5.約束の日
最推しとの約束の日、いつも通りアリアと中庭でランチをして別れた。
何となく、アリアには二人のことは報告出来ずにいた。
たぶん珍しいスイーツ好きのセドリックがロシェを食べてみたいだけで、きっとこれっきりの関係のはずだから。
アリアの姿が見えなくなったところで、荷物からラッピングした小箱を取り出し、それぞれを紙袋に入れる。
本当は作った物をお弁当箱のようなものに入れて普通に試食してもらおうかと思っていたけど、よくよく考えたら身分がかなり上の方にさすがに失礼では?との頭が働き、一人分ずつ分けて包装し、恐れ多くも二人の瞳の色のリボンをかけさせてもらった。
このリボンこそが私の拘りである。ルカリオの濃い紫、セドリックのエメラルドグリーン!
この世界を思い出してから、使うことはないと思いつつも身近に最推しを感じたくて探しに探して買い求めた完璧な色!これぞ推し活の醍醐味!!
「こんにちは。ちゃんと来てくれたんですね」
セドリックが相変わらずにこにこして声を掛けてくれる。
「こっ、こんにちは」
やはり最推しとの間近での対面はなかなか慣れるものではない。今日も声が裏返った。
ルカリオも会釈してくれるが、今日もやれやれといった表情のままだ。
そしてセドリックは流れるようにスムーズに私の隣りに座った。
「えっと、どうぞ」
気の利いたことも言えず、とりあえずそれぞれに紙袋を渡す。
セドリックはともかく、ルカリオは目を見開いて固まっている。
「俺にも……?」
とりあえず作ってみたものの、やっぱり甘い物は嫌だったかなと、さすがに少し焦った。
「あっ、あの、こちらは甘さをかなり抑えて作ってみたので、良ければ試食して頂ければ私も助かります」
「君が、助かるの?」
「はい。私、将来自分のお店を開くのが夢なので。甘い物があまりお好きでない方も楽しめるスイーツの開発もしたいなって……まさかっ!不敬でしたかっ!?すみません、取り下げます!」
慌てて紙袋を下げようとしたが、私の手ごとルカリオに止められた。
「ごめん。脅かすつもりはなかったんだ。……その、ありがとう」
ルカリオは少し頬を染めて伏目がちに呟いた。
やばいっ!めっちゃ可愛い!さすが最推し!今のこのスチルが超欲しい!もし販売されたら、絶対課金してる!!
私はばれないようにこっそり身もだえた。
「へぇ。シェリル嬢はお店を開くのが夢なのですね」
セドリックは微笑みながら、とっくに紙袋から箱を取り出していた。
「はい。まだまだ勉強中ですが」
少し落ち着いたルカリオも、箱を取り出して一瞬手をとめてまた瞳を大きくしてから、箱を開けた。
「俺のは、ホワイトチョコレートですか。やはりこの間あなたが言っていた通り色味がカラフルに仕上がりましたね。半分はアラザンもふられていて、可愛らしいですね。ルカリオのは、ダークチョコレートですか?」
「はい、そうなんですけど、通常のものよりカカオの含有量が多めのものを使用していて甘さはほぼありません。ですが、上品な苦みとポリフェノールが多く体にも良いんです。他にアーモンドも入れていて、スイーツとしての楽しみよりも栄養補給の方が長けているかもしれません」
ルカリオはおそるおそる手を伸ばし、一口齧ってみた。
「甘くない。……美味しい」
素直な感想に、心底ほっとした。
「こちらは期待通りの甘さですね。マシュマロをクルミ等と一緒に食べるのは初めてですが、お互い邪魔をするどころか見事に調和していて素晴らしいです。そしてもう一つの方は……」
「あっ!」
セドリックはルカリオの箱からひょいっと一つ掴み齧りついた。
それに対し、ルカリオは思わず非難の声を上げた。
「本当だ、ほとんど甘さを感じないですね。これは、案外騎士科で流行るかもしれませんね」
「騎士科で、ですか?」
私は単に男性にではなく、騎士という言葉に目を瞬かせた。
「確かに、味といいエネルギー面でも野戦訓練の時の携帯食にいいかもしれない」
