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6.Boys side 密命と約束の日

「セディ、君が女生徒に自分から声を掛けるなんて珍しいね」

「ええ。少し気になることがあって」

 学園の中庭で、大きなマシュマロを抱えてベンチに座る変わった女生徒に声を掛け、次に会う約束まで取り付けた。

 普段のセドリックでは全く考えられない行動だ。

「ああ。また上から指令でもきた?」

 セドリックに課せられた秘密の稼業を、ルカリオも把握している。兄のスペアとして。

「そんなところです」

 指令の詳細までは明かせないためセドリックは曖昧に頷く。


 リント商会。王国一とも言われる大きな商会。しかし、数年前までは中堅どころといったところで、可もなく不可もない商会だった。それが一気に拡大しのし上がってきた。

 王国の経済においては無視できない勢力となり、その辺の貴族では太刀打ち出来ないほどの力がある。

 初期こそ、外交官に付き添ってもらって他国との取引を何とかまとめていたが、今では外交官の方が添え物のようだ。

 急激な成長と交易範囲の拡大において、これといった原因が表立っていない。

 世間では単に経営者の商才が花開いただなんて言われているが、次々と他国間契約を結んでいくのはある意味脅威だ。

 今のところ契約内容は全て食料品だが、そこにもし武器や恐ろしい薬品が加わったとしたら?

 交易が順調にいけばいくほど、商会と他国のパイプが太くなる。

 そこに他国の王侯貴族、もしくは国内の貴族が何某かの思惑を持って入り込んでくる可能性は無きにしも非ず。

 最悪の場合、この拡大において既に他国がバックについている可能性さえある。


 セドリックは、まだ学生の身でありながら既に稼業に携わっていた。

 彼にとってリント商会に関する調査はそこまで急務ではないが、その動向を常に見張らねばならない。実際商会で働く者達に関してはオーブリー家の本職が探っているだろう。

 セドリックにはせっかくリント商会の長女と同じ時期に学園に在籍するのだから、そこから探るようにそれとなく指令が来ている。


「本当、面白いお嬢さんでしたね」

 シェリルとは学年も違うため、怪しまれず近づくにはどうすればいいか常々頭の片隅で考えていた。

 そこでいきなり突っ込みどころ満載な隙だらけの姿で目の前に現れたのだ。

 これはもう、カモがネギを背負ってやってくるというか、マシュマロを手に獲物が懐に飛び込んできたのだ。セドリックはこのチャンスを活かすことにした。

 

 そしてルカリオもまた、中庭で一瞬セドリックの目が獲物を前にした獣のような、獰猛な光を放ったのを見逃さなかった。

 ルカリオは、基本セドリックの仕事に口は挟まない。むしろ協力することにしている。それがこの国を守るために必要なことだと理解しているからだ。

 今回も邪魔立てをする気はないが、あまりにも無防備なシェリルには少し同情した。



 シェリルと約束の日、とりあえずルカリオもセドリックに付いて行った。

 主にセドリックがシェリルに応対するだろうから、シェリルに不審なところが無いか第三者的立場で判断しようと思ったからだ。

 案の定昼休みのシェリルはマーキス商会の長女と一緒に中庭にいて、彼女が去った頃合いを見計らって二人は近づいた。

 それにしても一方的に約束をさせられて、きちんと物も仕上げてやって来るシェリルは律儀で真面目な性格だとルカリオは感じたが、セドリックは相手の思惑がどこまでか探る思いで中庭にいた。


「こんにちは。ちゃんと来てくれたんですね」

 白々しくセドリックが声を掛けた。いつもの対外的な笑顔のままで。

「こっ、こんにちは」

 シェリルは昨日に引き続き緊張しているようだった。

 まあ、あまり面識のない上級生、しかも男二人に囲まれては緊張するなという方が難しいだろう。

 それとも何か隠しているのだろうかと二人はそれぞれに考える。


「えっと、どうぞ」

 シェリルに紙袋を渡された時、ルカリオは戸惑った。

 約束をしたのはセドリックだ。自分の分まであるとは想定外だった。

 しかも自分は甘い物は苦手だ。一昨日、そのことをはっきりとシェリルに伝えなかったから作ってきてしまったのか、ここで受け取らないと諜報活動に支障が出るかもしれないと、色んな事が脳裏によぎった。

