蛇の刻印は所有者を這う2
一行はアセットを先頭にして、開けた場所へ出た。
尖塔群に囲まれた広場のようになっている。
地面はほぼ平坦で、ゾンビはいなかった。
その広場の端に十字架が突き立てられ、灰色の人影がはりつけにされている。
この人影が、イメリアンの感知したデーモンのようだった。
アセットとイステバは、この人影に見覚えがあった。
一行は油断なく歩を進め、十字架の前へ行った。
頭上の高みから、灰色の人影が無感情な瞳で見下ろしてくる。
アセットは人影に語りかけた。
「あなた、ここでなにをしてるの?」
人影は笑みもなく口を開いた。
「ああ、やっぱりきみたちだったか。また会うとはね。まさかぼくを追ってきたわけじゃないだろう。ぼくはそこまで自惚れてないつもりだけど」
タナキサが聞いた。
「知りあいなのか、アセット」
「オークの集落を支配していた魔道士のデーモン。どこへ飛んでいったかと思えば、こんなところではりつけにされてるなんて」
アセットは呆れつつ説明した。
ここで初めて、はりつけにされたデーモンは媚びを売るような笑顔を見せた。
「はじめまして。デーモン使いのお嬢さんがこんなに何人もくるなんて。ぼくにもお慈悲を」
カバネルは笑った。
「お慈悲っていってもねぇ。こんなところに鎖でぐるぐる巻きにされてる人を助けていいものかってねぇ。キミ、なにしたのぉ?」
「聞いてくれるのかい、嬉しいよ。端的に言ってしまえば、任務失敗の責任をとらされてるのさ。ここの管理者は影響力をアガモルゲの外へも広げたいと考えている。周囲の土地で、オークやトロルを繁殖させる実験をしてたのさ。その繁殖地のひとつの長が、このまえそこの小さいきみに殺された魔道士だったというわけだ。ぼくは魔道士の死を報告に戻り、こうしてはりつけにされた。何年かしたら開放してもらえるとは思うけど、それを待ってるのも飽きる」
アセットは眉根を寄せた。
「ここの管理者ってどういう……」そこで言いよどんで続ける。
「どういう存在なの?」
十字架のデーモンは答えた。
「もちろんアンデッドだよ。アンデッドの女王さ。もう何百年も君臨している。それでもここでは新顔のほうなんだけど、力があるからね」
タナキサが聴いた。
「おまえを助けることはメリットがありそうだが、保証は?」
「ぼくは本来デーモン・ウェポンなんだ。人の形をとって自意識を持っているのはめんどくさい。デーモン・ウェポンに戻るから、ぼくと契約してほしい。そうすればきみたちの力になるだろう。知識は使えなくなるけど、力にはなる」
タナキサはあごに手を当てる。
「人型のままのほうが我々の役にたちそうなんだが……」
「それは無理だ。人の形にはもう嫌気がさした。武器として振るわれる快感を取り戻したい」
カバネルが首をひねる。
「でもアタイたち、もうデーモンと契約してるから、パモナしか残ってないけどぉ?」
デーモンは言った。
「二重契約は例のないことではないよ。むしろ、昔は多重契約のほうが普通だった。多重契約すると、傷が治りにくくなったり、子供が作れなくなったりしたらしいけどね」
デーモンの目つきがやや鋭くなった。
「でもそこの小さいきみはダメだ。魔道士を殺された恨み、というか恨みというほどでもないけど、きみには嫌悪感を覚える。名前も覚えてないけど、ぼくたちはつきあいが長かったからね。こういう感情は人間にも理解しやすいんじゃないかな」
イステバが負けじと言い返す。
「まあいいよ。アタシもアンタと同居って嫌だし。もっと選りすぐりの武器じゃないと持つ気になれないし」
アセットは正直にいえば力が欲しかったが、
このように嫌われているものと契約する気にはなれなかった。素直に諦めて黙っている。
対照的にカバネルはウキウキした様子で言う。
「じゃさ、タナキサちゃん、ジャンケンで決めない? アタイ、デーモン・ウェポンて持ってみたかったし!」
タナキサは肩をすくめる。
