蛇の刻印は所有者を這う
四人の探索者と三体のデーモンは食事を終えた。
これが最後というわけでもない。タナキサとカバネルは食料を携行する。
アセットはパモナを運ばなければならないので荷物を持てない。
エクウスはここに置いていく。
巨人像に支えられたアガモルゲの基盤は、地上二十メートルの高さにあった。
空が飛べなければ突入できないのだった。
悪魔の騎士となって飛びこまなければならなかった。
準備を終えると、アセットは気遣わしげに声をかけた。
「パモナ、気が進まないなら、ここで待っててもいいんだよ」
パモナは首を振る。
「ちょっと怖いけど、ここまで来たら、行けるところまで行きたい」
「わかった。でも無理はしないで。なにかあったらすぐ教えて」
タナキサが顔をあげた。
「パモナの予感が正しければ、時の門まではパモナが案内してくれるだろう。準備はいいか」
タナキサは兵団長として多くの任務をこなしてきた。
事を仕切るのに慣れている。みなは指示に従った。
四人と三体は、遠くにゆらめく都市のごとき巨体に、強い意志を秘めた視線を注ぐ。
用意は整った。
タナキサが合図をだした。
「着装ッ!」
アセットたちはそれぞれのデーモンと抱擁し、悪魔の騎士となった。
タナキサとカバネルは食料を詰めたリュックを担ぐ。
アセットは両腕でパモナを抱きあげた。
タナキサが腕を振る。
「発進ッ!」
背中の装甲が開いて、推進噴射が吹きだす。四人は宙へ飛びたった。
タナキサとカバネルが並んで飛び、その後ろにパモナを抱いたアセットが続く。
むき出しのパモナを気遣って、
一行は急上昇を避けるべく、地上からまっすぐアガモルゲの大地をめざした。
攻撃を受けるとしたらいい標的だが、初撃は悪魔の装甲が守ってくれると期待してのことだった。
悪魔の騎士たちの飛翔速度は、矢のように速い。
ぐんぐんとアガモルゲが近づく。
アセットは神経を張り詰めて、アガモルゲの様子を窺っていた。
パモナがいるのだから、攻撃があれば誰よりも早く回避行動をとらねばならない。
だがアガモルゲは沈黙していた。
悠然と歩を進めるのみ。
四人は突進していった。
到達。
アガモルゲの大地に届いた。
なにも抵抗はない。溶岩が固まったような地面が広がっている。
タナキサとカバネルが先に着地した。アセットはその上を旋回する。
遠く、大地の中央部には煙霧を吹きだす尖塔の群れがあった。
いまいる辺縁部はゆるやかに平坦であり、ところどころに蟻塚のようなものが点在している。
少し離れたところには内部への入り口らしい洞に見えるものもあった。
それらは人間に合わせたサイズだというのが見てとれる。
アガモルゲには、人間に近い体格の住人がいる可能性があった。
いまのところ動くものはない。敵対的な生物の姿は見えなかった。
タナキサが降りてこいと身振りをしたので、アセットたちも着地した。
胸からパモナを下ろす。
パモナが地面を踏みしめるのを待って、アセットは聞いた。
「どう、なにか思い出した?」
パモナは顔色がすぐれないように見えた。
「なにか記憶にひっかかる、けどあまり嬉しくない感触がする。いまさら言うのもなんだけど、やっぱり初めてじゃないんだなって気がする……」
「なにか異常があったらすぐ教えて。わたしは自分の目的もだいじだけど、パモナもだいじだから」
「ありがとう、アセット。でもだいじょうぶ。わたしもみんなの役にたちたいし」
辺りに首を巡らしながら、タナキサが言った。
「敵のお出迎えはなかったな。だが構造からしてなにかはいるだろう。いや、滅びてしまって、いまはなにもいないのかもしれない。とにかく着装時間を無駄にしたくない。分離しよう」
タナキサがイルケビスと分離し、アセットとカバネルも続いた。
それぞれ腰の武器を抜くが、まともな装備に身を包んでいるのはタナキサだけだった。
アセットは軽装の旅人だし、カバネルにいたっては太ももと肩が大きく露出している。
格好だけみると、いささか心もとない一行と映っただろう。
