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3.リント商会

 衝撃的な昼休みが明けて、気付いたら放課後だった。

 何とかノートは取っていたものの、あまり記憶が無い。


 私とアリアは共に商学科の一年生だ。

 商学科とは、主に将来商売をする人が必要なスキルを学ぶところだ。

 算術はもちろん、経営、経済、他国の情勢などを学ぶため、元々商家の男性や貴族の家を継がない次男、三男など将来商家に婿入りする令息がほとんどだ。

 アリアにも兄がいるため直接は関係ない学科だが、父親から商売の縁故作りと優良な嫁ぎ先を探す様に言われて入学したらしい。

 私は特に親に何も言われていないが、結婚よりも自分自身の店を持ちたくて学んでいる。


 学園を出るとアリアの惚気話に軽く相槌を打ちながら、これから必要な材料の分量を計算していた。

「そう言えば、アリアはアルベルト様と帰らなくていいの?」

 アリアがいつも「アルベルト様、アルベルト様」というので、私もついうつってしまった。

「うん。アルベルト様は放課後も訓練があるし、寮生だから」

 少し寂しそうにアリアは言った。


 領地から離れ王都に邸宅を持つ令嬢・令息はそこから学園に通うことが多いが、邸宅を持っていなかったり、他に理由がある場合は学生寮に入る。

 私達は王都に家があるのでそこから通っている。


「そう、それでね。放課後はアルベルト様にあまり会えないし、その分お昼休みに会いたくて。今日みたいに、ランチを食べたら騎士科の訓練場に行きたいの」

「あ~、うん。分かった。じゃあ、私、ランチが終わったら図書館でも行くわ」

「我儘言ってごめんね。もし、シェリルさえ良ければ一緒に訓練場に……」

「ううん。いいよ、いいよ。付き合いたての二人のお邪魔虫なんて、馬に蹴られちゃうじゃない?しかも訓練場の横には厩舎もあるし、マジで洒落になんないよ」

 アリアと過ごす時間が減るのは寂しいが、他でもない親友のためおどけて見せる。

「シェリル、本当にありがとう。シェリルが恋した時は、全力で応援するね。アルベルト様にお願いして、騎士の方も紹介出来るかもしれないし」

「はは、ありがとう。でも、私そこまで騎士様狙いじゃないしアルベルト様にまでご迷惑を掛けられないよ」

 アリアの申し出は当たり障りなく断った。

 だって、私はこの世界に転生したと知ってから恋愛は諦めた。

きっと最推し以上に心惹かれる人なんていないだろうし、その最推しもいつかヒロインと結ばれるのだ。

 それなら、遠くから最推しを拝みながら好きなことを仕事にして生きていく。

 前世は30代独り暮らしの独身OLだった。今世もやってやれないことはないはず。

 幸い、実家が大きな商会だから父や兄のバックアップは望めるだろう。プライベートを返上してしっかり働くから、それくらいは甘えさせてほしい。

 王都の大通り付近まで来るとそこで私達はそれぞれの家路へと向かうため別れた。


 私の家は、王都の目抜き通りから少し離れたところにある。

 王都の多くの店は店舗兼住居になっているが、リント商会は独自の小売り店もわずかに持ちつつも多くの取引は領地間や国家間で行われるため事務所を王都の目抜き通りに設け、自宅は少し離れた所に所有している。


 規模の大きな取引においては、時に貴族の外交官や各所の役人など様々な身分が関わり、あらゆる事態に備えねばならない。そのため自宅は防犯の意味も込めて事務所から完全に切り離している。

 父も跡継ぎの次兄も日中は事務所に、長兄は叔父が開業している法律関係の事務所に、末兄は買い付けのためにあちらこちらの土地へ赴いている。

 母は事務所で来客の対応を行ったり、必要に応じて父の補佐を行っている。


 家事は住み込みのジョンとスージー夫婦がいてくれて、昔は育児から今も炊事・洗濯などを適宜行ってくれている。私が生まれる前からいる夫婦でとても信頼しているし、子供がいないため実の子供のように大事にしてもらった大好きな二人だ。

