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47 地獄のスラたん


 次の階層がそろそろかという時。


 突然私の視界がぼやけた。


 ……はい?


 驚いて息を吸うと、口の中に水が入ってくる。反射的に咳き込むが、咳き込めない。

 視界に、水の泡が見える。

 いや、水の泡じゃない。

 周りが全て水の中になっていて、ごぼごぼと口からあふれ出るのは気泡のようだった。


 なんだこれ!

 いきなり水の中に放り込まれた!

 苦しい! 死ぬ!


 私は必死でもがいたが、手足が水を搔いても私はずっと水の中だった。

 目の前で、三人が必死にこっちを見て騒いでいるのが見える。

 声も聞こえるのだが、音がこもっていて何を言っているのかまではわからない。


 私は近づいてきたセレニアに手を掴まれると、ようやく水の中から出ることができた。


「げほっ! げほごほっ……」


 必死で変なところに入った水を吐き出す。


「う゛ッ……!」


 ドクン! と痛みが走る。


 体中が痛い!


 毒のようだ。さっき水が口に入ったからだろうか?


「大丈夫か、リリー! スライムだ! 天井から降ってきた!」


 痛みに悶えながら、後ろを向くと、セレニアが立ちふさがった向こうに、人一人を飲み込めるほどの大きな水の玉が蠢いている。


 そうか、天井から降って奈落へ落ちて行っていたのは、スライム。

 橋の上に落ちることもあったなんて……天井を気にして動くべきだった……

 ダンジョンの外で見るような小さい物の、何十倍も大きかった。


「リリー、大丈夫ですか? どうすればいいですか?」


 苦しむ私を引きずるようにしてスライムから距離を取らせながら、モニカが心配そうに聞いてくる。


「杖を……げほっ……」


 口を拭ったら血がついている。

 やばい……猛毒じゃん……


 モニカから渡された自分の杖を手にして、私は何とか詠唱する。


「”リムーブ”……」


 光が私の体を包んだ。

 しかし、効果は無い。

 簡素な状態異常回復魔法では効かない毒のようだ。


「リリー! どうしましょう……回復魔法が効かないんですか⁉」


 うわ、あのモニカがすっごい心配そうな顔をしている。

 珍しい。

 面白いから何とか記録に残したいくらいだ。


 いや、そんなこと言っている場合じゃない。

 結構……意識が朦朧としてきた……


「鞄……ポーション……紫色の……」


 それだけ聞くとモニカは私のカバンを漁り、紫色の液体が入った小さな瓶を取り出すと、私に飲ませた。

 すると一気に痛みが引き、楽になった。


「ありがとモニカ……はぁ……痛かった!」


 急に元気になると、私はすぐに自分へ回復魔法を詠唱した。


「”ダブルヒール”!」


 結構体力を削られていた。

 毒って恐ろしい。

 ポーションを用意しなければ死んでたと思うと、鳥肌が立った。


「ごめん、油断した! モニカ、よろしく!」


 スライムは大きくなるほどに意外と厄介な魔物で、物理攻撃がほぼ無効だ。

 スラたんとか言って名前を付けている場合ではない。あんな恐ろしいものを可愛がってどうする。

 小さい個体なら物理攻撃でもいくつもに分裂させて、ほぼ無力化させることも可能だが、ここまで大きいと逆に飲み込まれてしまう。だからセレニアやニーナでは、けん制することしかできない。


 まあ、動きが遅いので逃げれば済むのだが。

 しかし、さっきスケルトンの大群から逃げたみたいに、魔物から全速力で逃げるというのは、ダンジョンの入口近くだからできた禁じ手だ。階層も深くなれば、逃げた先にも強力な魔物がいて、挟み撃ちなんて最悪なケースもあり得る。


「よし、詠唱完了。”ブレイズトーレント”!」


 モニカは前方からセレニアたちが避けたのを確認すると、爆発的な炎をスライムに向けて放った。スライムを巻き込んで、橋の先の方まで、猛烈な勢いの炎がまっすぐ進んだ。


 ジュウウゥ!


 激しい音を立てて、スライムがいるあたりに、猛烈な水蒸気が立ち上る。


「おぉ~……蒸発してる……」


 モニカが炎を止めると、そこには丸っこく小さくなったスライムがちょこんと残ってプルプル震えていた。ようやく、セレニアが持っているスライムのぬいぐるみ、スラたんの見た目に近い状態になったようだ。


「すご……まだ生きてる」


 こんなにちっちゃくなっているというのに、私はぴょこぴょこ跳ねるスライムを見ていると鳥肌が止まらなかった。まだ生きているなんて、何とおぞましい生物だ。昔は可愛さすら感じたつぶらな瞳が、底知れぬ悪意をたたえているようにさえ思えた。


「どうします? もう一回焼きますか?」


 モニカに聞かれて、小さなスライムが完全に蒸発する程焼き尽くして欲しいとは思ったが、私がふとセレニアの方を見ると、セレニアは案の定、複雑そうな顔をしていた。


「もういいよ。行こう」


 セレニアが明らかにスラたんを重ねているし、実物スラたんは追いかけてくる様子もなかったので、私たちはそれを放置して先に進むことにした。


「災難だったな、リリー」


「セレニア。助けてくれてありがとう」


 私の手を掴んで、スライムから助け出してくれたのは、セレニアだ。

 それに免じて、私は憎きスライムを見逃してやることにしたのだった……


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