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7.最推しと図書館

昼休みが終わり、私は教室に戻った。

最推し二人と過ごした時間はまるで夢のようだった。もしかすると、本当に夢だったのかもしれない。特にレアなルカリオの笑顔。

今後も会えるようになったけど……どうやって連絡を取るんだろう?

試作品が出来たとして、商学科と全く関係のない騎士科のある校舎、更に上級生のクラスまで行く勇気なんて無い。

しかも最推し二人から来てくれるならまだしも、私から近づいて行ったら周りのやっかみは恐ろしいことになりそうだ。

ああ、詰んだ。せっかく最推しと話せる権利を得たというのに、それは泡沫の夢だった。

いい夢を見せてもらったと、心の中で合掌する。


 翌日も、ランチを終えたアリアはすぐに訓練場に行ってしまった。

 私は持て余した時間を図書館で過ごす。

 そこで他国について書かれた本を読むのだ。特に伝統料理のあたりを。

 たまに前世で似た料理や未だこの国に入ってきていない食材などを見つけられるから、図書館は宝の山だ。


 昨晩、騎士達の携帯食について父に話してみた。末兄がしばらく帰宅しないため詳しい素材の相談が出来なかったことと、万一製品が完成したとしても騎士団に売り込めるほどの太いパイプがまだ無く開発自体が保留になった。

 回収見込みが立たない投資は出来ない。商人にとっては当たり前のことだ。

 何とも残念だが仕方がないと、誰も来ない各国の伝統文化の本が並ぶ棚を眺める。目で追いながら、東方の国の本を物色する。


 東方の国では、前世の日本や中国に似た調味料や食材が見つかることが多い。

 昔、醬油とほぼ同じ味の調味料を取り寄せて、獲れたての新鮮な魚を生で食べようとして家族中から止められたのも懐かしい思い出だ。

 あの時の両親と兄達の真っ青な顔は忘れられない。

 美味しいのになぁと今でも残念に思うが、その後ジョンから懇々と寄生虫に関する話を聞かされてしばらく食欲が減退した。実はそれでも諦めていないのは内緒である。


 興味の惹かれる本を見つけ手に取ると、閲覧用の机のあるコーナーに向かい日当たりの良い窓際の席に座った。6人掛けの大きな机に本を広げる。

 しばらくパラパラとページをめくっていると、ふと本に影が落ちた。

「昼休みにまでお勉強なんて、感心ですね」

 顔を上げると、目の前でにこやかに微笑むセドリックがいた。

 陽光に照らされるその笑顔は、一枚の美しい絵画のようで思わず見惚れてしまった。

 このスチルも欲しい……確実に課金するわ。


「セドリック先輩、こんにちは」

 今日はルカリオを伴わず一人のようだ。

「こんにちは。調べものですか?」

「あっ、調べものというか、何か珍しい食材などが無いかと思いまして」

「ああ、新作の研究ですか」

 セドリックが本を覗き込む。

 近いっ!近い近い!

 緊張して今日もフリーズしそうになる自分に鞭打って、話題を探して気を張る。


「そうだっ、昨日せっかくヒントを頂いた携帯食なんですが、今はちょっと実現が難しそうです。非常に残念なのですが」

 我が家の力不足で最推しの提案を実現できないのは、かなり心苦しい。でも、父や兄が悪いわけではないから複雑だ。

「ああ、本当にお父上に掛け合ったのですね。ふと口にしただけなのに、真剣に考えてもらえていたなんて、俺の方が嬉しくなりますね」

 至近距離でにっこり笑ってもらって、顔が真っ赤になる。

 ああ、人生の運はここで全て使ってしまったかもしれない。


「ちなみに、実現が難しい理由を聞いても?」

「あ、ええと」

 商会の内情をどこまで話したものかと一瞬だけ逡巡すると、セドリックは何かを察したのか向かいから机を回り込んで私の隣りの椅子を限りなく近づけ座った。

 内容が周りに聞こえないようにという配慮だろうけど、嬉しさと緊張で音が聞こえてしまうんじゃないかと心配になるくらい心臓がうるさい。

「それで?お父上はなんと?」

 耳元でそっと語り掛けられ、これで答えない女子がいたら教えてほしい。

 ゲームでも麗しい姿絵だけじゃなくこのイケボも好きだったなぁ。

 今はゲーム内の決まったセリフだけでなく、色んな声を聞けるから幸せだなぁとまた意識が飛びかける。


「やはり、立ち入ったことを聞いてはいけませんね」

 セドリックが珍しく眉尻を下げて困った顔をする。

 ヲタとしては、最推しにそんな顔をさせては失格である。

「いいえ、大丈夫です!」

 一瞬セドリックは目を見開いて再びにっこり笑った。

 良かった。最推しの笑顔を取り戻せた。既に達成感がすごい。


「実は、末兄がまだ帰っていなくて包装に使う素材の相談が出来ないんです。あと、たとえ携帯食が完成しても売り込める先が無いというか……」

「売り込む先ですか?騎士団ではだめなのですか?……まさか他国に?」

「他国なんてとんでもないっ!その、お恥ずかしい話なのですが、騎士団に売り込めるような伝手が無いんです」

「伝手……、なるほど」

 セドリックは少し考え込む様子を見せたが、ぱっといつもの笑顔に戻った。

「残念ですが、仕方ありませんね。もし実現出来そうになったら、俺にも教えて下さい。俺も、野戦訓練の時に持って行きたいですから」

「はい、喜んで!」

 思わず居酒屋みたいになってしまった。

 静かな図書館に私の声が響き、きまり悪く顔を伏せた。

「ふふっ。楽しみにしていますね」


 セドリックと別れて、教室に戻ると室内がざわついていた。

 みんなちらちら私を見てくる。

「ちょっと、シェリル!なんでオーブリー様と仲良くしてるの?私、何にも報告受けてないんだけどっ」

 少し憤慨してアリアが話しかけてきた。

 周りのざわめきは静まり、皆私の返答を待っている。

 きっと、先程の図書館でのやり取りが噂として広まったのだろう。いや、もしかしたら昨日やその前のことかも……。さようなら、私の平穏な日々。

「えっと、この前レインボーマシュマロを持ってベンチに座ってたら、何故か声を掛けられて……珍獣枠、的な?」

「はっ?」

「何だそりゃ」

 クラスメイトの突っ込みが入る。

 うん。私も何じゃそりゃだよ。

「いや、庶民の私だよ?それしかないじゃん。きっと珍しいんだよ」

 言って笑いながら、少し胸が痛い。

「って言うか、それ、私のせいじゃん!!私があの日、シェリルを一人で放置しちゃったからっ!ごめんっ!確かに大きなレインボーマシュマロを握りしめて一人でいる女の子なんて、本当に珍獣だよ!」

 そこまで言わなくていいと思うけど、アリアがパニックになって叫んでいるせいで私への変なやっかみは起こらなそうだ。少なくともこのクラスでは。


 ちなみにこの後、レインボーマシュマロを持った何人かの女生徒が一人でベンチに座っている光景が数日続くことになる。


お読み頂きありがとうございます。

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