殲滅するは宴の華なり
アセットたちは作戦を立てた。
といっても人数もいないし、武器もないのでだいぶ大雑把なものとなった。
だが、こちらの戦力はふたりとも一騎当千である。そこに賭けるしかなかった。
アセットは言った。
「パモナは射程距離ぎりぎりからさっきの弾を撃って。それからわたしとイステバが突っ込む。パモナはたまにエクウスで移動して。着装時間の限界がきたら戻ってくるから、クールダウンのあいだは休憩ね。オークが全滅するまでそれを繰り返す」
「わかった!」
パモナは頷いた。アセットの役にたてるのが嬉しいような声だった。
イステバは呆れ声をだした。
「オークの群れを相手にするような作戦とは思えないけど。まあ、こっちは道具も武器もないしね」
時刻はまだ朝日が昇りきったばかりだった。
オークを相手にするなら陽の光があるうちが有利だ。
日没までに勝負をつけたかった。
火を使わない食事で腹ごしらえして、エクウスのパスコードをパモナに教える。
運転の練習を少ししてもらい、射撃予定地までパモナが操縦した。
これですべての準備が整った。
「さあいくよ! イステバ!」
アセットはイステバと抱きあう。紺碧と金色に輝く悪魔の騎士となった。
「パモナも周囲に気をつけて。危ないことがあったらわたしのほうへ逃げてきて」
「アセットも無理をしないでね」
「じゃ、いってくる!」
アセットは推進噴射を吹かせて一気に飛びたった。
速度を落とさず突進していく。
荒れ地の上を飛び、オークの集落へ入った。
見張りのオークの眼前、これみよがしに着地する。
オークはあっけにとられている様子だった。
「オ、オメェ……?」
アセットは問答無用で拳を振るい、そのオークの頭を吹き飛ばした。
もう一匹も回し蹴りで始末する。
見張りを始末すると、アセットは泰然とした歩みで集落のなかへ歩み入っていった。
「ギャッ!」
「ウガッ!」
離れたところからオークの悲鳴があがる。
パモナは一発一発狙撃する分には弓矢より遠い距離から射撃できた。
奴隷を監視しているオークたちを狙っていた。
倒れたオークを呆然みつめている男がいた。アセットは近づいて話しかける。
「あなたたちを開放しにきました。奴隷はあと何人くらいいるの?」
衣服の切れ端に身を包んだ男は、事態が飲みこめないようだった。
悪魔の騎士を見て、口をわななかせている。
アセットはもういちど聞いた。
「あなたたちは自由になったの。奴隷はあと何人? どこらへんにいるの?」
やっと男の目に生気が蘇った。
「あ、ああ、ご、五十人くらい、いる……」
「どこにいるの?」
「い、入り口を入って奥へ二番目の部屋だ。大きな部屋でみんなそこで生活してる……」
「オークは全部で何匹くらいいるの?」
「二百匹はいる」
「安全をみはからってみんなを連れて逃げて。残りは順次救出します」
男の目が輝いてきた。
「ほ、ほんとに俺たちは自由なのか! 俺も戦う!」
男は細くなった腕で、オークの剣を奪った。
アセットは首を振る。
「よして。足手まといです。安全なところへ逃げて、自分の身を守るていどにしといてください」
「わ、わかった、そうする。アンタがそういうなら……」
アセットは畑の横の地面に銅鑼が立てかけてあるのを見てとった。
「異常事態が起こったら、あれを鳴らすの?」
「そうだ、銅鑼を鳴らすとわらわら出てくるぞ」
「便利ね。さあ、みんなをまとめて逃げて。あなたたちが逃げたら銅鑼を鳴らします」
「おおい、みんな!」
男は奴隷たちをまとめて避難を開始した。
オークが一匹、様子を見に出てきた。
即座にパモナの光弾で倒される。
集落にはまだ襲撃が始まったことを知られていない。昼間のオークは予想以上に鈍かった。
それならばと、アセットは作戦を変えることにした。
先に奴隷たちを全部逃してしまったほうがよい。
そのほうが無駄な犠牲を出さずに済むだろう。
アセットはまず煙をあげている小屋へ向かった。雑な造りのドアを無造作に開く。
なかでは二匹の鍛冶師オークが、奴隷の助手を従えて武器を鍛えていた。