 その間を、シェリルは何か勘違いしたのか箱の中身について説明したうえで、取り下げようとしてきた。


 ルカリオはシェリルの言葉から、中身がセドリックと全く同じでは無く自分のためだけに作られた物だと気づいた。その瞬間、彼女の手ごと紙袋を受け取っていた。

 そして更に驚いたのが、紙袋の中の箱に巻かれたリボンだった。

 それはルカリオの瞳と全く同じ濃い紫色だった。


 ルカリオの兄は、まるで彫刻に命が宿ったような完璧な美貌に、美しいアメジストのような瞳をしている。瞳の色はルカリオの方がわずかに濃くて暗い紫色だ。それに気づく人はいない。皆、兄ばかりを見て気にもとめないし、弟もどうせ兄と同じと一括りにされてしまっている。

 横目で見たセドリックのリボンも、セドリックの美しいエメラルドの瞳の色と全く同じだった。それが少しもやっとしながらも、完全に自分専用に贈られた初めての物に驚きと興奮が隠し切れなかった。

 だから、本来ならあまり面識のない相手から贈られた、更に手作りの物など要警戒対象なのに、臆面もなく口に入れてしまった。

「甘くない。……美味しい」

 思わず言葉が漏れた。

 感動の余韻に浸っている間に、セドリックに一粒盗られてしまい思わず非難の声を上げてしまった。

 セドリックはそんなルカリオにお構いなしで、騎士科で流行るかもしれないと話を進めていく。

 そのことを聞いたシェリルの様子はすごかった。

 これまでの緊張しておどおどした姿ではなく、一昨日「ロシェ」を語り出した時以上の勢いで色々なことを考え口にしていた。

 自意識過剰ではあるが、普通の令嬢は自分達二人を前にして目を逸らして考え事をすることはない。いかに自分をアピールするか、潤んだ瞳で見つめて誘惑をしてくる。

 全てにおいて想定外、規格外のシェリルは呆れを通り越してむしろ清々しかった。

 だからだろうか、セドリックに続いてファーストネーム呼びを許し、今後の試食に立ち会いたいと自然に思ってしまった。


 ルカリオが積極的に贈り物を受け取った時、セドリックは表面には出さないもののとても驚いていた。

 セドリックはいつも対外用の笑顔で、近寄ってくる女性に対して柔軟に対応してきたが、ルカリオはいつも無表情で切り捨てるか、適当にあしらっていた。

 そんなルカリオがシェリルに対しては頬を染め、素直な感想を言っている。

 先日会った時ルカリオはほぼ言葉を発しなかったにも関わらず、シェリルはルカリオの好みを把握していた。

 これは元々シェリルがルカリオに好意を抱いていたからとも考えられるが、ルカリオが甘い物が苦手だということは、セドリックほど近しい者しか知らない。

 となると、マシュマロを拒否したところから推察したか、独自の情報ルートを持っているのか、どちらにせよ看過できないスキルである。

 セドリックの中で、シェリルの警戒レベルが上がった。

 しかしその後、セドリックの言葉に触発され製品開発につなげていく様子などから、リント商会の商売繁盛、ルート拡大の根源を見た気がした。

 詳しいことは深く話を聞かねば分からないが、これまでリント商会から生まれた流行の根幹にはシェリルがいる可能性がかなり高まった。

 ここに至るまでのシェリルの動向についてもっと知る必要がある。

 セドリックはシェリルの将来の夢を利用して、今後も会う約束を取り付けた。


お読み頂きありがとうございます。

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