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48 冗長な作戦会議

 

 私たちが次の階層に進むと、橋が続く地形ではなく、元の地下道のような道に戻った。しかし今までの階層みたいに迷路のようには入り組んでおらず、ひたすらに真っ直ぐの道が続いていた。

 魔物の姿も見当たらず、静寂の中に私たちの靴音だけが響いていた。その床は綺麗な大理石で、壁には凝った装飾の柱が一定間隔で置かれていた。


「これは……もしかしたら最深部かも?」


 明らかに雰囲気が他と違う階層だったので、最深部である可能性が高いと私は思った。


「やったぁ! 最深部、最深部~! お宝ゲットってことだね!」


「ニーナ、違うぞ。その前には必ず強敵がいる。オーガより強いぞ」


 セレニアがニーナをたしなめる。ダンジョンの最下層には、遺物や貴重なアイテムを守る魔物が、必ずと言っていいほど潜んでいるものだ。セレニアも経験があるのだろうか、気を引き締めてくれたようだ。


「やった! 強敵だ!」


「だな! 楽しみだ!」


 違った。戦闘狂のセレニアとニーナは、気を引き締めるどころか、戦うのが楽しみで仕方がないようだった。

 オーガより強いんだよ? わかってる?

 ここが最下層だとしても、危なくなれば撤退するという考えを、私はずっと持ち続けている。


 命あっての物種だ。

 生きて帰れるのなら、再び来ればいい。


 ここで魔力や体力を使い果たしたら、地上へ戻れなくなってしまう。

 見つけた敵は倒してきているので、行きよりは消耗しないはずだが、全く戦闘せずに地上まで帰れるわけではない。


「ああ……私も楽しみです。どんな魔法をぶち込んでやりましょうか……」


「はぁ……知ってる。アタッカーの人たちは、それが仕事だもんね」


 この三人も、そこに関してはブレイズ達と何も変わらなかった。攻撃するのが仕事なのだから、それにやりがいを見出していなければ務まらないのだろう。

 三人とブレイズの違いは、仲間と一緒に倒そうとするか、ひたすら一人で倒そうとするか、というところだけだ。


 私たちがしばらく進むと、正面に巨大な扉が現れた。赤く塗られ、金の文様で美しく装飾された、巨大な扉だった。


「みんな、ここで少し休もうか」


 私たちは、扉の前で鞄から食料を取り出し、簡単な食事を取った。乾燥させたパンのようなそれは、冒険者御用達の携行用食料だ。装備に損傷がないかを確認し、気分を落ち着けて少しだけ時間を取る。一時的にでも休息して活動をやめることでも、多少は気力と魔力を自然回復させることができる。


「いい? ここが最後かもしれないけど、それでも撤退可能な最後のラインを超えそうになったら、私は撤退を指示するからね。そうしたら、絶対に言うことを聞くこと」


 最後の試練を前に、私たちは作戦会議を始めた。全員のHPとMPを計算して、先のことを予測できるのは私だけだ。不満を持たれるかもしれないが、それだけは約束してもらわないとならない。


「わかっている、リリー。私たちは自分の体力を、客観的に見られないからな。分析魔法のあるリリーに任せる」


 セレニアは素直にそう言った。戦闘狂とはいいつつも、やはり、大事な部分に関しては理解してくれているようだった。普段からそうだったのなら、今やどうしてこの子が部下に置いて行かれたのか、私にはさっぱりわからない。


「うん。私もそうする! 別に、お宝が欲しいわけじゃないし、強い敵と戦えれば十分!」


 ニーナも素直に聞いてくれた。財産やアイテム目当てではなく、戦うこと自体が目的というのは珍しいかもしれないが、目先の利益への執着が無い分、かえって健全とさえいえるのかもしれない。


「わかるぞ。勝ち負けより、その瞬間を楽しむという心持ち! ニーナ、いずれは私と共に王国軍に入るか?」


 そうセレニアはニーナを勧誘した。


「えー……王国軍は何度か小隊を叩き潰したことがあるし、怒られるから嫌だなぁ」


「君は一体どこまでの汚れ仕事をしていたんだ……」


 セレニアは想像以上にブラックなニーナの過去に引いていた。

 喧嘩屋って、もっと裏稼業同士で戦うようなものじゃないんだ。

 王国軍にまで喧嘩を売っていたら、それはもうテロリストでは?