「おまえに譲るよ。わたしはあまり余計な契約を背負いこみたくない。確かにいまやデーモン・ウェポンは貴重な存在だ。あとで羨ましく思うこともあるかもしれないが、まあ、それほど大きな悔いにはならないだろう」
カバネルは腕を突きあげて喜んだ。
「やったぁ! じゃ、いま自由にしてやろっかぁ」
カバネルはイメリアンと抱擁して悪魔の騎士となった。
強化された腕力で、はりつけにされたデーモンの鎖を引きちぎる。
デーモンは自由となって、ふわりと降り立った。身体を伸ばしながら、カバネルに言う。
「悪魔の騎士のままで契約しよう。片腕をだして。どっちでもいいけど、肌に刻印が残るよ」
カバネルは左手を差しだした。
「そんなに大きいのは困るんだけど」
「コインほどの大きささ。ところできみの名前は」
「カバネル。デーモンのほうはイメリアン」
「わかった」
デーモンはカバネルの手をとって跪いた。
「われここに契約を結び、カバネルとイメリアンの刃とならん。われは敵を貫き、苦痛と死をもたらさん。われは雷撃と炎熱の運び手。わが名はアベイラー。ここに従属する」
アベイラーはカバネルの手にキスするかと思われたが、牙を剥きだして噛みついた。
真紅と白銀の装甲が凹むほどの力だった。
「いってぇ!」
カバネルが悲鳴をあげてのけぞる。
次の瞬間には、アベイラーの身体は縮まり、細長い棒状と化した。
それは槍だった。
白銀に青い幾何学模様が光っていて、赤い靄をまとっている。
ひと目見て正常な品ではないとわかった。
槍は空中に浮かび、カバネルを待っていた。
カバネルは右手で槍をつかんだ。重さとバランスを確かめる。
「これは、たしかにいい槍じゃない?」
それから構えて突きを数度放ち、頭上で振り回した。さまになっている。
「槍ってこんなふうに使うんでしょ」
槍を地面をついた。
長さはカバネルの身長より頭ひとつ長いくらいだった。
「まあ、力が溢れてくるってこともないけど、こんなもんかな。ところでさぁー……」
カバネルは魔槍アベイラーを構えて、アセットとタナキサのほうへ向いた。
アセットは、カバネルのマスクが邪悪に歪んだような錯覚を覚える。
カバネルは言った。
「これでアタイが頭抜けるじゃん、強さでいえばさ。だってデーモン・ウェポン持ってるもん。同じ姉妹デーモンといっても、もう殴り合いの膠着状態にはならないねぇ」
魔槍アベイラーの模様が輝き、赤い靄が沸いたように見えた。
思わぬ展開に、アセットとタナキサは息を呑む。イステバは余裕の表情で挑発した。
「ヤル気? 三対一になること忘れてない? アタシたちにはパモナの魔法もあるのよ。悪魔の騎士ふたりに、大がつくような魔道士の魔法。デーモン・ウェポン一振りにはお釣りがくるくらい。手に入れたばかりのとこ、へし折っちゃうけどいい?」
カバネルは構えを解いた。
「なぁーんちゃってぇー。ヤル気はこのさきの敵にとっとくよぉー。解除!」
装甲が帯となって解け、イメリアンの姿に凝集する。槍は霧となって消えていた。
カバネルはうろたえる。
「ちょっと、アベイラーどこいったの!」
「ここに」
イメリアンが顔を横に向けた。紫の髪のあいだに耳朶がみえる。
そこにピアスと化して槍のミニチュアが揺れていた。
アセットたちもそれを目にした。
「ふーん、持ち歩く手間が省けるね」
アセットが言うと、タナキサが返す。
「すぐに使えない。良かれ悪しかれってところだな」
イメリアンが言った。
「プライマル・スーツを展開していたときに契約したので、これはわたくしの装備となったようなものです。カバネルがわたくしの契約者であるあいだだけですが」
「やっぱアタイのもんだよね。誰が持ち主かといったら」
カバネルはみんなに見えるように左手の甲を差しだした。
そこには契約者の証の刻印があった。輪になった蛇のなかに五芒星が描かれている。
タナキサが言った。
「まあ行く先で役に立つだろう。こっちに向けなければな。先へ進もう。あそこだろ」
尖塔で囲まれた空き地の中央、
そこにひときわ大きな丘のようなものがあり、口を開けている。
一行はそちらへ向かった。