48.しきたりと密約
セドリックは一度深呼吸して、穏やかに語り出した。
「オーブリーの家は、他家と違ってかなり特殊です。通常は、最初に生まれた子息がその家を継ぎますね。子女しか生まれなかった場合は、ほとんどの場合長子が婿を取って家を継ぎます。しかしオーブリー家は、一族の中で一番その適性がある者が継ぎます。そして、次代は俺であることが既に決まっています」
私はうんうんと頷く。
「オーブリー、特にその当主には稼業の特性から敵が多いです。恨み、妬み、恐怖心からの排斥など様々な悪意に晒されているといっても過言ではないでしょう。そうなると、次に何が起こるかわかりますか?」
私はふるふると、首を横に振った。一庶民の私からすると想像力の全く及ばない世界の話だ。
「皆、当主の弱みや弱点を握ることに躍起になるのです。それさえ掴んでしまえば、脅すことも味方につけることも何でも可能になると考えているんでしょうねぇ、浅はかにも」
セドリックの目に侮蔑の色が浮かぶ。
「中でも最悪なのは、オーブリーには勝てないからと、その弱みに向かって攻撃することで復讐を企てる者です。ですから代々オーブリーの当主、更に側近などは表向き妻子を持ちません。恋人さえも。それは弱みになるのが嫌だというよりも、愛する者を守るための手段です」
この平和な時代に、そのしわ寄せがいっている家があるなんて。しかもそれが伯爵家という、誰もがうらやむような高位貴族に属する家だなんて。
ゲームの中の華やかな部分しか知らなかった私には、衝撃的だった。
目の前にいるセドリックがどんな思いで今まで生きてきたのか、大切なものをあえて遠ざけないといけない人生なんてと、私の想像はそちら方面に膨らみ胸が痛くなる。
「そんな顔しないで下さい。あなたに出会うまで、このしきたりが厄介だなんて思ったこともありませんでしたから。それに、そんな俺のことで心を痛めないで。これから俺が話すことはとんでもないことなので、言い出しにくくなっちゃうじゃないですか」
そう言って、セドリックは笑った。
それは本心からの笑顔で少し安心したと共に、何を言われるのか私は身構えた。
「ということで、内緒で俺を第二の夫にして下さい」
「えっ?」
一瞬何を言われたのか分からなかった。驚いてセドリックを凝視しても、彼はにこにこ笑顔を浮かべるだけだ。
この国においては、王族が何らかのやむを得ない理由で側妃を娶る以外、第二夫人を娶る習慣は無いし法律で許されてはいない。こっそり愛人を囲う貴族などはいるそうだが、公になればスキャンダルになり下世話な娯楽にされてしまう。庶民でもそれは同じだ。
「ああ、念のため言っておきますが、オーブリー家は特殊ですから王族からも色々と許可を頂いていまして。例えば婚姻においては相手を特定されないために届け出も、相手の名や所在を報告する義務すら生じないことや、子供が生まれてもカモフラージュのために偽の戸籍を用意出来ることなど万全なんです」
「へえ、そうなんですね……」
違う世界の話過ぎて、理解が追い付かない。
「まあ、少し制限はありますけどね。例えば婚姻と呼べるような関係になるにも、国内に限るとか。王国側としては、オーブリーの持つ機密が他国へ漏れ出ることを一番恐れています。だからこそオーブリーが反旗を翻すことのないよう、ある程度の融通を利かして機嫌をとるんですよね。まあ、オーブリー内でもお互い裏切られないようというより出し抜かれないように監視しているので、そんな愚か者は出ないか、気づいた時点で処分しますが……おっと、こんな話はどうでもいいですね」
どんどん冷えていくセドリックの表情が笑顔に戻り、私に向けられた。
「特殊な背景はありますが、どうか俺とも結婚して下さいませんか?」
少し陰のある笑顔を向けられて、私はどうしていいか分からなかった。
正式な婚姻届とかも無いってことは、前世でいうところの内縁の夫的な?それに、さっき婚約を了承したルカリオ的にはどうなの?と、私はルカリオに困惑した視線を向けた。
「ああ、この件に関しては俺も承知の上だから大丈夫だよ」
その言葉に、私はあからさまにホッとしてしまう。
だって、我儘だけど最推しどちらかだけを選ぶことなんて出来ないものっ。
「あの、難しいことはよく分かりませんが、どうぞよろしくお願い致します」
私はセドリックの目をしっかり見つめた返事をした。
「はい。ありがとうございます。難しいことは全部俺たちでやります。あなたはただ、俺たちから愛されて下さい」
極上の笑みを向けられた。瞬間、心臓を射抜かれたような気がした。
ああ、昇天するってこんな感じかしら?
この瞬間のグッズがあったら、それも全部買いだわ。ああ、これが前世なら推し活貧乏まっしぐらね。
「良かったです。俺もきちんとシェリルの許可をもらえて。ルカとは何年も前にあなたを共有する密約を交わしていましたから、やっとそれが成りましたね」
「共有?……密約?」
何か、一般的にあまりよろしくない単語だよね?とんでもない契約しちゃった的な?
「ふふっ、もう撤回は認めませんよ。これであなたは、俺たちのものです」
その言葉と共に、最推し二人が両脇から距離を詰めた感じがした。
最初プロポーズしてもらって恋われて婚約した感じなのに、いつの間にか私が捕まった感じになってるような……。あれぇ?ん~でも、結果オーライなのかな?
「と、いうことは……」
私はふと思いついて、最推し二人の腕にそれぞれ自分の腕を絡めて抱きしめた。
「はい?」
「え?」
「ルカも、セディも、私のものってことですよね!」
最推し二人は一瞬驚いたように目を瞠って、その後柔らかく微笑んで私のこめかみの辺りに口付けた。
「そうだよ。俺はもう、君のもの」
ルカリオが甘く耳元で囁いた。
「永遠に、愛し合いましょう?」
セドリックも反対側の耳元で囁く。
「ひゃんっ」
色気満点のイケボと、くすぐったさに似た未知の感覚とで思いもよらない声が出た。
「可愛い。このまま食べてしまいたいな」
ダメ、そんなこと言われたら今度こそ気絶しそう。
私はもう何も言えず、真っ赤な顔で口をはくはくと動かす。
先ほどの、自分の大胆な行動を反省して二人の腕から自分の腕を抜こうとするけど、抜けないっ!?騎士って力強っ!!って当たり前か。
「何てね、これ以上はお父上に婚約を了承してもらってからね」
甘やかな雰囲気に蓋をしてルカリオが離れた。セドリックも渋々といった体でそれに倣った。
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