9 リザードマンの連撃
私たちは沼地に向かうと、リザードマンが一匹住み着いたという廃屋を見つけた。
リザードマンは群れを成すことが多いので、一匹だけが単独でいるというのは珍しかった。
だからこそ、今回はナザールたちのような小人数の冒険者たちにチャンスがまわってきたのかもしれない。
「あの中だ」
声を潜めて、ナザールが言った。
私たちは、姿勢を低くすると、廃屋に近づいた。
すると、その屋根の上に、長い尻尾をしならせながら、リザードマンが現れた。
その猫背のような姿勢は、まさにトカゲのようだった。
しかし、そんな見た目にもかかわらず、人のように剣を装備して、しっかりと構えている。
リザードマンは、正面にいるナザールへと飛び降りながら、手にした剣で斬りかかった。
あ、防ぎきれなさそう。
ナザールの不安定な姿勢を見て、私はすぐに詠唱を開始する。
「”ヒーリング”!」
リザードマンの飛び降りながらの斬撃を、ナザールは盾で受けたものの、勢いを殺しきれずに吹っ飛んだ。
HPは六割ほど削られてしまう。
参った……やっぱり減り方が前衛のそれじゃない。
「うー……やりづらいぞぉ……」
私はそう言いながらも次の手を考える。
ナザールはすぐに立ち上がるが、リザードマンの攻撃は素早い。
「くっ……ぐうっ!!あっぶない!!」
ナザールは、何とか盾で防いではいるものの小さなダメージを受け続けている。
こういう時は……
「”ヒーリング・オーバータイム”」
光がナザールを包むと、一秒ごとに、ナザールのHPが少しずつ回復していく。
ヒーリング・オーバータイムは、継続回復の魔法だ。
一発ではヒーリングほどは回復しないが、効果が切れない限りはしばらく微量のHPを回復し続けてくれる。
これなら、小さなダメージをいちいちヒーリングで回復する必要はなくなる。
「よし」
大きな一撃を食らったその時に、ヒーリングやダブルヒーリングを唱えれば、問題ないだろう。効果が切れたら再度ヒーリング・オーバータイムをかけ直せばいい。
ナザールは明らかに押されていたが、なかなかとどめをさせないことにリザードマンはむきになったようだ。
リザードマンがナザールに固執してくれたおかげで、かえってナザールに注意を引き付けることができている。
しかし、それだけではリザードマンの体力は減らないぞ?
私はふと、自分と同じくらいリザードマンと離れて距離を取っている、モニカのほうを見た。
モニカは杖を掲げ、詠唱の準備を始めているようだった。
「私、ここから動かないから。回復よろしくっ」
モニカはそんな無茶を言うと、目を瞑って集中し、詠唱を始めた。
「えぇ……本気?」
モニカは本当にそこから一歩も動かず、詠唱を続けた。
私はそんなに長い詠唱なんて見たことがなかった。
丁度その時、リザードマンが姿勢を低くし、剣を後ろに構えた。
スキルを発動しようとしている。
「あっやば!連撃!そうじゃん……」
継続回復と簡易回復だけではだめだ。
リザードマンの強攻撃に、ナザールが対応できるとは思えなかった。
ナザールはその動きを見て、何をしようとしているのかわからないというように、戸惑っていた。
「スキルだよ!ナザールさん!防いで!」
そう言いながらも、私は、ナザールが対応できないことを前提に、回復の手順を組み立てる。
リザードマンとは戦ったことがある。
スキルは一つだけ。素早い二連撃だ。
横薙ぎと袈裟斬りの二連撃は、途中で攻撃して邪魔しても、リザードマンはよろめくことなく攻撃を出し切る。
ナザールの場合……二撃とも当たれば、HPの総量を削り切られて、死んでしまうだろう。
だから、HPが低い人が前衛なんて嫌なんだ……。
二撃とも耐えきれる人が前衛なら、ただスキルが終わった後に回復を入れればいい。
しかし、ナザールの場合は一発目が当たった直後、二連撃目が入るまでの一瞬に、差し込むようにヒールしないといけない。だから、ポーションの遅効性の回復では間に合わないのだ。
一撃でナザールのほとんどのHPを削られるので……どうすべきか……
そんなことを考えているうちに、リザードマンはスキルを発動した。
タイミングを間違えると人が死ぬ。
まったく……低レベルの敵にこんな冷や冷やする戦いなんて、私も初めてだ。
でも、仮に自分たちが強かったって、それよりはるかに強い敵に挑む際には、いつだってこういうことを考える必要があるのだろう。
「”ヒーリングオール”」
タイミングを見計らって、私は事前にヒーリングオール……完全回復魔法を詠唱する。ヒーリングオールは、対象がどんな状況であろうとも、そのHPを最大まで回復できる。
その代わり、MPの消費が激しいから、乱発はできないし、一度使えばしばらく使えない。
リザードマンのスキル……一撃目が見事にナザールの身体を引き裂く。
「ぎゃあぁぁあぁっ」
悲痛な叫びと共に、血が飛び散る。
うん……痛いだろうね……ごめん。
私ができるのは傷を治すことで、完全に防ぐことはできないんだ。
味方がどんなに取り乱しても、あくまで冷静、平静を保たないといけない。
先ほど前もって詠唱しておいたヒーリングオールが発動する。
傷を負った直後だというのに、ナザールのその傷が完全回復した。
「え?あっ……」
傷が一瞬にして元に戻ったナザールが戸惑う。
ほら、来るよ、二撃目。
重ね重ねごめん。きっと痛いよ。
「”ダブルヒーリング”!」
先読みでダブルヒーリングを詠唱。
三撃目がくるわけじゃないから、完全回復させる必要はなし。
二撃目がナザールに直撃。
「ぐあぁぁぁあぁっ!!!」
うわぁ痛そう。
回復されて傷つけられてを繰り返されるって、ある意味拷問よね。
王国でも昔使われていたらしいし。
はい、詠唱しておいたダブルヒーリング発動。
ナザール君、再び大けがが突然治って、きょとんとしている。
いいから動きなって。
「”ヒーリング・オーバータイム”!」
戻しきれなかった不足分のHPは、経時回復で補う。
これでしばらくは元のヒールワークで大丈夫。
でも、リザードマンのスキル発動のたびに何度もこれを繰り返していたら、いつかMPが底をついてしまう。
結構な回数は繰り返せるけど、それこそナザールにとっては、痛みを感じ続ける拷問になっちゃうし。
あと二回ほどリザードマンがスキルを発動した時に、倒しきれていなかったら、撤退しよう。
二回でも結構、サディスティックな決定かもしれない。
でもナザールが依頼を完了させたいって言うから……
なんとかリザードマンを削り切るためには、モニカに働いてもらわないといけないんだけどな。
私はそう思って、詠唱を続けるモニカのほうを見ると、モニカはちょうど目を開けてこっちを見た。
そして、口を開いた。