気づかれると同時に一匹倒す。
もう一匹は、鍛えてる途中の武器を振りあげて叫びをあげた。
「オメェ! コロス!」
アセットは一飛びで距離を詰めて、そのオークの頭を潰した。
残った奴隷たちに声をかける。
「あなたたちは自由です。外にいた人たちはみんな逃しました。さあ逃げて!」
「この恩は死ぬまで忘れない」
「ありがてぇ! ありがてぇ!」
奴隷たちは持てるだけの武器を持って出ていった。
装甲の内側でイステバが話しかけてきた。
「アタシ数えてたんだけど、いま逃げた人たちで二十五人。奴隷が五十人ていうのが正確ならちょうど半分ね」
「あと半分は山の中か。行こう」
アセットは外に出て、山裾に口を開けたトンネルに向かった。
オークの姿が見えないので、躊躇なく歩を進める。
なかは暗かったが、悪魔の騎士の視力なら問題ない。
トンネルに入って最初のドアを開ける。
乱雑な詰め所のような場所だった。オークはいない。
今日、ここを使っていただろうオークは、もうすべて殺してしまったのだった。
外にオークの生き残りはいないし、これなら奴隷たちが逃げるときに行く手を遮られることもない。順調だった。
アセットは奥へ進み、二番目のドア、奴隷部屋のドアを開けた。
なかはボロ布や汚れた椀、藁屑などで散らかっていた。
壁に小窓があり、さっきの詰め所からのわずかな明かりが漏れている。
この部屋の照明はそれのみだった。
イステバが話しかけてきた。
「ここのニオイ嗅ぎたい?」
「遠慮しとく」
床の上、暗闇のなかに藁が敷かれていて大勢の人間が寝そべっている。
数は十二人。
アセットは大きな声で呼びかけた。
「みなさん! あなたがたは自由です! すぐ逃げる準備をしてください!」
ひとりのみずぼらしい男が、のろのろと起きあがった。
「あんた、何者だ、人間か? オークをぜんぶ殺したのか?」
「わたしは通りすがりの悪魔の騎士です。外にいるオークはすべて片づけました。逃げ道を塞ぐものはありません」
男は足を引きずりながら立ちあがり、舌打ちした。
「悪魔の騎士とはいえ、まだ何十匹もいるぞ。このままだと俺たちも腹いせに殺されるかもしれねぇ」
「わたしはすべてのオークを相手にできます」
やせ細った女が藁の上で身を起こした。
「じゃあわたしたち全員を担いで逃げられるの?」
「えっ……?」
別の男が寝そべったまま声をだした。
「ここに残っている者はみんな弱っていて身体が満足に動かんのじゃよ。死ぬのを待つばかりじゃ」
先の男が付け加えた。
「望みのある者も、栄養のあるもんを食って病気を治さないと動けない」
アセットは言葉に詰まった。
動けない者がいる。
これは予想外だった。
場数を踏んだ者なら予想しただろうが、アセットはそのことに考えが及んでいなかった。
この人々はとても逃げられない。
女が咳をしながら言った。
「わたしの夫は奥で穴を掘らされてる。ほかにも十人が作業しているのよ。彼らはどうするの?」
「そんな……」
そんなこと考えてなかった。
アセットは一変した状況に戸惑った。頭をフル回転させて考える。
そのとき、どこか高いところで銅鑼が連打される音が響いてきた。
とうとう襲撃が露見したのだった。
地鳴りのような振動がかすかに伝わってくる。大群の足音かもしれなかった。
もう奴隷たちが逃げている余裕はない。いい考えも浮かばない。
外に漏れない声でイステバが聞いてきた。
「どうするの?」
アセットは迷いを捨てた。
「オークの殲滅。それしかないじゃない!」
「それよ!」
アセットは奴隷たちに向かって指示をした。
「このドアを守って! できる限りの力で! オークは殲滅します。わたしが戻ってくるまで誰もなかへ入れちゃダメ! この部屋のことなんか気にしてられないようにするから!」
それだけ言うとドアを出て、推進噴射で外へ戻る。
オークを相手にするなら日光の下のほうが有利だ。
アセットは目立つように、銅鑼の場所まで行って、それを連打した。挑戦のように大音響が鳴りわたる。