54 予想外の乱入
私が出口の扉に手をかけたその時、突然、予想外のことが起きた。
私たちが開けようとしていたその扉が、こちら側……部屋の内側に向かって、勢いよく押し開けられたのだ。
私はその場にひっくり返って、尻もちをついた。
見上げると、そこに立っていたのは、たった一人の少女だった。
「あー、やっぱり先を越されてたか! あれ? もう帰るの?」
長い茶色の髪の少女は、私とモニカを見て、不思議そうに尋ねた。
すでに鞘から抜かれている長剣は、青く綺麗に光り、その身動きしやすそうな装備からして、少女は冒険者の前衛という風にも見え無かった。強いて似ている装備を言うなら、まさにブレイズが身に着けていたような、身軽な装備だ。
すると少女は、私を二度見して叫んだ。
「わあ! リリーさんじゃん! どうしたのこんなところで! うわぁ……」
「えっと……だ、誰……? というか、今それどころじゃなくて……」
「あ、お仲間、結構やばそうだね」
セレニアとニーナは、撤退したいものの、ベリトに邪魔されてうまくこちらへ来れていなかった。私が召喚した妖精の数は時間と共に減ってきており、継続回復は弱まっている。
「クソ、どうやって撤退しろと!」
セレニアが、ベリトの一撃を避けながら、狼狽する。
「焦らないで! 時間がかかってもいいから! MPは考えてある!」
私は二人を落ち着かせた。
他のパーティが複数人来るなら話は別だったけど、現れたのはたった一人だ。この戦いに一人加わったところで、どうにもならないだろう。
私がこの子のHPまで気を使ってあげなければいけないのなら、消費するMPが増えるだけだ。
「任せて。というか、あと少しじゃん。勿体ないね!」
そう言うと、少女は剣を構えた。そして、ベリトのほうへと駆ける。
「よっと!」
一瞬にしてベリトまで距離を詰めた少女が剣を振るうと、ベリトが持っていた大剣が、軽々と弾き飛ばされた。
そして、遠くの地面に鈍い音と共に突き刺さった。
「ぐ……お前……⁉」
「わ! 魔物が喋った!」
「勇者め……」
ベリトは忌々し気に少女を見ると、その子のことを勇者だと言った。
「僕のこと知ってるの? それじゃあ、降参する?」
「するわけないだろう、人間ごときが!」
するとベリトは、剣が無いからか、再び身体のうちに魔力を溜め始めた。
あの広範囲の衝撃波をまた放つつもりだ。
まずい! 私たちも巻き込まれる。
もう妖精はほとんど残っていない。MPを今多く使ったら……この先が大変なことになる。
「あー……それやると、リリーさん達が困っちゃうじゃん……しかたない。止めるよ!」
少女は、飛び上がって、長剣を軽々と振るう。
ズドオォン!!!
私は一瞬、何が起きたのかわからなかった。
少女の剣の一撃で、あのベリトの巨体が、軽々と吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられていた。
「ぐ、ぐうぅ……」
悔しそうにベリトは呻いた。
しかし、諦めずに再び身体に魔力を溜めようとする。
「折角お喋り出来るのに。悲しいね……」
そう言うと、少女は、ベリトの元にゆっくりと歩いて近づく。
「ば、ばけものめ……」
ベリトは力を溜めながら、ゆっくりと歩いてくる少女に怯えたように、言う。
少女は、ベリトが力を放つ前にたどり着けると分かっていたのか、決して走らず、ゆっくりとその巨体に足をかけて登り、怯えるベリトの頭に、素早く剣を突き刺した。
ズシャッ!!