悪魔の騎士たちは、いっけん脆弱そうな女の集まりに変じた。
イステバが鼻から大きく空気を吸いこんだ。
「ふー。アガモルゲってこんな匂いなんだ? 古い、古いアーティファクトの匂いね」
イルケビスが笑った。
「おねーちゃんてばロマンチストー。そんなんだから埋められちゃうのよぉー」
「それは関係ないでしょ!」
ふたりの傍らで、イメリアンは腕組みしていた。
「わたくしは古い死骸の臭いを感じますね。薄く漂っていますが、こう広く漂っているからには数が多いでしょう」
ナイフをくるくる回しながら、カバネルが言う。
「まあ、この先に動くものはいるよねぇ。アタイとイメリアンにはわかってるけど」
「どうであれ、進むしかない。注意は怠らないようにな」
そう言ってタナキサはアセットへ目配せした。アセットはパモナに顔を向ける。
「パモナ、わたしたちを案内して。勘でいい。どうせ行き先がわからないんだから、アテがハズレても文句言わないから」
「う、うん……。たぶんこっち」
パモナは中央部へ向かって歩き始めた。
一行は態勢を整え、パモナが中央になるよう囲んで進んだ。
歩いていると、イメリアンが不意に警告を発した。
「左」
そこには暗い内部へつながる洞があった。
乾いた足音が聞こえてくる。一行は身構えた。
痩せた人影が、のったりとした歩みで姿を現した。
ボロを着て、手にはモルタルのようなものが入った桶を持っている。
皮膚は茶色に干からび、目は白く濁っていた。
いっけんしてわかる。この男は生きていない。
タナキサは長剣を構えたまま言った。
「アンデッドだ。気をつけろ」
アセットは生ける死者、アンデッドと対峙するのは初めてだった。
恐ろしさはあるものの、それを制して、素早く倒す方法を計算する。
頭を破壊するか、首を切り離してしまえばいいらしいが。
アンデッドはアセットたちに気づいたらしく顔を向けてきた。
うめき声とともに、黄色く汚れた歯をむき出しにする。
アンデッドの腕があがりかけた。
だが、そこで思い直したように腕を下げると顔を反らし、
何事もなかったように、どこかへ歩きはじめた。
アセットは短剣を構えたまま、アンデッドの動きを見守った。
やがてそれは離れて背を向ける。
タナキサが剣を下げた。
「アンデッドだが、なにかに律されているな。強力に管理されている。むやみに襲ってくることはないようだ」
カバネルが言った。
「てゆうことはさぁー、いまのでアタイたちが侵入してきたことを親玉に知られちゃったかも?」
「まあ、そう考えておいたほうがいいだろう。この先、大群で待ち伏せという可能性はあるな」
アセットは気丈だった。
「敵がいるのは予想していたこと。こんなのいくら出てきてもものの数に入らない」
イステバが頷く。
「やっぱりデーモン以上の敵がいないと張りあいないね。ここも単に大きな墓場でしかないかもしれないし」
アセットは促した。
「パモナ、先へ進んで」
「うん」
一行は怯むことなく進んだ。
尖塔が集まっている中央部へ近づく。
うろついているアンデッドには何度も遭遇したが、向こうがこちらを襲ってくることはなかった。どれも、単数なら脅威にならないゾンビばかりだった。
ひとつの尖塔に近づいた。その基部の手前でイメリアンが口を開く。
「このさきにデーモンがいます。お姉さま、嬉しい?」
「あんまり……」
イステバが応えると同時に、一行は気を引き締めた。
デーモンとなれば、アセットが魔法の炎で重症を負わされたことも記憶に新しい。
ここで怪我をしている余裕はない。
なによりパモナをあんな炎に曝させるわけにはいかなかった。
「わたしが様子を見てくる! イステバ!」
アセットは小走りで先に出た。イステバもちょこちょこついていく。
アセットは塔の基部を、慎重にじりじりと回りこんでいった。
首を伸ばして、視界を確保する。
そこに異様な光景を見た。
異様だが、急な危険はなさそうだった。後ろへ声をかける。
「だいじょうぶそう。パモナ、こっちの方角へ行くのなら通ろう」