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56 新たな勇者と


 私たちは無事、地上にたどり着くと、アイナをフルール村へと誘った。

 アイナは快くついてきて、いつもお決まりのエイヴェリアの酒場で、一緒に食事をすることになった。


 ニーナたちが勝利に酔いしれてバカ騒ぎしているところから少し疲れて距離を置くと、アイナもカウンターの私の隣の席についた。


「楽しい仲間だね! 久々にこんなにはしゃいじゃったよ」


「たまに疲れるけどね……」


「あはは、それでも一人よりずっといいよ。ここはいい村だし、リリーさんが落ち着くのもわかる」


 アイナがそう言うと、村を褒められたからか、エイヴェリアが遠くから笑いかけた。


「リリーでいいよ。いろいろあったけど、今はここが好き」


「いいの? なんだか照れるなぁ……り、リリー……」


 照れながらそう呼んだアイナに、私も何故か少しむず痒く感じた。


「い、いや、もっと普通に呼んでよ」


「だって! 憧れの人なんだよ!……本当に会えて嬉しかったんだ」


「私なんて大したことないよ、ブレイズにも……追い出されちゃったし」


「えぇっ? そうなの? 二人はてっきり……」


「私もそう思ってた。でも私だけだったみたい」


 私は自嘲気味に呟いた。アイナは少し困ったような顔をしたが、すぐに気を取り直して、いつもの笑顔に戻った。


「でも、良かった」


 アイナはこちらを見ずに、前を見たまま言った。


「え?」


「それなら、誘えるでしょ?」


 私が理解に苦しんでいると、アイナは続けてこう言った。



「僕と行こうよ!」



「え……私と、アイナが?」


「もちろんみんなも連れてさ。僕一人なんだ。でも、皆の戦いをちょっとだけみて、皆と一緒に戦えたら敵なしだって思ったんだよ。それに、僕はずっとリリー……と仲間になりたいと夢見ていたしね!」


「そうだったんだ……」


「ブレイズさんがいたら、遠慮しちゃうけど。今、勇者と旅していないなら、誘う権利くらいあるでしょ? どう?」


「う、うん。嬉しい、けど……」


「すぐじゃなくていいよ」


 悩む私に、先回りするように、アイナはそう言った。


「色々あったんでしょう? 心の整理がついたら、その時に、でもいいいよ」


「……聞かないの?」


 ブレイズと私の間にあったことを、アイナは詳しく知らない。

 でも、私が追い出されたことを知りながら、理由も聞かずに勧誘するなんて、少し無警戒だと思う。私が凄い失敗をして、追い出されている可能性だってあるはずだ。


「聞かない。聞いて欲しいなら聞くけど」


「……そっか」


 ある意味、何も聞かなくても仲間になってほしいというのは、彼女なりの信頼の証かもしれない。どんな事があっても、アイナの中の私は、アイナを助けたときの私のイメージから揺らがないということなのだろう。

 ちょっと不用心な子だな、と心配にはなりつつも、私もその信頼を嬉しく感じた。


「ちょっと考えさせて。私は……うぐっ!」


 ゴン!

 話していると、突然私の後頭部に、硬い物体が当たった。


「痛ったぁ~~~ッ……」


 私は頭を抱えた。

 なんだ、今の!

 滅茶苦茶痛い!


「わ、わぁ……大丈夫? リリー……」


「何、今の!」


「あれだと思う……」


 見ると、赤い宝石がふわふわと浮いていた。

 あれが私の後頭部に直撃したらしい。そして、バカ騒ぎしている三人の、モニカのほうを私は睨んだ。それはモニカが持っていた宝石なのだから、犯人は明らかだ。


「あっやばいです、バレました。言いっこなしですよ、アイナさん……」


 モニカは恨めしそうにアイナのほうを見た。アイナが言わなければ犯人がバレなかったとでも言いたげだ。


「モニカぁ~~~」


 私は自分の杖を引っ掴むと、席を立ち、モニカのほうへと近づいた。


「リリーちゃん、お手柔らかにね……」


 エイヴェリアがモニカを、というより、お店の損傷を気にして私にそう言った。

 私は杖を構えると、唱えた。


「”ノックバースト”!!!」


「ぎゃあぁぁあぁぁ!!!」


 モニカが吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


「気をつけろ~! リリーがご乱心だぞ!」


「ごらんしん!ごらんしん!」


 酔っぱらったセレニアとニーナが爆笑しているのを見て、私は杖をそっちへ向けた。

 完全な八つ当たりだが、私は今、カンカンなのだ。


「え? リリー……私たちは何も……」


「ご、ごらんしん?」


 一瞬で真顔になったセレニアとニーナに、私は容赦なく魔法を詠唱した。


「”ノックバースト”!!!」


「ぎゃぁあぁあぁあ! 何で私たちまで!」


 二人が軽々と吹き飛んでいった。


「おいおい、看板娘が激怒しているぞ!」


「っしゃあもっとやれぇ!」


 外野の冒険者や村人たちはそれを見て、盛り上がっていた。

 いつしかこんな光景も酒場の日常になっていたので、お客たちも慣れっこだった。

 私が大泣きして、皆を追い出してしまっていた時とは、大違いだった。

 私は悪党を成敗して、ギャラリー達にうやうやしくお辞儀をすると、席に戻った。


「大丈夫? リリー」


「大丈夫よ。あんなん、よくあることだから」


「ふふ、やっぱりうらやましいや」


 アイナは寂しそうに笑った。


「ねえ、アイナ。私はやっぱりここを離れられないと思う」


「そっか……僕もそんな気がしていたよ」


「だから、どう? 逆に、アイナがここに留まって、私たちと、一緒にいるっていうのは」


 私がそう誘うと、アイナは少し驚いて、困ったように笑った。


「ふふっ……そっか。でもやっぱり、リリーは変わったよ」


 その言葉を聞いて、私は最初意味がわからなかった。だが少し考えてわかった。アイナが知っている以前の私であれば、世界を救うことを諦めない、ということなのだろう。


「ごめん……私は……」


 私は、見ず知らずの世界中の人のために戦うとか、世界を救うとか、そんな気持ちを、もう忘れてしまった。でも、エイヴェリアや、モニカや、セレニアや、ニーナを守ってあげたい。

 この酒場で羽を休める冒険者に、温かい食事を運んで、村のみんなをねぎらって、それだけが変わらずにここにあってくれれば、それで十分だった。


「私は、目の届く範囲の物しか、守れないみたい」


「いいんだよ、リリー」


 アイナは、そう言って笑った。


「それなら、僕が、君が安心してここにいられるように、世界を救ってきてあげる」


 最高の笑顔でそう言ったアイナを見て、私は鳥肌が立った。

 この人なら、本当に、世界を救ってしまうかもしれない。


「うん……ありがとう、アイナ」


「お礼を言うのはこっちだよ! なんたって、リリーがいなければ、僕がこうして世界を救う旅に出ることも無かったんだからね!」


 アイナは自信満々に、そう言った。

 私にはその笑顔が眩しくて、少し目を瞑った。

 その時、私は自分の目の端が少し濡れたのに気づいたのだった。


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