39.カルラの雇い主
今回までカルラ視点です。
「どうぞ」
ノックに対する返事を聞いて、私は入室した。
ここは第一騎士団の地下の武器庫。点検を含む見回りの時間以外、人が近寄らない。
密談にもってこいの場所だ。
「ご苦労様です。先触れで内容は聞きました。いくつか確認を」
薄暗い部屋の中に、私の上官セドリック=オーブリー様が佇んでいる。
その傍には、珍しくルカリオ=ラヴァン様がいらっしゃる。ルカリオ様と直接お会いするのはこれが初めてだ。
「早速ですが、例の男の素性と彼女に近づいた目的は?」
「はっ!男の名前はマイク=ジョーンズ、25歳。出身は王国の南西部。実家は農家で本人は次男のため家を継ぐことも無く、舞台俳優を夢見て7年前に王都へ。今のところ目立った活躍も無いまま、いくつかの舞台で端役をこなしています。本人も現状に焦りを感じており、パトロンについてもらう目的でシェリル嬢に接近した模様」
“バキッ”
「失礼」
鋭い音と共に、セドリック様の手の中のペンが折れていた。
「男の住所はこちらです」
影の報告を受けて記したメモを手渡す。
セドリック様は、無言で受け取り目を通した。
「それで、具体的に接触した内容は?」
「はっ!まず商品を探す振りで近づき、商品ごとシェリル嬢の右手に触れました。すぐに引き離しはしましたが」
「触れたのは、右手で?それとも左?」
ずっと黙っていたルカリオ様が問われた。
「右です」
「そう」
「それで、シェリルの様子は?」
彼女の名を呟く時、セドリック様の声音が少し和らぐ。
「はっ!ナンパ自体にもお気づきにならず、少し驚かれたくらいです。しかし真面目な彼女のことなので、店内でそういうことをする輩に対し、お心を痛めたのではないかと推察致します」
「分かりました。報告は以上ですか?」
「はっ!以上です」
「なるほど」
セドリック様とルカリオ様は無言のまま、目線だけで会話をし頷きあった。
旧知の二人だからこそ、通じ合うものがあるのだろう。
そしてお二人は、ふと私の手荷物に目線を移された
「こちら、頂きものですがご覧になりますか?」
本来身分も立場も上の方に頂きものを差し上げるというのは不敬になるが、何故かここでお見せしない方が自分の身が危ない気がした。
お二人の前に、そっと店長がラッピングしてくれた箱を差し出した。
セドリック様が受け取られ、ルカリオ様と二人で覗き込むとお二人とも柔らかく微笑まれた。
「ふふっ、相変わらず可愛らしいですね。このクリームの配色、まさに俺好みです」
「その、悪いんだけど……これ、俺たちにくれない?」
ルカリオ様が、大変気まずそうに言われた。
「是非、お納めください」
「ありがとう」
ルカリオ様がまるで少年のようにはにかまれ、正直私は驚いた。
「カルラ、ここでのことは一切他言無用ですよ」
「はっ!」
私は即座に姿勢と表情を正した。
「それから、これを」
ルカリオ様は、胸元から取り出した紙に何かを書きつけると私に差し出した。
受け取ったそれは小切手だった。
「君の夕飯になる物を横取りしてしまったからね。あと、今回の働きに対する分も加味してある。受け取って欲しい」
格上の方から言われて拒否など出来る訳がない。
「ありがたく、頂戴いたします」
私は恭しく受け取った。
「今後も期待していますね」
軽くプレッシャーを与えられている気がしつつも、それは信頼の表れと自分を鼓舞して礼を執った。
「それにしても、久しぶりだな」
ルカリオ様が中からスコーンを取り出して眺める。
「任務とはいえ、シェリルの手作りにいつでも触れられるあなたが、正直羨ましいです」
セドリック様の言葉に、私は何とも言えない気持ちになる。
「本来、武器庫で飲食なんていけないことだけど、今はまだこの店とのつながりを知られる訳にはいかないからな」
「そうですね。今しばらくの辛抱ですね」
二人はそれぞれ、店長手作りの品を眺めてぼやき始めた。こんなお姿も初めて見る。
「はあ、久しぶりの味……相変わらず美味いな」
「おや、ここには何かあったのですか?」
セドリック様が目ざとくプレートの跡を見つけた。
どうしたものかと一瞬焦るが。
「まあ、いいでしょう。横取りしたのは我々です。さて、あなたも怪しまれないうちに帰りなさい。また何かあれば定期連絡とは別に、密書を飛ばして下さい」
「はっ!では、失礼致します」
だんだん単なる愚痴大会になりそうだったが、私はすぐに解放してもらえた。
帰り道すがら、冷静に考えると私の任務は思っていた以上に重いのかもしれないと感じた。
店長はこれまでにない商品を開発し、王国の経済を図らずも支えている。
更には、王国の防御の要である騎士団の幹部にとってのやる気の根源になっている。
経済と国防、両方に密接に関係する方の警護とは、これぞまさしく私の追い求めていた生き方ではないだろうか。
この日私は、心新たに己の使命にまい進することを誓ったのだった。
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