物って乗りものだったりするんじゃない? 馬みたいに上に乗るんじゃなくて、しかるべき方法をしっていれば、なかに乗れるとか」


 タナキサが言った。

「なかに乗れるとすれば移動できる要塞だな。わたしたちがプライマル・スーツを着て戦うように、アガモルゲの落とし子に乗って戦うのかもしれん。誰がかはわからないが」


 アセットは眉根を寄せた。

「ここでこんなに飼われてるなんて、戦いのため? そもそもアガモルゲってなんなの? なんのために存在してるの?」


 タナキサが腕組みして言った。

「確かに、アガモルゲがなんのために存在しているかは学会でも意見が割れていた。パルツァベルの超兵器が誰にも止められないまま動き続けているというのが主流だったが。こうしてみると、アガモルゲはきちんと機能したまま、なにかに備えているような感じがするな」


 カバネルが言った。

「さっきアベイラーが話してたじゃん。アガモルゲの女王は外の世界へ影響力を伸ばしたがっているって。オークやトロルを率いて戦争でも起こすつもりなんじゃないのぉ?」

 アセットは応える。

「そうだとしても、きっとうまくいってないんだよ。そうじゃなきゃおとなしくしてる理由がないもの」


 アガモルゲの落とし子たちは寝息ひとつたてない。

 生きているのか死んでいるのかさえ、定かではなかった。

 この無機質な獣を世話しているのか、数体のゾンビがうろうろしている。


 カバネルが言った。

「アタイ、ちょっと試してみたい」

 カバネルはイメリアンと抱擁し、悪魔の騎士となった。アベイラーも手元に現れる。

 カバネルは唐突に動いた。

 そばを通りすぎていくゾンビへ、アベイラーを突き刺す。

 ゾンビは大きく悶えたと思うと、一瞬でしなびて灰になってしまった。

 カバネルが喜びの声をあげる。

「すごい! やっぱデーモン・ウェポン。並じゃないね! アンデッドも一撃!」

 タナキサが怒鳴った。

「バカ! なに勝手に攻撃してるんだ!」


 一行は一気に緊張に包まれた。

 ゾンビたちはおとなしくなんらかの仕事をしているが、

 攻撃されたら応戦してくるかもしれない。


 戦いに備えて、アセットも短剣を構えてパモナを守るように立つ。

 イステバも近くへ寄せる。


 戦いの構えをとって様子をみることしばし。

 ゾンビたちは群れることもなく、襲ってくることもなかった。

 平常業務らしき、よくわからない仕事を続けている。一行は安堵の吐息をついた。


 タナキサは剣を下げた。

「まったく、余計なトラブルを招くような真似はやめろ」

 カバネルはイメリアンと分離した。

「でも、どうしても試したくってぇ。がまんできなかったのぉー」

 アセットも黙っていられなかった。

「わたしたちはまだ先があるんだから! こんなところで暴れてる場合じゃないの! 本当の目的を忘れないで!」

「あぁー、小さい子にいわれるとむっちゃ心に突き刺さるぅー。わかった。お姉さんちゃんと自重するからぁ。ここはもう許してぇー」

「ホントにもう」

 怒りが治まると、アセットはふと気づいた。

「ここのゾンビたちって臭いしないね。腐ってもいないようだし」

 イステバが応える。

「腐敗しないように作られてる。飲み食いせず、休みもいらない。おそらく、このアガモルゲの目的を維持するための道具、歯車なのよ」


 タナキサが言う。

「死なない、飲み食いしないアンデッドたちで管理して臨戦態勢を維持。だがじっさいのところは荒野をアテもなくうろついてるだけだ。もしかしたらアガモルゲの女王とやらは、このアガモルゲをコントロールできていないんじゃないか? 維持するのが手いっぱいで」

 イメリアンが無表情で口を開く。

「先に行けばわかるでしょう。手強い敵がいればおもしろいんですが」

 パモナが歩を進めた。

「目指すものはたぶんこっちです。そんな気がします」


 一行は奥へ進んだ。

 眠るように動かないアガモルゲの落とし子の並んでいるのは、壮観だった。そのなかを進む。

 入ってきたのとは反対側の出入り口に着いた。

 こちらは狭いとはいえ、人間サイズの軍隊が通れるほどはある。

 ゆるく下る斜路が続いてた。一行は進む。

 

 カーブを曲がって歩いていくと次の空間に達した。この部屋も広い。

 果てしがないように、ガラスで作られたような円筒の管が並ぶ。

 なかにはオークが入っていた。だが干からびていて、とても生きているようには見えない。オークの干物だった。それが数千体分もある。


 アセットはガラス管のひとつに手をついた。オークが無念そうに口を開けたまま固まっている。

「これってやっぱり兵隊だよね?」

 タナキサが頷いた。

「時間が経ちすぎて干物になってるがな。これが役に立たなくなったから、外でオークを繁殖させようとしたのかもしれないな」

 カバネルが顔を寄せてきて言った。

「水で戻せたりしてぇ」

 イステバが腕組みして眉を片方つりあげた。

「水じゃ無理だろうけど、この状態から蘇らせるような特別な液体はあるかもしれない。永久不滅のアガモルゲの分泌物とかなら、そんなことも可能かもしれない。そういう技術は研究されていたはず」


 ここにはゾンビがいなかった。

 それでもアセットたちは不意打ちに備えて、警戒しつつ進んでいく。

 また出入り口があり、斜路がゆるく下っていく。一行は進んだ。


 それからは似たような層が続いた。

 トロルが干からびている層があり、次はゴブリンの層だった。その次は広大な武器庫だった。

 剣、槍、トロル用の棍棒など、様々な武器が並ぶ。


 タナキサは長剣のひとつを手にとった。

「埃を被っているが、造りはわりといい武器だ。意匠が古いといえば古い」


 アセットも短剣を見てまわった。

 確かにいい品が多く、自分のものと交換してしまいたくなる品もあったが、ここの武器は古い。万が一の耐久性を考えて、アセットは我慢した。


 一行は入ってきた入り口の反対側まで行ったが、今度は出入り口がなかった。

 この武器庫で道が終わっている。立ち往生となった。


 アセットは聞いた。

「パモナ、ホントにこっちで合ってたの?」

「たしかにこっちへ心ひかれるんだけど……」

 タナキサは言った。

「パモナは時の門か、またはなにか重要な部分に直線距離で近づこうとしているのかもしれない。これだけ大きな構造だ。通り道は何通りあってもおかしくないからな」

 カバネルも鷹揚に頷いた。

「まあ危険もないしねぇ。引き返して別の道を探そうかぁ。ちょっと退屈してきたけどぉ」

「そんなはずは……」

 パモナは一行の中央に守られていた。その輪を抜けて出て壁に近づく。

 壁の材質は不明だったが、でこぼこしていて一様だった。


 パモナは茶色の髪を揺らして、壁をさするように探る。

「あっ!」

 湿った音をたてて、壁が開いた。

 丸く、口を開くように抜け穴となっている。

 大きさは人間数人が通れるていど。

 あきらかにいままでのものより狭い。

 奥から生暖かい空気が漂ってくる。

 そこには生の気配、生活の雰囲気が混じっている。

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