41.最推しとの再会
空が赤く染まり夕闇の迫る頃、最後のお客様も退店して、私はカルラさんと共にお店を閉める準備をし始めた。
「最近は、だんだん日が短くなってきましたね」
他愛のない話をしながら、私はカウンターでお金や帳簿の締めを行う。
「そうですね。また季節が移り変わっていきますね」
「ふふっ、今度はどんな季節限定商品を出そうかしら」
そんなことを考えると、ふと学生時代に最推しに味見をしてもらいながらも未だ店頭に並べていないレシピを思い出す。
すると、少しセンチメンタルな気分になった。
最推しと全く会えなくなって数年、普段は忙しくてあまり考えないけど、ふとした瞬間に思い出しては寂しさを感じてしまう。
いやいや、それはおこがましいですからっ!最推しは、その存在だけで感謝すべき対象!!
今日も元気に生きてくれているだけで尊いのだ!!
こんな気分になってしまうのはこの夕焼けのせいと、私は目の前の帳簿に集中する。
「少し、裏口の確認に行きます」
いつもカルラさんは全ての施錠確認を行ってくれるので私は軽く頷いて、目の前の作業に戻る。
少しすると裏口の施錠を終えたのか店舗奥の扉が開きカルラさんが戻って来たけど、足音が多い気がして視線をやった。
「こんばんは」
カルラさんの後ろに、にこやかな笑顔を浮かべたセドリックが立っていた。
「へ?」
思いがけない人物の登場に、私は思考停止して固まってしまった。
「シェリル」
後ろから、もう一方の大好きなイケボが聞こえた。
「えっ、あっ……」
お店の正面から入って来たのはルカリオだった。
これまで遠くから眺めるだけで、街ですれ違いもしなかった最推し二人が目の前に……。
これは、寂しさが募った私の願望が見せる幻覚なのかしら?見たことないけど白昼夢ってこんなもの?
私は目の前の光景が信じられずにフリーズしたままだ。
「店長」
カルラさんがカウンターにやってきて、茫然としている私の手を引いて最推し二人の前に連れ出してくれた。
「カルラ、ご苦労様でした。あとは俺達がいるので、大丈夫ですよ」
「はっ!では、本日はこれにて失礼致します」
いつの間にか荷物を持ち、帰り支度万端なカルラさんは正面の扉の札をクローズにして、そのまま颯爽と帰って行った。
「本当は、色々話すべきことがあるはずなのですが、今はともかく……」
「「会いたかった」」
最推し二人の声が重なると同時に、私は左右から抱きしめられた。
えっ、これ、本当に夢なんじゃっ……。
私、疲れてたのかな?帳簿の数字を見て寝落ちした?
ん~、でも、よく知っている最推し二人の香りがこんな近くに、しかも抱きしめられている感触もしっかりあるってことは……ああっ、もう無理っ。
学園を卒業しても異性に対して免疫も無く、数年離れたせいで最推しとの距離感への馴れも振り出しに戻った私は、即気絶した。
「おやおや、シェリルは相変わらずですね」
耳元で、大人の色気を増したセドリックのイケボが甘く響いた気がした。
「んんっ……」
鼻の下がスースーする感じがして、私は目を開けた。
「大丈夫ですか?」
両脇から、私を覗き込む最推し二人。
何?ここ天国?しかも体もふわふわと心地いいし。ここは……?
気づくと私は、自分の部屋のベッドに腰掛け足を下ろした状態で仰向けに寝かされていた。
「起き上がれるか?」
ルカリオがそっと支えてくれ、私は改めてベッドに座りなおした。
気分が落ち着いてくると、今の状況がとんでもないことに気づく。
ちょっと、自分のベッドで最推しに挟まれて座ってるって!!
っていうか、最推しが自分の部屋に!!えっ、掃除ちゃんと出来てたかな?変なもの置いてなかったよね?
