35.???視点
真っ白な世界を抜け再び視界が開けた時、そこは新緑に囲まれた穏やかな森の中だった。
木々をかき分けそこから進み出ると、目の前にはキラキラと水しぶきを光に反射させた、美しい噴水があった。
ここは始まりの地点。
選ばれた者しか入れない、秘密の場所。
私は噴水に近づき、さざ波を立てながらも鏡の様に像を結ぶ水面を覗き込んだ。
焦げ茶色の髪に、明るい茶色の瞳。
そう、思った通りだわ。念願のこの世界にやって来れた!
見下ろした衣装は、ごくごくシンプルな白のブラウスに、赤いフレアスカート。
デフォルトのアバターね。
ああ、せっかく課金して『期間限定!推しとお揃いコーデで誕生日デートセット』を買ったのに。
更に重課金してイベントでランインして『推しの瞳の色のドレスセット、推しのイニシャルイヤリング付き』もゲットしていたのに。
まあ、しょうがないか。今からプロローグで、推しとは恋人どころか面識すらない状態だもんね。
さあ、念願の『魅惑の騎士と運命の恋』の世界にやってこれたのだから、いっちょ頑張りますかっ!
まずは、この噴水の奥に進むと王都に通じる小道に入るのよね。
不思議なことに、噴水側から王都に行けるのに王都から噴水側には来れない。
王都の人からすると、どうやら小道を見ることすら出来ないそうだ。
王都の人にとってこの小道は存在しない道らしいと、異世界に帰る方法を探す時に知るのよね。
まあ、結局帰ることなんて無いんだけど。
さてと、王都に入ったら適当に騎士団の人を見つけて……ここはモブでいいのよね。
とりあえず王城に着いたら、異世界から迷い込んだことを話して騎士団で面倒をみてもらうっと。
そこから全ての騎士を紹介してもらってから、お相手選択になるはずだけど目の前に画面も何もない今、どうやるのかしら?
分かんないけど、私の最推ししかありえないから心の中で念じ続けよう。
この世界に私を転生させた神様!どうか叶えて!!会ったことは無いけど。
必ず最推しと結ばれますように!それしか在り得ないから。
ラノベの読みすぎだと言われても、転生というわずかな可能性に賭けて前世でも頑張って来たんだからねっ。
この世界に来て数日、私は第二騎士団に置いてもらう代わりに各種雑用をこなしていた。
ゲームだとあまり詳細は描かれなかったから分からなかったけど、意外と体力使うわね。
でも、通りすがりに剣の稽古をしている中庭の訓練風景を眺められるからいっか。
カッコいいわ~、さすが最推し!素敵!!
とりあえず今第二騎士団で過ごせてるってことは、最推しルートにきちんと乗ってるのよね?私の最推しは、序盤はあまり絡みが無いから不安だわ。
そうそう、さっきモブの団員さんから差し入れをもらったのよね。
この洗濯物を干したら、一息入れよっと。
「王都で人気のスイーツショップ、ね」
私はもらった差し入れの中から、シナモンロールとティーパックを取り出す。
あら、アップルティね。シナモンと合うかも。
紅茶と一緒に差し入れしてくれるなんて、気が利くじゃない。
兵舎の中の食堂でお湯を沸かしながら、スイーツショップの袋を眺める。
すると、そこへルカリオが入って来た。
「お疲れ様です。今お湯を沸かしているんですけど、何か入れましょうか?」
「いや」
声を掛けてみたけど、さすがクールなルカリオ。
どのルートでも、序盤はなかなか心を開いてくれないんだよね。
これって、ゲームを知ってるからいいけど知らなかったら結構傷つくわよ。
「ねぇ、それ、どうしたの?」
あら、喋ってくれるの?それって、この袋のことかしら?
「ああ、さっきミゲルさんがくれたんです。差し入れにって」
「ミゲルが?ふうん」
何だろう。単にクールなだけじゃなくて、ちょっと機嫌悪い?
「とっても可愛いですよね。紅茶とスイーツがセットっていうのも、嬉しいですし。いつか、このお店に行ってみたいな」
ゲーム内でこんな会話は無いけど、お店には興味があるので言ってみた。
だって、せっかくこの世界に来たのだから、世界観を存分に味わいたいもの。
「いや、行かない方がいい」
「え?」
一瞬剣呑な雰囲気が見て取れて驚いた。
「その辺りは、慣れた者じゃないと道に迷うから」
それだけ言って、ルカリオは棚から携帯食を取って食堂から出ていった。
携帯食は基本野戦時用らしいんだけど、戦いや災害などがなく平和で使われず賞味期限が近付いたものを食堂の棚に置いている。
仕事が忙しく食事の暇もない幹部が、よく持って行って食べている。
後日ミゲルに先日のお店に連れて行って欲しいと頼んだけど、すげなく断られてしまった。
「俺じゃ守り切れないんで」と言われたけど、どういう意味かしら?
もしかしたら、結構危険な地域なのかもしれないと思い、幹部のルカリオならと思ったけど、甘い物が苦手なルカリオがスイーツショップに縁なんてないかと諦めた。
ああ、ここにセドリックが居れば面白がって連れて行ってくれたかもしれないのにな。
お読み頂きありがとうございます。




