少女はいっちょやることに決めた2
アセットはしばし迷った。
しかし、いまやアセットとパモナは同じ船に乗っているようなものだった。
一蓮托生。真実を話してもいいかもしれない。
アセットは話した。
「アガモルゲの時の門に用があるの。時間を操れるっていうその装置に。時間を操作して、オークに殺されたお姉ちゃんを蘇らせるか、その死がなかったことにしたい。それがわたしの求めるところ」
「時の門にそんな力があるとは限らないよ。でも危険があるのは確実。それでもいいの?」
「うん。行けるとこまでいって、試せることを試してみないと気がすまないの。わたしの性分で。悪魔の騎士になってからはっきりしたかも」
パモナはアセットの手を握ってきた。
「それならわたし、アセットについてく。向こうで何が待ってるかわからないけど。そのときがはっきりするまで」
アセットは、我知らず頬が熱くなるのを感じた。
「ありがとう、パモナ」
アセットは身内にいままで感じたことない温かみが広がる気がした。
それはもしかしたら、友情の始まりかもしれなかった。
食事が済むと、焚き火の明かりのもとで出発の準備を始める。
アセットは夜のあいだも道を進めるつもりだった。
パモナが心配そうな声をだす。
「いまさらこう言うのもなんだけど、こんなに暗くてだいじょうぶ? エクウス、スピード出るじゃない?」
アセットは答えた。
「だいじょうぶ。悪魔の騎士になると暗闇でも見えるから。着装時間の限界っていうのも肌で感じておきたいし、限界まで進んでそこで休むか、あとはゆっくり行くか」
準備は整った。パモナはバスケットに乗る。
最後に焚き火を消すと、アセットはイステバと抱擁した。
紺碧と黄金色の悪魔の騎士となる。
プライマル・スーツの内側からは、アセットの目に闇が見通せた。
昼間と同じようにではないが、森のなかなら昼間の裸眼より見通しがきいた。
アセットはエクウスに跨った。
「道を急ごう」
一行は出発した。
ちょうど一時間ていどが経ったころ、イステバが言った。
「もう限界」
アセットはエクウスをとめた。
ほどなく装甲が分解してアセットの背後にイステバ姿をとる。
アセットの視界は急に暗くなった。
アセットはイステバに聞いた。
「どれくらい休めばいいの?」
イステバはあごに手を当てた。
「そうね、アンタのカップでお湯を沸かすくらいの時間かなー?」
「そんなにかからないね。安心した」
「油断しないで。戦闘中だったらこの時間は致命的なんだから」
クールダウン時間が思っていたより短いので、アセットは休息をとることにした。
見通しのきかない闇のなかを気を張りながら進むよりずっといい。
パモナが魔法の明かりを灯し、三人ともエクウスを降りて身体を伸ばした。
そんな調子で小刻みに休息をとりながら道を進める。
馬と違ってエクウスは振動がないのでずっと楽だった。
もう夜明け間近で、世界は灰色の薄明かりに包まれていた。
樹がまばらになったのでもう悪魔の騎士にならずとも先に進めるくらいだった。
アセットはイステバと分離して道を進めた。
荒れ地にさしかかっているのか、土地の起伏が激しくなってきていた。
高い斜面を登ったので、周囲の様子を探ろうと、アセットはエクウスから降りた。
大きく息を吸いこんで景色を眺める。
しばらく周囲を見回していると特異なものが目に入った。
進路よりいくらか西よりに樹々がなく岩のごろごろした禿山があった。
小山だが、ところどころ暗い穴があき、人工的な工事のあとがある。
その小山の周囲には畑もあったし、煙をあげている建物もあった。
人影がちらほらとうろついている。
アセットは手のひらをかざしてよく見ようとした。
「あれはなに? こんな場所に開拓村なの?」
アセットの隣でイステバが目を細めた。
「あれはオークよ。オークの集落だわ、ここ」
イステバの視力は遠見をする分にも、人間より優れている。見間違いではないだろう。
アセットは頷いた。
「そう……。オークってこういう場所で繁殖してたんだ……」
オークはアセットの村を襲い、多くの知人や、なによりも姉の命を奪った仇敵だ。
とはいえ今は目指すべき場所がある。
こんな人里離れた土地にいるのなら、まだ人間に悪さができる状態でもないのだろう。
無駄な戦いは避けて先へ行ったほうがいい。アセットは言った。
「進路から外れてるし、放っておこう。わたしたちには関係ない。ヒマがあれば根絶やしにしたいところだけど」
イステバが言った。
「あいつら人間の奴隷を使ってる。どこから連れてきたんだろ」
「えっ! あなたの視界を貸して!」
アセットはイステバと抱擁し、悪魔の騎士となった。
悪魔の騎士の視力でオークの集落を見渡した。
痩せた人間たちがかなりの数いた。
みなぼろをまとっていて、影からわいたように真っ黒だった。
畑の世話や家畜の世話をやらされているらしい。
女も子供もいた。
近くに開拓村があるのかわからないが、
オークは夜なら人間よりずっと体力があるし、長く走れる。
かなり遠方からでもさらってこられるだろう。
憐れな奴隷たちのかたわらには、オークがムチを手にふんぞり返っている。
オークたちは革や金属で身を固めていて剣を持っている者もいた。
こんな辺境にいるが、見過ごせないほど強力な集団として成長中なのだった。
着装を解いてふたりに戻ると、アセットはうなだれた。
「奴隷なんてひどい。あの人たちを助けたい。でも……」
イステバが言った。
「集落の規模からいって、何百匹いてもおかしくないよ」
「そうね……簡単な相手じゃない。こっちの時間が一時間しかないなら。でも手がないわけでもない。そこが悩みどころ」
パモナが口を開いた。
「奴隷っていったよね、あそこに囚われの人がいるの?」
アセットは頷いた。
「そう。それもけっこうな数」
「アセットができそうなら、助けよう? わたしも手伝う。オークはわたしも知ってる。油断ならないケダモノでしょ。人を奴隷にするような存在を許してはおけない。それにわたし……」
パモナはそこまでいうと、両手を振りながら言葉を紡いた。
「苦悶の次元に生まれし諸力よ、わが真心を糧にしてこの小窓より暴威を見舞いたもう……」
パモナの周囲に光の玉が現れる。
腕を振るうと、光の玉は弾丸となって飛び、周囲の樹々を切り倒していった。
パモナに思わぬ力があることを知り、アセットは言葉を失った。
パモナは得意げに微笑む。
「へへへ、わたしだって戦う力あるんだ。魔道士ですから」
「パモナ、すごい!」
イステバも感心したような声をだした。
「いまのって悪魔の騎士が当たってもヤバいやつじゃん。コワ……」
アセットとパモナがうまく力を組み合わせれば勝算は高まる。
アセットのやる気はぐっと高まった。
「それじゃ、いっちょやりますか!」