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19.Boys side 密談と密約

 数か月に及ぶ諜報部隊からの報告がまとまり、リント商会への疑いは完全に晴れた。

 驚くことに、本当に何の後ろ盾も無く商会はここまで飛躍したのだ。

 まあ、セドリックからすれば全てシェリルの発案が何度も流行を生みだし、父親がそれをうまく時流にのせたことが要因だと分かっているが。


 しかし、これをどこまで上に報告したものかは迷っていた。

 シェリルの存在を明かしてしまったら、王国の利益に大きく関わるためシェリルが王家に囲われてしまわないかという不安もあった。

 それにシェリルが隠していることが何か、自分やルカリオにとって、ひいては王国にとっても暴いておかないといけない気がしていた。

 そこでルカリオにも協力を仰ぎ、シェリルを第七会議室に呼び出した。


「俺のことを知っているなら、これは何だと思います?」

 セドリックが出した小瓶の中身は、実は水だった。

 まさか何の罪もない女生徒に、本物の自白剤ましてや毒など使うはずがない。

 更にシェリルは騎士科の生徒ですらなく、本来騎士が守るべき王国民だ。

 なのに……。


「お気に障ったのならすみません。家族は何も関係がないので、罰するなら私だけにして下さい。それから、私は特に誰かを害するつもりも陥れるつもりもありません。大変おこがましいのですが、ただただセドリック先輩とルカリオ先輩の幸せを願っております。もし許されるのなら、最期は先輩たちの手で一思いにお願いします」


 脅しをかけたセドリックも、止めに入ったルカリオもどうしようもない衝撃を受けた。

 まさか一介の女生徒が即座に死を覚悟し、セドリックたちに自らの命を差し出してくるとは思わなかったのだ。

 しかも、自分は冤罪であってもセドリックとルカリオの幸せのためになら犠牲になっても構わないという態度を目の前でとられると、二人はもうだめだった。

 今も二人に纏わりついてくる貴族令嬢たちは、全て家名と容姿のみを見ている打算と自己顕示欲の塊だ。

 シェリルのように純粋で献身的な愛を捧げられたことなど生まれて初めてで、二人の心は完全に囚われてしまった。


 その後、シェリルからここが物語の中の世界だという信じられない話を聞いた。

 しかし、シェリルの話を詳しく聞くにつれて信じざるをえない状況になる。


「では、その中で誰が一番好きでしたか?」

 本当は、二人とも聞かなくても十分に分かっていた。

 いつもシェリルが、その瞳で、表情でと全身で好意をしめしてくれていたから。

 それでも本人の口から、きちんと聞きたいと思う下心のみの質問である。

 少しの間はあったものの、予想通りの答えをもらって二人は満足したと共に、ルカリオは衝動的にシェリルに愛の告白をしていた。そしてセドリックは後れを取りたくなくて焦って告白した。

 シェリルは口では無理と言いつつも、心は拒否をしていなさそうだったのでセドリックを中心に言いくるめ、二人がかりで口説き落とした……までは良かったのだがまさかの失神に二人は再び度肝を抜かれた。


