32.最推しの卒業とその後
最推し二人の卒業が差し迫ったある日、私は父の執務室に呼ばれた。
「シェリル、今日はお前の将来について話をしたい」
父の真剣な様子に、私も姿勢を正して向かい合う。
「シェリルは今も、自分の店を持ちたいと考えているか?」
その言葉に、父が私の夢を覚えてくれていたことに嬉しさを感じた。
「はい。もちろんです」
元々一生推し活をするための手段だったけど、今はもう最推しとの約束だから必ず完遂したい。
「では、どういった店を考えている?扱う商品やコンセプトはどんなものだ?」
これは……試されているのかな。
遊び半分ではなく、本気でやり抜く覚悟があるのか。
商売人としてリント商会会長の眼鏡に適うか見られている。
ここは、前世でのプレゼンを思い出して乗り切ろう。
「商品としては、現在私が考案したレシピを元にスイーツをメインで扱おうと思っています。また、今後更に知識を深めて紅茶類、特にフレーバーティを揃えていきたいです。コンセプトとしては、『日々の中により良い寛ぎのひと時を』として、お客様に対してスイーツと共にそれに合う紅茶を提案していきたいと……」
「待て待て待て!」
「?」
つらつらと話す私を、父が慌てた様子で止めた。
「お前は既にどこかで店を持っているのか?とても学生とは思えん。俺の商談相手の方がよっぽどくだけて喋るぞ」
何か、やらかしてしまったのかしら?
まあ、中身は学生らしくないことは認めよう。社会人経験もそこそこあったし。
でもどう答えるのが正解だったのだろうか?
「お前の本気度は分かった。店舗自体はきちんとこちらで用意する。立地などの要望はあるだろうが、安全面などの観点からそこはこちらに任せて欲しい」
とりあえず、合格だったのかしらね。
「分かりました。ありがとうございます!」
ほっとして、笑みがこぼれた。
まずは最推しとの約束に一歩前進だわ。
その日から、父と店について詳細を詰めることが増えた。
その際に父から出された課題は、まず店舗は販売だけなのか、飲食を可能にしてカフェのようにするのかの検討。
それから、希望する店の間取りとレイアウト、更に外観をそれぞれ図と絵にすること。
スイーツの種類と、その制作を委託するのかそれとも自作するのかの検討等々……多岐にわたった。
これらをクリアした上で、お店の開店は私の卒業に合わせるということになった。
そしてすぐに最推し二人は、学園を卒業した。
騎士科の関係者ではない私は、もちろん卒業式を見ることは出来なかったけど、その日学園の敷地内で遠くから最推し二人の背中を見送った。
この距離が、モブ庶民として本来の距離だ。
二人の背中は、とても遠い。
学園で最推し二人に会うことも見かけることも無くなった新学年、私は自分が抜け殻のようになってしまうんじゃないかと危惧していたけど、父の課題に追われた私はそんな暇も無かった。
よく最推し二人と過ごした昼休みも、今はランチを済ませたあとは図書館に毎日こもっている。
紅茶が予想以上に奥深いのと、間取りやレイアウトを描くのが難しい。
店の中の動線と商品の見やすさの両立など、一朝一夕にはまとまらない。
それでも、きちんと夢を叶えるように言ってくれた最推し二人の言葉が励みになっている。
最推しとの約束となれば頑張らない訳にはいかないし、私が寂しがらないようにあえて約束してくれたのかななんてつい自惚れてしまう。
それに、約束通り毎月届くお花。
以前のお花と違うのは、紫色の花束の中にこっそり一輪だけ緑色の花が隠れるように混じっていることだ。
忙しいのに、二人で休みを合わせて買いに行ってくれているのかなとか、贈る花を示し合わせてどちらか非番の方が買いに行っているのかなとか色んな妄想が捗る。
最推し二人の姿は見れなくとも、しっかり心が伝わってきて本当に嬉しい。
最推しと会えなくなって二年目は、アルベルト様も卒業し第二騎士団に入った。
アリアがとても寂しがっていたけど、頑張って実績を残して騎士爵を得られたら結婚しようという約束を交わせたらしい。
アリアがとても幸せそうに報告してくれた。
その年の暮れ、騎士団のパレードで幹部にほど近い位置で行進する最推し二人を見ることが出来た。もちろん、道路わきに詰めかけた人々の中から遠目にだけど。
相変わらず最推しの周りだけキラキラ輝いているような、そんな錯覚を覚えるほど素敵だった。
あんなに素敵すぎる人が、同じ空間で同じ空気を吸って過ごしていたとは思えないほどに遠く感じてしまった。
きっと手元の香水と毎月のお花が無ければ、あれは完全に夢だったと思ってしまっただろう。
最推し二人は、学生の頃よりももっと逞しく精悍な雰囲気を纏い、ゲームで眺めていた姿に酷似してきていた。
いずれパレードで騎乗する姿を見かける頃には、幹部となっていよいよ本編が開始されるのだろう。
モブにはどうしようもないことだけど、ただただ最推し二人にとって良い結果になるようにと私は雑踏の中、密やかに祈った。
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