「モニカも、わかった?」


「もっちろーん」


 私が確認すると、モニカはそう言ってピースして見せたが、素直すぎて逆に信頼できなかった。この子は物事に無頓着なような顔をしているくせに、普通に目先の利益を求めるタイプだ。気を付けよう。


「まあいいわ……気を引き締めて行こう」


「あ、そういえばですが」


「どうしたの? モニカ」


「私たち以外のパーティが、このダンジョンを攻略している可能性もあるのですよね」


「うん。ダンジョンだから、新しいアイテムを探したり、依頼を受けたりして潜っている別の冒険者がいてもおかしくないよね。今までのところ、誰にも会っていないけど」


「うーん……私がトラップで飛ばされて、独りで行動していたとき、実は私たちとは別の人影を見かけたんですよね」


「ほう、人影?」


 セレニアが興味深そうに尋ねた。セレニアはいきなりオーガの前に飛ばされたので、そもそもトラップにかかった後はその階層でほとんど探索を行っていなかった。


「うん。最初は仲間の誰かかと思って追いかけたのですが、なんとその先には……!」


「その先には……?」


 私たちは固唾をのんで次の言葉を待つ。


「なん百体もの、魔物の残骸が!」


「えええぇえっ!」


 オーバー気味のニーナのリアクションに、モニカはご満悦だった。

 何百体? 一人の冒険者がそれを倒したってこと?

 ニーナを驚かせるためとはいえ、さすがに話を盛りすぎでしょ。


「ちょっと、どうしてそんな大事な話を私たちにしなかったわけ?」


 もし本当だとして、それが冒険者ならいいけど、野盗の類だとしたら危険極まりない。ダンジョン内では、魔物との戦いで疲弊した他の冒険者を襲い、金品を奪ったり暴行に及ぶ輩も悲しいことに多くいるのだ。


「何でって、この話はとっておきなので、温めておきました。愛するセレニアにいつか話すために」


「なっ? 私か? あ、ありがとう……」


 モニカに意味の分からない無茶ぶりをされたというのに、真面目なセレニアは頬を搔きながら照れて喜んだ。


「温めておく意味が分からん……だけど、他の冒険者がいても普通はおかしくないよ。冒険者が多く集まるところにダンジョンが発見されたら、上の方の階層なんて冒険者だらけで魔物より多いくらいなんだから」


「ここは人が少なすぎて、珍しいくらいですよね」


 モニカの言う通りだった。私がいままで探索したダンジョンでも、一組の冒険者ともすれ違わないというのも珍しい話だった。


「まあ、私たちのほうが先に下へ到達したみたいだな。よかったよかった!」


 セレニアは楽観視してそう言った。確かに、モニカが見たという相手に先を越されていたら、貴重なアイテムを取られる可能性がある。できれば私たちの方が先に進みたいところだ。


「じゃあ、追い付かれる前に、ちゃっちゃと終わらせてしまいますか!」


 私は立ち上がって、気合を入れた。


「リリー、強敵に挑む前に、一ついいか」


「どうしたの? セレニア」


 神妙な面持ちで呼び止めるセレニアに、私は聞き返した。セレニアは少し困ったような、それでいてはにかむような顔をして、気持ちを口にした。


「私は……お前たちと出会えて、本当に良かったと思っている。部下に置いて行かれたあの頃から考えれば、こうしてみんなとダンジョンを攻略できるなんて、思っていなかった。もう、私は笑えないのかと……」


「セレニア……」


 私にはセレニアの気持ちに少し共感した。今、このメンバーで、色々な苦難を乗り越えて、ようやく最下層まで来られた。沢山トラブルもあったが、皆で協力しながらなんとかたどり着いたのだ。


「セレニア、私もだよ。みんなと仲間になれて、本当に……」


「あ、ちょっと待ってもらっていいですか?」


 モニカがそんな雰囲気を一刀両断した。


「何⁉ 今すごくいいところなんだけど?」


 トーンの違う喋り方で乱入してきたモニカに、思わず私は聞き返した。


「あーダメです。今の、完全にダメです。物語とかでよくあるでしょう。強敵と戦う前によさげな雰囲気出すのやめませんか?」


「な、なんだ? 私は間違ったことを言っていたか? まさか……そんなこと考えていたのは私だけで、みんなは私のこと仲間だと思っていないのか?」


 悲しそうな顔をしてセレニアは、うじうじし始めた。やはりこの女騎士、精神攻撃にすこぶる弱いようだった。私は落ち着いてフォローする。


「違う違う、セレニア、落ち着いて。なんかもっと違う領域の話をモニカはしているんだと思う。よくわかんないけど」


「全く……やれやれ。私がいないとてんでダメですね、あなた達は。それじゃあ、ニーナ、あなたなら失敗しないでしょう。強敵に挑む前の感じをやり直してください」


 モニカは私とセレニアの様子を見て呆れたようにそう言うと、突然ニーナにそう指示を出した。ニーナはほとんど上の空だったのか、指名されてびくっと驚いた。


「ふぇ?私⁉ いいよ! よし……全員張っ倒ーす!!!」


「余計な成分が無くていいですね! いくぞ野郎ども!」


「おー!!!」


 ニーナとモニカの二人が気合を入れているが、何で怒られたのかわからないセレニアが、未だに悲しそうな顔をして私に聞いてくる。


「な、なぁ……私は何かまずいことを言っただろうか……」


「気にしないで、セレニア。まともなのは私たちだけだ。二人だけは正気を保とうね……」


 私はセレニアの手を取って慰めたのだった。


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