鋭い音と共に、黒い血が飛び散る。
声も発せず、ベリトは絶命した。ベリトはそのまま身体から力が無くなり、崩れ落ちた。
私たちは、軽々とベリトにとどめを刺したその少女を、ただ茫然と見ていた。
「ふう……お待たせ! リリーさん!」
「え……えぇ……えぇ⁉」
近づいてくる、とんでもなく強い少女を見ながら、私は必死で思い出そうとする。
だ、誰だ? この子は。
本当に全く記憶にございませんけど。
ただでさえ今起きたことに、脳の処理が追い付かないというのに。
「久しぶりだね! 会えてよかった~! でも、おかしいな……ブレイズさんたちは?」
「……えーっと……ごめん……」
誰でしたっけ? とは言い出しづらく、握られた手をしっかり握り返すことすら私はできなかった。ブレイズを知っているということは、まだ勇者パーティにいたころに会っていた子なのだろうか。
「あ……あぁ~! そうだよね……久しぶりだから……覚えてないよね!」
「う、うん……ごめんなさい」
「ほら、トウナリ村で……」
「トウナリ村……」
トウナリといえば、私が自分の故郷を出て旅を始めて、すぐに立ち寄った村だった。
そこで起きたことといえば……魔物に襲われた男の子を助けたことくらいだったが……
ん?
この子……
よく見たらその子に似ているような……
「え? 男の子……女の子⁉」
「あぁ~! もしかして、僕のこと男の子だと思ってたの? まあ、昔はよく間違えられたよ、やんちゃだったしね!」
「それに、名前も聞かなかったし……」
「僕はアイナ! いまは正真正銘の勇者になったよ! リリーさんのおかげだ!」
「あの時のあの子だなんて! すごい! 勇者なんて……でも私なんて……感謝ならブレイズに」
「違うよ。リリーさん」
アイナは私を真っ直ぐ見て、続けた。
「僕を見つけてくれたのも、助けようと言ってくれたのも、回復してくれたのもリリーさんだった。僕は全部細かく覚えているよ。僕の一生を方向づける、出来事だったから」
「そっか……」
ブレイズが勇者で、私はブレイズが人々を助けるのをいつだってサポートしてきただけだ。
私は戦えないし、回復することしかできない。
魔物を打ち倒して感謝されるのはブレイズとその仲間たち。
私だけを見てくれる人なんて、いないと思っていた。そんな、故郷を出てすぐのところで、私が人の人生を変えていたなんて、想像もつかなかった。
「話したいことがいっぱいだ!」
「お二人はお知り合いだったのですね」
隣で聞いていたモニカはそう言った。
セレニアとニーナも近づいてきて、首をかしげている。
アイナは皆に挨拶をした。
「ああ、みなさんごめんなさい、急に乱入しちゃって。でもみなさん変わってますね、あそこまで敵を削ったのに帰ろうとするなんて。よっぽど報酬に無頓着か、あるいはあまりに正確にギリギリを見極めているかのどっちかですよ」
「じゃあ、後者だな。リリーは完璧なリーダーだから」
セレニアは腕を組んで、誇らし気にそう言った。
「いいですよ、セレニアさん。もう戦いは終わったので、いくらでも心情を吐露してください。恥ずかしいこともいっぱい言っていいんですよ」
「う、うるさいな……思ったことを言っただけだ。何が悪い……」
モニカにからかわれ、セレニアは頬を赤くした。
「でも、諦めるのは悔しかったぞ。リリーの知り合いの人が来てよかった。しかし、滅茶苦茶強いんだな」
ニーナも、本当は撤退なんてせずに最後まで戦い切りたかったのだろう。
私も胸が締め付けられる思いで、指示を出したんだけど。
「いやいや、僕は最後にほんの少し残った敵の体力を削っただけだよ!ほとんど皆の頑張りだ!」
アイナはにこっと笑ってそう言った。
「それはそうと、奥を探索してみなよ。僕は今回、何の所有権も主張しないよ。ほんとに何もしていないしね!」
私たちは顔を見合わせた。
ベリトの体力は私たちがかなりを削っていたので、この子の言っていることは一部正しいかもしれないが、私たちが諦める程度にはベリトのHPは残っていたのだ。
それを一瞬で奪ったのは、やっぱり化け物級に強いと言わざるを得なかった。
「まあ、とりあえず探してみよう!」