33.ダグラス=リントの懊悩
現在、主人公自体は膠着状態なので、今回は久しぶりの父親視点です。
シェリルが王立学園に入ってから、一気に色んなことがあった。
何故か急に高位貴族が来て、シェリルの案を後押しして依頼してきた。
何とか実現できたから良かったものの、常に冷や冷やしたものだった。
相手はまだ学生なのに高位貴族、このアンバランスな依頼者にどう対応したものか本当に悩んだ。
十分に賢しい二人だったからまあ何とかなったものの、何かあった場合の責任を侯爵家や伯爵家に持って行けないというのは、本当に胃が痛かった。
しかも何故か、二人は我が愛娘シェリルに執着なさっているようだった。
確かに、シェリルは可愛い。しかしそれは実の娘だからだ。
世間的に美人かどうかと言えば、マーキス商会の長女の方が美人だろう。
何故だ……。
娘に問いただしたいが、その答えを聞く勇気もなく未だに触れずにおいたままだ。
このままでは良くないのは分かっている。だがその答えを聞いたところで、一商人に過ぎない俺に何が出来るというのか。
机上のルカリオ=ラヴァン様からの手紙を見やる。
どうやら、シェリルの店に見合った土地が手に入ったらしい。
今からそこの土地を整備して、上に店舗兼住居を建てるという内容だった。
これだけの広さに店舗兼住居。住居だぞ、住居。
俺は聞けない、何人で住むつもりなのか。娘の独り暮らしではないのか。
俺は何も聞いていない。娘から報告も無い。件の二人からも、何の説明もない。
ああ、どうすれば。娘よ!せめて説明責任を果たせっ!!
「失礼します」
ノックの後、シェリルが執務室に入室してきた。
娘の様子を見つつ、俺はラヴァン様からの手紙を机の引き出しに仕舞った。
「シェリル、そこに腰掛けなさい」
「はい」
執務机の前にあるソファに娘を腰掛けさせ、俺もその向かいのソファへと移動した。
「シェリルの店を建てる土地が見つかった。これから建設工事に入るぞ」
俺の言葉に、娘はパッと顔を輝かせた。
「ありがとうございます!」
「あとまだ詳細な設計図は届いていないが、一応一階に店舗部分と倉庫、二階が住居になる予定だそうだ」
娘は真剣に話を聞いている。
「そこでなんだが、開店後シェリルはどこに住むつもりなんだ?店が軌道に乗るまでは、今の家から通ってもいいんじゃないか?幸い店も家も同じ王都内で、あまり離れていないことだし」
ここでガツンと若い娘の独り暮らしなど許さん!などと厳しい態度を見せることができたら良いのだろうが……。
「う~ん。でも出来れば自作のスイーツも店頭に並べたいと思っていて、通勤時間が勿体ないからやはり店舗の上で生活できるのはありがたいです」
「そうか……」
「その、独り暮らしは不安じゃないか?」
「まあでも、今からそのつもりでお母さんに家事も教わっているので。料理は苦になりませんし、何とかなるかと」
本当に、独り暮らしなのか?というこの一言が怖くて聞けん。
ただ、今の娘の様子からして独り暮らしのつもりではあるのか。
「シェリルは、その、なんだ……」
ああ、つい歯切れが悪くなる。
俺のいつもと違う様子に、シェリルも怪訝な顔をしてこちらを見ている。
「ああ、まあ。いつも、花が届いているだろ……。あれは、その……どういうことなんだ?」
「……」
黙るな娘よ。
俺の聞き方が悪いのは承知の上だが、何とか言ってくれ。
「証……、保険?ですかね」
「は?」
シェリル自身も半信半疑と言った態度で、これは益々良くないのではないかと焦った。
「お前、大丈夫なのか?」
何が?と言われたらうまく言えないが、とにかく娘の身が心配である。
保険などと、弄ばれているのではないか。
良くない、最悪の想像がどんどん膨らんでいく。
「大丈夫ですよ、たぶん。お花が届いている間は」
益々不可解だ……。
「そう、なのか?」
「はい」
高位貴族の酔狂など俺には分からんが、娘が食い物にされるのは黙ってみておれん。
しかし、娘から困っている様子も見受けられん。
果たして、どこで介入したものか。いや、これは介入できるのか?
今回の店の建設に際しシェリルの安全のために、裏でのやり取りは全て他言無用との約束だ。
それはきっとシェリル自身にも伝えてはいけないということなのだろう。
無駄に頭が回り行動力もある娘は、自分の身の危険を知ったらどんな行動に出るか見当もつかない。
ただ、父親として一つだけ必ず確認しておかねばならないことがある。
「シェリル、お前はラヴァン様とオーブリー様のことをどう思っている?」
唐突な質問に娘は一瞬驚いたようだが、すぐにはにかんだ様子になり言葉を紡いだ。
「憧れの先輩です。とても大切な……」
その嬉しそうな笑顔に、きっとそこまで心配する必要もないことを知った。
おそらく、父親が介入するなど余計なお世話に違いない。
しかし、寂しい。
誰にも何も具体的なことは言われていないにも関わらず、俺はふと娘を嫁に出す父親の気持ちはきっとこうなのだろうなと悟った。
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