34.シェリルのお店
シェリルは前世の独身OLの記憶を持ちつつも、基本的に今世裕福なお家の子なので色々な物を揃えてもらうことに抵抗も疑問もありません。それを前提としてお読み頂けると幸いです。
私が学園を卒業する少し前、完成した店の建物を父と共に見に行った。
王都の目抜き通りから実家と反対方向の路地に入ると、そこは少し坂道になっていて周りにカフェや雑貨店などが並んでいる。
途中には、騎士達も通う安くて美味しいと評判の定食屋もある。
ここに来てみて分かったことだけど、騎士達は定食屋に通うついでに必要な日用品をこの通りで購入していくそうだ。
その通りの終わりの方、少しだけ小高くなった丘の上に私の店『夢の箱庭』がある。
この丘の上は、高級ブティックや宝石店など貴族御用達のブランド店が揃っている。
更にその奥には貴族が王都に持つ邸宅が立ち並ぶ区域がある。
まさに、丘の上一帯はほぼ貴族専用区域といっても過言ではないほどだ。
その入り口に、私のお店なんて……。
最初はあまりの立地に驚いて、父を質問攻めにしてしまったわ。
何でも、ちょうどここの土地の持ち主が引退して領地に引きこもるから手放したこと。
実は、最近の王都の経済成長に伴って商人を中心として庶民も裕福になってきているため、ブランド街としては今後の消費を見込める若者を取り込みたく、入り口付近に貴族以外でも足を運んでもらいやすいお店が欲しかったという利害の一致があったこと。
更には、貴族街や高級店が立ち並ぶため騎士団が重点的に見回りを行うルートにもなっているらしく、実家を離れて暮らす私の安全面を考えてのことだと父は言っていたけど。
何か少し目が泳いでいて、どうなの?っていうのが私の本音である。
まあ、店を建ててもらうのにこれ以上の好物件は無いわね。
閑静なこの街で、美味しいスイーツや紅茶をお客様にお届けしながら推し活に励もう!!
結局、私のお店はカフェ機能を持たせずに商品の販売だけにした。
その商品はもちろん私のレシピ通りの物で、リント商会を経由してほとんどを委託業者に納品してもらうことになっている。
今後顧客がついてきたら、予約分のケーキなどは私が自作して提供することも考えている。
他に末兄に協力してもらいながら、各国のフレーバーティを集めて販売することにした。
それから、店舗部分にオーナールームとして一般のお客様は入れないサンルームを作り、お庭を眺めながらお茶できる空間を作ってもらった。
そこはアリアや、いつか来てくれるかもしれない最推し二人と過ごせたらいいなという私の夢のお部屋だ。
推し活に専念したいこともあって、あまり店を大きくし過ぎず、人を雇うにも最小限にしようと思っている。なので、店のお休みも不定休である。
だって、最推しがパレードに出る時にお店なんて開けてられないじゃない?
稼ぎ時?そんなの、推し活あっての店なんだから本末転倒よ!!
さて、実際にお店の中に入ってみると……。
「うわぁ」
中は、思っていた以上に上品で豪華だった。
窓は大きく、光がしっかり入ってくるため店内は明るい。
それから、ガラスのショーケースに、ちょうどお客様が見やすい高さに商品の陳列棚がある。広さが十分にあるので、棚があっても圧迫感が無く通路も人がぶつからずにすれ違えるほどの幅がある。
そして、希望したサンルームは……。
「ちょっと、豪華すぎない?」
貴族の邸の一部のような豪華さに私は慄いた。
後ろから覗き込んだ父も、何とも言えない顔をしている。
えっ?お父さんが注文してくれたんじゃないの?
職人さんが張り切りすぎちゃったのかしら?
サンルームでこの感じだと、上はどうなっているのかしら?
「お父さん、私ちょっと二階の住居部分を見てくるわね」
「ああ」
父も一緒に来るかと思ったけど、何かもごもごと言いつつ厨房の様子を見に行ったみたい。
店舗の奥の扉を開けると廊下があり、倉庫に繋がっている。
そして二階に上がる階段ーこれもなかなか豪華な手すりとかがついちゃってるんだけどーを上がった。
「えっ、ちょっと部屋多すぎない?」
私は片っ端からドアノブを回していく。
広々とした素敵なバスルームに、清潔なお手洗い、洗面台と順調に開くが何故か開かない部屋があった。
私はまだ全ての鍵を預かった訳ではないから、業者さんか父がまだ持っているのだろうと無理やり結論付けた。
「私の部屋はあるはずよねぇ?」
最初に見つけた鍵がかかった部屋の隣り、そこは開いていたので中に入った。
部屋に入るとそこはとても広く、正面に可愛い出窓がありレースの美しいカーテンが掛けられていた。その前には、キングサイズのベッドがあった。
私一人でこんな大きなベッドで寝ていいの?何て贅沢な!!
独り暮らし、最高過ぎない?
ベッドを中心に、向かって右側はクローゼットとドレッサー、左側は本棚に机と至れり尽くせりだ。しかも、本棚には図書館でしか見ることが出来なかった世界のスパイス図鑑や伝統料理の本など、ずっと欲しかった本が並んでいた。
もう少しよく見たいとそれぞれに近寄ると、ドレッサーには最推し二人の香水が並び、小物はほとんどが紫色や緑色になっている。何て趣味がいいのかしらっ!
そしてベッドには、何と濃い紫とエメラルドグリーンの大きめの枕が一つずつ並んでいた。
何これ、前世でゲームとのコラボホテルとかあったら、こんな感じだったんじゃない?
ああ、コラボカフェとかもやって欲しかったなぁ。
っていうか、私が勝手に作っちゃう?
いやいや、ゲームなら著作権で済むけど、みんな今世生きてるから。
名誉棄損になっちゃうよね~なんて、私はのん気に妄想に浸っていた。
私の背後でこの部屋をそっと覗き込んだ父が、顔色を悪くしていることになんて気が付かなかった。
お読み頂きありがとうございます。