16 勇者のその後 その3
その時、クライングウルフが大きく息を吸い込んだ。
ダリアはそれを見て、身構える。
クライングウルフは、スキルの”咆哮”をするつもりのようだ。
”咆哮”は、クライングウルフの扇状の前方に衝撃波を生み出し、結構な遠距離まで、大きなダメージを与える。
「えっ?ちょっと!」
ダリアの経験上、クライングウルフのその動きを見たら、前衛はクライングウルフの後ろに位置取って、それを避ける。
そして、後衛はクライングウルフの前方に位置どることを避ける。それほど遠くまで、クライングウルフの衝撃波は届くのだ。
今までダリアが組んできた仲間たちは、少なくともそうしていた。
それなのに、ブレイズ、ロイヤーの三人は、動きが止まった今がチャンスとばかりに攻撃を続けた上に、遠隔アタッカーのジュールも、ぼけっとして真正面から攻撃を続けている。
「はぁぁ?!馬鹿じゃないの?!アンタたち!」
クライングウルフは”咆哮”を放った。
グオオオォォン!!
獣の大声と一緒に、衝撃波が発生する。
「うおおぉぉっ!?」
ブレイズとロイヤーは紙切れのように吹き飛ばされ、後ろにいたジュールも、吹き飛んでくる岩や小石でダメージを負った。
「ありえない……”ヒーリング”!」
ダリアはそれから簡易回復魔法を何度も唱え、三人をなんとか回復した。
「地の体力が高いから、減り方は今までの仲間より少ないけど……それにしたって避けるでしょ、普通?!」
ダリアが怒りながらルリナに同意を求めると、ルリナは頷いた。
ルリナはすでに知っていた。
彼らがヒーラーの負担なんてこれっぽっちも考えていないことを。
一方、戦っているブレイズとロイヤーも、違和感を感じ始める。
「なっ……なぁ……はぁはぁ……ロイヤー、お前だけ元気じゃないか?なんだか……」
「おう。回復ばっちりじゃないか、あの子。ルリナだけだとやっぱりだめだな」
「い、いや……俺、まだ全快じゃないんだけど……」
たった今、ウルフに攻撃された脇腹の傷は、多少浅くなったものの治りきっていない。
「俺とロイヤーを同じペースで回復したってダメだろ……俺のほうが……強いんだからよ……」
「はっ……強いが聞いて呆れるぜ。こんな雑魚に時間かけている場合かよ」
そう言いながら、ロイヤーはクライングウルフへと斬りかかった。
「まずいな……出血も治してもらえてねぇ……こっちのほうが響く……」
ブレイズは、脇腹から流れ続ける血液と、それによって少しずつ体力が削られているのを感じ、危機感を抱いた。
「おいジュール!動きを止めろ!!一発で決める!じゃないとやばい!」
「わかったよ。簡単に言ってくれる……」
ジュールはそう言うと、ロイヤーの攻撃を避けて跳躍したクライングウルフが着地する、その瞬間に、魔法弓を放った。
「”影縫い”!!」
クライングウルフにその攻撃が直撃すると、クライングウルフは地面から足を離せなくなっていた。
戸惑うクライングウルフに、ブレイズは迫った。
「いいぞ……”ブレイブソード”!!」
ブレイズはスキルを発動し、クライングウルフを一刀両断にした。
グオオォォ!
叫びながら血をまき散らし、クライングウルフは倒れこんだ。
そして、それきり二度と身体を動かさなかった。
ルリナは驚いた。
ブレイズ達が連携らしい連携をして見せたのは、経験上、これが初めてのことだったからだ。
追い詰められたが故のことだろうか。
「よ、し……」
ブレイズはその場に跪いた。
仲間たちがそこへと駆け寄る。
ダリアは苛立ちながらゆっくりと歩いてきて、ブレイズに回復魔法を唱えた。
「”ヒーリング”……はぁ……」
ダリアも既に精神力をすり減らして、満身創痍だった。
「ダリア、おい、どういうつもりだ。死ぬところだったぞ!」
ブレイズはそう怒鳴った。
「はぁ?意味不明。アンタが避けるべき攻撃を避けないから、ヒールが追い付かないんでしょ。クライングウルフが息を吸ったら、後ろに回る。常識でしょ?」
「い、いやそれは……お前が回復すると思って……」
「何で?避けてさえいれば必要のなかったはずの回復なんて、私したくないんだけど」
「なんだと……出血だってしているんだぞ。状態異常回復くらいしてくれよ」
過度の出血や、毒のような複雑な体力への影響は、単純なヒールでは治せない。
それ用の回復魔法を唱える必要があった。
「はぁ?出血してるならそう言ってよね。わかるわけないでしょ。”リムーブ”」
そう言われ、ようやくダリアはブレイズに状態異常回復の魔法を唱え、出血を治した。
「おい、おい待てダリア。何言ってんだ。状態異常は見てわかるだろ?分析魔法で……」
「分析魔法?何言ってんの?冒険者でそんなもの使える人、いるわけないでしょ」
ブレイズとロイヤーは顔を見合わせた。
「いやいや、ヒーラーには必須だろ。じゃないと、誰の体力が減っているか、わからないじゃないか」
「わかんないわよ、そんなん。傷の多さとかで見分けるしか。だからアンタたちから、自分の状態はコミュニケーションとってもらわないと。回復なんてできないっての」
「俺たちが?治してくれって自分から言うのか?自己申告で?」
小馬鹿にして笑いながら、ロイヤーはそう言った。
しかし、いたって真面目な表情で、ダリアは答える。
「少なくとも、大けがや、状態異常の時は自分から申告……常識でしょ?勇者が聞いて呆れるわ。冒険者に必要なのは、コミュニケーション能力。アンタ達にはそれが皆無」
「何だと?お前が……」
「や、やめましょう皆さん……」
ルリナは思わず止めに入った。
ルリナからすれば、少しダリアの言い分も分かった。自分だって、分析魔法なんて使えてはいない。でも、このままいけば、ダリアが勇者についてこられない弱い冒険者扱いされて、悪者にされてしまうだろう。
「……まぁいいけど。私、追い出されるの慣れてるし。でも、これは親切心で教えてあげるけど……分析魔法なんて、王国軍でもトップのヒーラーくらいしか使えないわよ。そんなこと言い出したのは、本当にアンタたちくらいだから。追い出すならお好きにどうぞ」
そう言いながら、ダリアは怒って街のほうへと先に歩いて行ってしまった。
「クソ!何だよあの女!」
ブレイズは地面を叩き悔しがった。
「どうする?ブレイズ。あの女と続けるのか?」
「でもよ……もう頭金も払っちまったぜ……」
「はぁ……じゃあしばらくは一緒だな……」
ロイヤーは頭を抱えた。
ルリナは、そんな彼らを見て、本当に後悔し始めていた。
きっと、ブレイズ達も気づいているのに、意地になっているだけなのだ。
私たちには、リリーが必要だった。
彼らはそれを認めたくないんだろう。
ルリナは、誰にも聞こえないように小さくため息を吐いた。