「とりあえず、シェリルを家まで送ろうか」

「そうですね。我らが愛おしい姫を、こんな野獣ばかりの校舎の保健室になんて寝かせてはいられませんしね」

 セドリックは、本当に愛おしそうに失神したままのシェリルの頬に触れる。


「それ以上はやめろよ」

 ルカリオはムスッとしながら、簡易の執務机で先触れの文をしたためる。

そして書き終わると天井からぶら下がる紐を引いた。

 この紐は事務室に繋がっており、人を呼ぶことが出来るのだ。


「それ以上とは、何です?」

 くすくすと、セドリックがからかうように笑う。

 ルカリオの視線が鋭くなり、剣呑さが増す。

「寝込みを襲うなんて、騎士として恥ずべきことはしませんよ」

 セドリックはそっとシェリルから離れた。

「それに、俺は立場上あまり派手なことも出来ませんから、これくらい許して下さい。この部屋からシェリルを抱えて移動するのは、ルカに譲るので」

 ドアがノックされ、事務員がやってきた。

「この先触れの手紙を至急リント商会へ。それと、ラヴァン家の馬車を裏門に回してくれ」

 ドアをわずかに開けて言づける。事務員はすぐさま去って行った。


「さあ、行くか」

 ルカリオはシェリルに近づき、そっと壊れ物を扱うように優しく抱き上げた。

 前世の知識を持ち、聡い頭で商会をひいては王国を潤わせてきた女の子も、寝顔はどこか幼さが残っていてルカリオの胸の奥を甘く締め付ける。

 つい、腕に力をこめて自分に密着させるように抱き寄せる。


「おや、それは俺への当てつけですか?」

 セドリックが笑ってない笑顔を向ける。

「悪い、つい」

 ルカリオは気を抜くと顔が緩んでしまいそうになるのを何とか堪えつつ、廊下を歩く。

 途中、まだ校舎に残っていた何人かの騎士科の生徒が、ぎょっとした目でこちらを見てくるがその度に、

「他言無用です」

 笑顔のセドリックに言われると、今度は皆顔を青くして何も無かったように振舞い去って行った。



「リント商会へ頼む」

 ルカリオは、御者にそう告げた。

「かしこまりました」

 侯爵家の御者ともなれば、抱きかかえられた庶民の女性など気にする様も見せずに粛々と主家の者の命に従う。

「俺も乗せてもらっていいですか?」

「もう乗ってるだろ」

 セドリックの言葉に、ルカリオは呆れて答えた。

「ふふふっ、これでも格上の家の馬車に乗るのに遠慮してるんですよ。それより、もう馬車の中で外からは見えないのですから、俺の方に」

 まだシェリルを抱きかかえたままのルカリオに向けて両腕を差し出す。

 ルカリオは不服そうにする。

「ほら、また馬車を降りる時にはルカに代わりますから」

 ルカリオは一瞬ため息をついて立ち上がり、向かい側に座るセドリックの方へ移動する。

 そして、セドリックの隣りにシェリルをそっと座らせた。

「は?」

 そして、まだ眠るシェリルの頭をセドリックの方にもたせ掛けた。

「ふふっ、ルカは意外と独占欲が強いのですね」

 本当はもっと嫌味を言ってやりたい気もしたが、無駄な振動でシェリルを起こしたくなくて、セドリックは矛を収めた。

 二人が馬車の中で腰を落ち着けた頃合いを見計らって、馬車は動き出した。


「ところで、シェリルの言っていたヒロインとの物語についてなんだけど」

 ルカリオは二人で色々確認したくて話を切り出した。

「ええ、なんでしょうか」

「例えば、俺が幹部にならなかったらどうだろうか」

 セドリックはオーブリー家の嫡男なので、幹部になることは不可避だが自由な自分の身ならばと考えたのだ。

「まあ、ルカの実力で幹部にならないことの方が難しいでしょうが。余程手を抜いて幹部候補から外れようにも、やはり強制力が働くのではないでしょうか。例えば思ってもみないようなことで手柄を立てることになってしまうとか」

「ああ、強制力か」

「いっそ、迷い込んで来たところを一思いに……。無かったことにしてみるのはどうでしょうね」

 ふふふっとセドリックは不気味に笑う。

「いきなり物騒だけど、それは俺も考えた。でも、万一第二のヒロインが送られてきたりしたらと思うと、最初でうまく対処する方がいいなって」

「不本意ながら、ルカの言う通りですね。毎度消して、一向に終わらないのも困りますしね」

「早くシェリルと幸せになりたいし」

「それは完全に同意ですね。となると……」


「「誰かに押し付ける」」

 二人の声と思いが一致した。


「それから、ヒロインが片付いた後なんだけど」

「何です?」

「俺は、たとえ相手がセディでもシェリルを譲るつもりは無い」

「ええ、俺もありません」

 一瞬、馬車内の空気が張り詰める。このままでは一触即発かと思われた時、ふいにセドリックが邪気の無い声で告げた。


「そこで、俺と密約を交わしませんか?」

「密約?」

「ええ」

 セドリックが不敵な笑みを浮かべる。

「俺の立場は、かなり特殊ですからね。色々忖度されるんですよ」

 確かに、王国の影の部分を担う諜報部は誰よりも危険を伴う。そのため、多少のことは融通されることが多い。

「ですから……」

 馬車の中で、今後の方針、施策、そのための条件など自分たちの望みを叶えるために密談と密約が進んでいく。


お読み頂きありがとうございます。

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