地を這う雲海のごとき巨影は
アセット、パモナ、タナキサ、カバネルの四人は、ともにアガモルゲを目指すこととなった。
このさき、屋根のある場所で眠れる可能性は低い。
そこで山を越える前に、この村で一休みすることになった。薪と水は豊富にあった。
「旅を始める前にひとっ風呂浴びておこう」
タナキサの提案で、四人は湯浴みをすることにした。
大鍋で大量の湯を沸かし、代わる代わる湯を使う。
ひとりが湯浴みしてるあいだ、ほかの三人が追加の湯を沸かしたり、世話をする。
湯で濡れてしまうので、四人とも最初から裸になっていた。
出会って間もないが、いきなり裸のつきあいとなった。
軽いおしゃべりのなかで、お互いの年齢もはっきりした。
アセットは十四歳、タナキサは二十二歳、カバネルは十八歳。
パモナは記憶を失った時点で十六歳だったという。
アセット、タナキサ、カバネルの三人は悪魔の騎士なので、折り紙つきの男をしらない身体。
イステバの嗅覚によればパモナも処女である。
全員が男をしらないということも、アセットにとっては不思議ではなかった。
ほかの三人の心のなかはわからないとはいえ、
アセット自身についていえば、男などなんの必要があって一緒になるのかさっぱりわからないものなのだった。
この家は花も恥じらう乙女の園となったが、その乙女たちは誰をとっても一騎当千の力を持つ猛者ばかりである。男手など必要ないのだった。
アセットたち四人は、デーモンたちにも湯浴みさせた。
デーモンたちは垢をださないが、汗はかくし、埃も被る。
イステバたちは必要ないと抵抗したが、四人がかりで服を剥いて湯槽へ突っこんだ。
全員で豪勢に湯を使ったので、家全体が蒸し風呂のようになった。
室温が下がらないので、みな裸のままほてりを冷まし、
すっかりくつろいでごろごろと寝転がって過ごした。
夜、この家は濡れてしまったため、別の家で雑魚寝した。
イの三姉妹は不寝番を兼ねて、家の外で過ごしていた。
三人で積もる話を語り合っているらしい。
お互い悪魔の騎士であるという境遇のためか、アセットはすっかり馴染んだような気がした。
こうなると、ふたりの悪魔の騎士が目的を手助けしてくれるようなものだった。
アセットは心地よさと心強さを感じて、いままでになく深く眠ることができた。
翌朝、太陽が昇るとともに四人は出発した。
急かされている旅ではないが、むやみに遅らせる理由もない。
タナキサとカバネルは悪魔の騎士となり、大きなリュックを身体の前に抱えるようにして担ぐ。
アセット、パモナ、イステバの三人はエクウスに乗った。
パモナの指示でエクウスが先導し、タナキサとカバネルはやや遅れて併走する。
日の射さない森のなかをそのまま三時間ほど走ると、タナキサは着装時間の限界を迎えた。
イルケビスと分離する。
カバネルも立ち止まってイメリアンと分離した。
エクウスに乗ったまま、アセットは言った。
「じゃ、またあとで」
「ああ、すぐ追いつく」
タナキサの返事を聞いて、アセットはエクウスを進める。
アセットたちはすぐタナキサたちから見えなくなってしまうだろう。
しかし、カバネルとイメリアンのコンビは気配探知に優れているのだった。
あるていど方向の推測がつけば、
遠く離れていても気配を探知して追ってくることができるという。
すでに山裾に達していた。
この山脈を越えれば、アガモルゲの徘徊領域に入る。
エクウスは宙に浮いて走るといっても、岩のごろごろした山肌は、通り道を探すのに難渋した。とてもスピードは出せない。
山腹のなかばあたりでうろうろしていると、
後ろからタナキサとカバネルが飛んできて追いついた。
悪戦苦闘しているアセットのかたわらに降り立ち、真紅と白銀のカバネルが言った。
「後ろで相談してたんだけどさ、アタイたち先に山越えしちゃって、向こうの麓で待ってるわ。一緒にうろうろしてても始まらないしねぇ」
黒と翠に輝くタナキサも頷く。
「そういうことだ。山を越えるまでは方向を見失うこともないだろうし、先に行ってるぞ。がんばって今日中には降りてこい。じゃあな」
タナキサとカバネルは推進噴射を吹かせて飛んでいってしまった。
彼女たちは自在に空を飛べる。
今回の着装時間のうちにも、山を越えて向こうの麓へついてしまうだろう。
山を登りはじめてから空は重たく曇っていた。いつ雨が降りだすともかぎらない。
アセットはエクウスを止めて言った。
「こっちは雨が降ってくるまえに食事しちゃおう。おなか減ったしね」
パモナが申し訳なさそうに言う。
「わたしがいなければアセットも飛んでいけるのにね」
「パモナがいなくちゃ話がはじまらないじゃない」
イステバが口をはさむ。
「昔の契約者だった姫もよくこのエクウスで山越えしてた。アタシけっこう好きなのよね。雨や雪が降ってこない限りは」
「雨が降らないように、デーモンの神にでも祈っといて」
アセットはそういうと荷物を解いて、食事の準備をした。
食事をしたあとものろのろと登攀を続け、
曇天の灰色がさらに濃くなったころ、やっと山頂に到達した。
垂れこめる雲の下、吹きすさぶ風を通して、アセットたちはこの先を眺め渡した。
下の野は、山から下った川が注ぎこみ、広大な湿地帯になっている。
さらにその向こうは禿げた丘が連なり、
こちらの山がそれほど高くないこともあって、それほど遠くまでは見渡せない。
少なくともアガモルゲは見えなかった。
やはり人の居住に適した土地とは思えなかった。
山の麓から少し離れたところに、小規模な集落めいたものがあった。
人は暮らしていないようだが、たなびく煙が一筋あがっている。
タナキサとカバネルが待っているのだろう。
アセットはそちらへ向かって山を降っていった。
エクウスは宙を飛ぶ。下りは少々の難路を通るのも苦ではない。飛び跳ねるように降った。
登りとは打って変わって、アセットたちの道行きは速やかだった。
日が暮れて暗闇に包まれる前に、アセットたちは麓についた。
湿地帯にあるわずかな乾いた土の上を走り、集落へ向かう。
屋根のない小屋の前で、タナキサが手を振っていた。
「夜に間に合ったな! 湯を沸かしてある。お茶でも飲め」
アセットたちはエクウスを降りてひといきついた。
廃村、といっていいかどうか、掘っ立て小屋が数軒だけ集まっている場所だった。
小屋の多くは屋根がなく、残っている壁は焼け焦げていた。
タナキサとカバネルはそんな壁を剥がして焚き木にしていた。
アセットたち四人と、三体のデーモンは一緒になって豪勢に焚かれた火のまわりでお茶をすすり、食事をとった。
こうして全員が集まってみると、なかなかの大所帯であった。なんとなく安心感がある。