最近は将来のお店のためのレシピ開発で、料理人の資格を持つジョンにアドバイスをもらったり手ほどきを受けている。

 今日も帰宅後、早速最推しのためのスイーツ作りに勤しむつもりだ。


「お嬢、おかえりなさい。今日も学園は楽しかったですかい?」

「ええ。お弁当も美味しかったわ。いつもありがとう」

 私はお弁当箱を洗い場に置きつつお礼を伝える。

「それで急なんだけど、今から作りたいお菓子があって」

「おおっ。新作ですかい?」

「うん、そんなに凝ったものじゃないんだけど」

 言いながら私は必要な材料を口頭で伝えていく。

「なるほど。それならここにある分でいけそうですね。木の実はクルミだけで、他にナッツ類はいりやせんか?」

「うーん。ナッツも魅力的なんだけど、まずはクルミで試してみる」

「わかりやした。じゃ、棚から出しておきやすね」

「ありがとう。私も着替えて準備してくる!」


 私は厨房を飛び出し部屋に向かった。制服を脱いで作業しやすい洋服に着替える。

 そして、簡単に手順を紙に走り書きする。

 いつもこのメモ書きをジョンは目を輝かせながら読んでいる。小娘の発想と侮ることなく、どんどん新しい物を取り入れようとするその姿勢は尊敬に値する。


 思えば、転生に気付いたきっかけもスイーツだった。


 私がまだ6歳の頃、3日3晩高熱にうなされた。

 やっと意識がはっきりして起き上がった時、末兄が快気祝いに当時王都で流行っていた揚げて砂糖をまぶしたパンを買ってきた。

 一口食べてみて美味しかったのに、私は違和感を持った。何に?味はちょっと物足りない。食感は別に。形……何で穴があいてないの?

 そこから家族を、ジョンを質問攻めにした。図書館にまで行って、穴のあいたパンを探した。でも、存在しなかった。他にも、味に使いたいスパイスを思い出した。

 試しに、父にシナモンを要求してみた。すると、この国ではシナモンは一般的ではなく、国家間での取引も行われていなかった。

 私はジョンも交えてシナモンロールについて語った。レシピも机上で再現した。

 それを見た商才に溢れた父は個人輸入でシナモンを手に入れ、ジョンと私にシナモンロールを作らせた。そして、皆で試食し商機を見出だした。

 信頼のおける所員と共に実直なパン職人を厳選して契約し、シナモンロールの店を出店した。そしてそれは大流行し、他にシナモンロール店をやりたいという人が続出した。

 しかし、当時は安定してシナモンを輸入するルートが無く、王国の外交官をも巻き込んでの大ごととなって鳴り物入りでシナモンは大々的に輸入されるようになった。


 その様子を傍で見ていた長兄は父の商売の重責と自身の資質を比べて自信喪失した。

 反対に次兄は、商売の面白さに気付きこれこそが天職だと騒ぎ出した。

 末兄は、まだ見ぬ食材を求めて各国を回りたいと語学の習得に力を入れ出した。


 このシナモンロールショック(我が家談)により、リント商会はその規模を拡大させ王国一の商会とまで称されるまでになった。

 しかし、流行はやがて廃れるもの。多くの店が出店しすぎたことにより、シナモンロールは早々に飽きられ初期のお店以外はほぼ廃業してしまった。

 その時私の頭の中にまた違和感が現れ、父に対しレシピを使う権利の譲渡を制限することについてたどたどしい言葉で説明した。すると傍にいた長兄の目が輝きだし、商会の権利や契約している小売店を守るための法的手段を確立するために一念発起し、法律関係の事務所を開いている叔父の元へ向かった。


 これで我が家の現在の礎が完成した。


 それ以降も、私は自分が食べたいけど今存在しないレシピを思い起こしては試作、父が目をつければ商品化してきた。


お読み頂きありがとうございます。

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