ルカリオがロシェをまじまじと見ながら呟く。
「なるほど。そういう需要がありますか」
ふと私の中で、前世での携帯食を思い浮かべる。
「屋外のどんな場所でも食べやすい形として、まずスティック状ですね。あと最大の課題はチョコレートの溶けやすさをどうカバーするか。包装も簡単に剥がせるけど、水に強い素材の方が望ましいかな……」
一度考え出すと止まらない私は、どんどん思考の渦にはまる。
ああ、早く家に帰って父と兄、ジョンに相談したい。まずは父に採算がとれるか掛け合って、ジョンにチョコレートの融解問題を相談して、末兄に包装に最適な素材はどの国にありそうか尋ねて……やることがいっぱいだわ。
「……リル嬢、シェリル嬢!」
「えっ、はっはい!」
セドリックに呼ばれて、やっと我に返った。
「大丈夫ですか?」
やばい、ドン引きされてる。最推しの前でいつもの悪癖が出てしまった。
「すみません。いつもの癖で。色々考えると止まらなくなってしまって……」
「いえいえ、俺にとっても大きな収穫があったので問題はありませんよ。それよりも、先日からあなたには頂きっぱなしで、こちらからお礼をしなくては。何かご希望はありませんか?どうぞ遠慮なくおっしゃって下さい」
何やら気になる単語があった気がするが、それどころではない。
最推しからのお礼?そんなの、今のこの貴重な時間を頂いていること、言葉を交わして頂いていること、手作りのお菓子を食べて頂いていること、どれもがご褒美です!!
「おっお礼だなんて、逆に私の方がしないと割に合わないくらいです!」
「はい?」
最推しを前にしたオタク的発想なんて絶対に分からない二人は、私を珍獣を見るような目で見つめぽかんとしている。
ああ、そんな表情ゲームには無かった。尊い……。
「いえ、まだ世に出せるか分からないものを食べて頂いて、更に販路拡大に繋がりそうなアドバイスまで頂いて。今日は、何から何まで本当にありがとうございます!!」
「ふふっ、全くシェリル嬢は規格外ですね。他の御令嬢とは全く違う」
「あ~、まあ庶民ですので」
確かに前世から筋金入りの庶民だったし、他の御令嬢のように優雅な振る舞いも品の良い話し方も出来ない。
「そういう意味では無いのですが。まあ、今日のことがお礼になるのでしたら、良ければまた新作を思いついたら試食をさせてくれませんか?」
「えっ、いいんですか?」
「ええ。俺は珍しくて美味しい物を食べられる、シェリル嬢は試食の感想を聞いて今後に繋げられる。お互いにメリットしかないと思いますが、いかがでしょうか」
「あっ、俺も試食したい」
セドリックの後ろでルカリオも小さく手を挙げた。
「ありがとうございます!嬉しいです」
そう、最推しに会う口実が出来る!遠くから拝む人生を歩むと決めていたけど、折角ならヒロインが来るまではもう少し近くで拝ませてもらおう。
どうせ学生時代の期間限定だと思うと、少し胸の奥が傷んだ気もしたが気付かないふりをした。
「あの、でも一つだけお願いが」
「なんです?」
「私のこと、シェリル嬢ではなく、ただシェリルと呼んで頂けないでしょうか。シェリル嬢とは呼ばれ慣れていなくて」
「分かりました。では、俺のこともセドリックと。」
「俺もルカリオでいいよ」
「はい。では、セドリック先輩、ルカリオ先輩、これからよろしくお願いします」
先輩呼びに二人は一瞬びっくりしたようだが、柔らかく目を細めてくれた。
だって、セドリック様、ルカリオ様なんて呼んでしまったら、自分の気持ちが勝手に暴走しそうじゃないか。前世の部活のように先輩後輩として線引き出来た方が引き返しやすい。
「ええ、こちらこそよろしく」
「よろしく」
この日から、最推しとの奇妙な関係が始まった。
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