34 ある女勇者
モニカの仲間だったトムとナザールの二人組は、リリーやモニカ達と別れた後、ビクスの街に無事たどり着いた。しかし、その街の危険な状況を知り、二人で相談してそれ以上の北上を諦めた。
そして、ビクスから西のドワーフの里を訪れ、さらにそこから少し南下して、王都の西側のミズキという街までやってきていた。
ミズキはフルール村よりも南ということもあり、強い魔物はそれほど多くなく、二人がやっていくのに丁度良い場所だった。
さらに言えば、近くに熱帯雨林がある影響で、薬品に使う植物が多く手に入ったため、トムはそこで簡素な屋台を出し、薬を売ることで着々とお金を貯めることができていた。
トムの腕は確かなもので、冒険者たちからの評判はすこぶる良く、人気はうなぎ登りだった。
ある日、トムがいつものように屋台を出していると、常連の一人が顔を出した。
「おはよう、トム。今日もいいのが入っていそうだね!」
長い茶髪をなびかせたその少女は、背中に長剣を携えていた。
「アイナさん。特別なのがいっぱいだよ。是非見て行ってよ」
「これは?見たことないね」
「これはオールポーション。どんな傷でもたちどころに治るよ。だけどちょっと原材料が希少だから高いよ。それに、一個きりの限定品」
「いいね! もらうよ。あと、普通のポーションと、ハイポーションも、これだけ欲しい。あと、毒消し……ブラックサーペントの毒に効くやつが欲しいな」
快活にそう言う少女は、何本かのポーションをまとめてトムに渡した。
「ブラックサーペントか……ここにあるものでは効かないね。ちょっと待ってて、アレンジするから。お代はサービス」
「やった! いやぁ、本当に助かるよ。僕はトムがいるから勇者を続けられているようなもんだねぇ」
「大げさですよ。それにしても、アイナさんはすごいな。一人で勇者を続けられるなんて」
「うーん……女勇者なんてあまりいないからね。みんな仲間になりたがらないのかも」
「そうかなぁ。君と仲間になりたい人なんて、沢山いる気がするけど」
「まあ、相手を選ばなければ、沢山いるんだろうけど。僕は理想が高いのかも。昔、あこがれた勇者パーティがあってね。どうしても、それくらいの仲間を追い求めてしまうんだ」
少しため息を吐き、女勇者はそう言った。
「なんだか分かる気がするなぁ。僕も店を開くなら絶対、王都でっていう理想があるしね」
トムはごりごりと薬の材料をすりつぶしながら、そう答えた。
「そうそう。似てるかも。それで全然仲間がいないから、トムの回復薬がないと私はやっていけないってわけ。どうかな、私の仲間になるというのは。トムなら大歓迎だよ」
「楽しそうだけど、君のおかげもあって十分に資金が溜まってきたんだ。夢に近づいたら、後は一直線さ」
「それは邪魔できないね。王都に行っても、薬を買いにいくよ」
「君の爆買いのおかげで開業できるっていうのもあるからね! 本来、準備に何十年かかったって不思議じゃないのに。開業したらいつだって、王都まで来てくれれば、恩返しにサービスするさ」
「やった! 持ち運べないくらい買い尽くしてやる」
「あはは、僕の商品は全部、割れ物注意だ。沢山持ち運ぶのは大変だよ。ところで、アイナさんは勇者家系なのかい?」
トムは話題を変えて、質問した。
「ううん、うちは南のほうのしがない農家だよ」
「へえ、それで勇者になるなんてすごいね」
「まあ、実力さえ見せれば、国家は公認してくれるからね」
「どうして勇者になろうって思ったんです? あ、聞いちゃいけないことなら、無理には」
トムはアイナの事情によっては失礼かもしれないと思い至って、そう言った。
それほど女勇者は珍しいのだった。しかしアイナは全く気にしていないようだった。
「全然いいよ!……僕がもう少し小さいころ、ある駆け出しの勇者パーティに助けられたんだ。魔物に襲われていた僕を助けて、死にかけていた僕を回復してくれた。九死に一生だよ」
「それは……大変でしたね」
「素敵な人たちだった。僕は助けてくれたヒーラーのお姉さんが忘れられなくて。ヒーラーになろうとしたんだよ!」
「アイナさんがヒーラーに? 勇者の今からじゃあ、考えられないなぁ」
「その通り! 僕は回復魔法の素養がなかったからすぐ諦めた。だったら、勇者になれば、あの人みたいな素敵な仲間と冒険できるんじゃないかって思ったわけ」
「それで実際、勇者になってしまうのもすごいけどなあ」
トムは誰でもなれるわけない勇者に実際になってしまったアイナの話を聞き、感嘆した。
「だけど、仲間がいなくて一人で冒険しているんだけどね……」
「あはは……きっとすぐにいい仲間ができるよ」
「だといいけど。ああ、懐かしいな、リリーさん……今頃魔王に迫っているのかな……」
「ん……? リリーさん?」
「そう、リリーさん。僕を助けてくれたヒーラーさん」
「ヒーラーのリリーさん……本当に?」
「どうしたの?」
「会ったことあるよ! 僕ら、リリーさんと」
「ほ、ほ、本当⁉ どこで会ったの?」
アイナは身を乗り出してトムに聞いた。
「ここから少し北東の、フルール村っていうところ」
「そっか……おかしいな。リリーさんたちなら、もっと先へ進んでいるはずだよ」
「あ……そうかな。君が助けられたのがすごく昔なら、そうなのかな?」
「なぁんだ。きっと同じ名前の別の人だよ! びっくりしたぁ! でも、いつかリリーさんにまた会えるといいな。ブレイズさんがいるから、仲間にはなれないだろうけど……」
「うーん……本当に別人なのかな……」
トムからすれば、リリーが怪我をした子を助けて治療している様子は容易に想像がついたから、もしかしたら同一人物ではないかと思った。しかし、アイナを助けた時からアイナが勇者になってここに来るまでに時間が経っていることを考えると、リリーならばもっと先に進んでいるとアイナは思ったらしい。
「よし、できた。これを普通の毒消しに混ぜ込むと……」
トムが瓶を開け、調合した薬剤を毒消しに混ぜると、見る見るうちに鮮やかに青から紫に液体の色が変わった。
「はい、おまち。これでブラックサーペントにも効くはずだよ。というか、ブラックサーペントも一人で狩るつもり? 王国軍が手を焼いているって言っていたけど……」
「これだけ薬があれば大丈夫! はい、お代」
「相変わらずの大人買いだね……でも助かるよ。まいどあり!」
「また来るよ、トム。王都に行っちゃう前に買いだめしないと!」
女勇者のアイナはそう言うと、ポーションを鞄に入れてトムに手を振って、その場を後にした。