私の焦りやパニックをよそに、最推し二人は余裕の微笑みを浮かべている。
「やっと、あなたに会いに来れました」
「すっかり待たせてしまって、すまない」
二人が左右から優しく囁いてくれる。
はぁ、耳が幸せ……。
このままこの余韻に浸っていたいけど、そうもいかないわよね。
「えと、今日は、何で……」
色々聞きたいことはあるのに、頭がまとまらない。
「無事、全て片付いたので、シェリルに会いにきました。約束したでしょう?ここで待っていてくれると」
ゆっくりと、私を甘く見つめたままセドリックは話す。
私は未だ夢見心地で、ただ言葉を聞いて頷くだけしか出来ない。
「俺たちも、ずっと我慢していたんだ。全て終わるまで君のことを隠しておきたかった。ごめん、お店を見に来ることすら出来なくて」
切なく眉を寄せるルカリオに、私は胸がいっぱいになって首を横に振る。
毎月のお花とかだけじゃなくて、いつも私のことを想ってくれていたんだ。守ってくれていたんだと、感動して泣きそうになる。
「まずは、どこから話しましょうか。そうそう、カルラは俺の部隊に所属する部下です」
「えっ?」
「すみません。あなたを守るために、お父上にお願いしてこのお店に口利きをしてもらいました」
そう言えばさっきのカルラさん、いつもと違って何か騎士っぽかった。
でもクールビューティで凛々しくて強いなんて、最高じゃない?
ゲーム本編に登場してたら、意外とファンがついたと思う。騎士服を着ていたら、まるで男装の麗人のように……いいっ!!
「シェリル?」
いけない、ヲタ的妄想にトリップしていた。危ない危ない。
怪訝なルカリオの声に、私は慌てて我に返った。
「びっくりはしましたけど、カルラさんには色々助けて頂いているので、むしろ紹介して下さってありがたい限りで……」
言いながら、ふとした可能性に戦慄する。
「でも、先輩たちの懸念(?)が晴れたということは、カルラさんは元の職に戻っちゃうんですか?」
「いいえ、今後も俺たちがここにいない間はずっとカルラに守ってもらうつもりでした。勿論、シェリルが嫌でなければですが」
「嫌な訳ないですっ!むしろ、カルラさんにはずっといて頂きたいくらいで!」
熱弁すると、最推し二人の笑顔がだんだん固まっていく。
ん?何か変なこと言ったかしら。
「へぇ、カルラをずいぶん気に入ってるんですね」
笑っているのに、笑っていないセドリック独特の笑顔だ。
余談だが、この瞬間帰宅途中のカルラはものすごい悪寒がしたらしい。
「ねぇ、シェリル?俺たちももう学園は卒業したんだから、そろそろ先輩呼びはやめよう?」
「そうですね。カルラだけが名前呼びだなんて、妬けてしまいます」
「ひっ」
両脇から更に距離を詰められ、私の緊張はまたピークに達しようとしていた。
「ル、ルカリオ様、セドリック様……」
「惜しい、『様』もいらないですよ」
「うん。いっそルカでいいよ」
もう一度呼べと、覗き込まれた視線で促される。
「る、るかぁ」
恥ずかしすぎて、半分涙目になりつつ小声で呼ぶ。
ああ、もう一度気絶しそう……と思ったら、急にルカリオが後ろを向いて少し離れてくれた。
耳が赤くなってる?
「破壊力……」
「シェリル、俺もセディでいいですよ」
おっと、解放されたと思ったけど、こっちが残っていた。
「せ、せでぃ……」
同じく恥ずかしさをこらえて呼ぶ。
「はい」
さっきよりも近く、顔が重なるくらい近くで微笑まれた。
そして、そのままセドリックの顔が近付いて、唇が触れそうになる寸前で私は意識を手放して後ろへ倒れた。
「おやおや、またですか」
「セディ、勝手に何やってんの?」
「すみません、どうやら久しぶりで浮かれているようです。さて、話も途中でしたし起きてもらいましょうか」
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