13.Boys side 誘惑?
セドリックに言われて、ルカリオはシェリルを誘惑するため一人で中庭に向かった。
こんな任務は初めてで、とりあえず先日の事件を引き合いに出して近づいた。
案の定シェリルは無警戒で、ルカリオが一人でいても何の疑問も持たなかった。
セドリックはベンチ後方の茂みに潜んでいる。シェリルや他の道行く人からは見えない角度で、かつセドリックの訓練された耳ならベンチでの会話がかろうじて聞こえるだろう場所にいる。
ルカリオは普段の素っ気ない雰囲気を捨て、意識して優し気な声を出して……と考えていたが、シェリルを前にすると何故か自然に言葉と声が出た。
当のシェリルはセドリックに話しかけられた時と同じように赤面しているから、自分にも好意を抱いてくれてはいるのだろうと判断し任務を続けた。
途中、セドリックと仲が良いと言われ若干戸惑った。腐れ縁は本当だが、仕事上の同僚だとは任務の特性上言えない。
そう言えば、セドリックはいつも諜報の任務に就く時に偽りの中に僅かに真実を持たせて信用させると言っていた。
ルカリオはそんな器用なことは出来ないから、真実の中に偽りを混ぜる。
そして何故自分の好みを知っていたのか、実はルカリオ本人も知りたかったことを尋ねてみた。
ちょっとやりすぎかなと思いつつ、限界まで顔を寄せて。
ルカリオも兄には及ばずとも、自分の顔の良さは十分理解していたのでその武器を惜しみなく使うことにした。
顔を真っ赤にして言葉に詰まるシェリルは、先日セドリックが堕とした令嬢の様に惚けていて成功したと思ったが、やはり最後の一線は踏み込ませないのか、その回答は納得のいくものではなかった。何か分からないが、隠し事をされていることは分かった。
しかしその後に続くやり取りで、どうしてもシェリル自身に悪意があるとは思えない。
「大事な先輩なのに」
この言葉と共に、ルカリオのことを想って涙を流す姿はどうしようもなく胸が切なくなった。
ルカリオにとって、自分自身のために泣いてくれた人はおそらくシェリルが初めてだった。
安っぽいその場しのぎの同情でもなく、堰を切った感情の嵐のようだった。
更にシェリルは、誰もが憧れを通り越して崇拝しているような兄ロナルド=ラヴァンに、全くというほど関心を示していなかった。
ルカリオにとっては、天地がひっくり返るような衝撃だったと共に、どこか仄暗い喜びを感じてしまった。
「まあ、私なんて先輩たちから見たら珍獣ですよね」
その言葉を聞いた時、不思議と憤りを覚えた。
「珍獣?はっ?誰がそんなこと言ってるの?」
思わず低い声が出てしまった。
シェリルは少し驚きつつも、別に誰かに虐められているような様子は無かったため、溜飲を下げた。
どうしてこんなに彼女の言動に自分は振り回されるのだろうと、ルカリオは困惑した。
それでもシェリルと共に過ごす時間が心地よく、振り回されるのも悪い気はしなかった。
シェリルの優しい涙を拭ったハンカチは、本来なら「返さなくていいよ」と言って渡してしまえばいいのに、何故か手放すことが出来なかった。
「ふふっ、楽しそうでしたね」
シェリルと別れてから、ルカリオはセドリックと合流した。
「どうです?彼女、堕とせそうですか?」
セドリックは悪戯っぽく話を振ってくる。
「どうだろな。でも、セディが言ってたことは分かった気がする。俺に対しても踏み込ませない一線があるな。理由は分からないけど」
「そうですよね。もう少し時間を掛けて、それが分かれば良いのですが」
セドリックはちらりとルカリオの様子を見る。
覗き見ていた二人の様子から、ルカリオがシェリルを堕とすよりシェリルに堕とされる方が先のような気がした。
「何にせよ、我が国にとって無害であれば良いのです。もちろん、有害であれば即刻排除しますが。じきに、家族に張り付いている者達からも報告が上がるでしょう。全ての情報を総合的に見れば、もっと分かりやすいかもしれませんね」
「そうだな」
ルカリオは単に手助けをしているだけに過ぎないため、セドリックが何を考え、どこまで策を巡らせているのか知る由も無い。
「それはそうと、俺にも下さいよ。その、ケークサレでしたっけ?」
すっと手を伸ばされ、ルカリオは少し嫌そうな顔をした。
「俺の感想も必要なんでしょ?」
こういう時のセドリックは、活き活きしている。
ルカリオは無言で一切れ差し出した。
「へぇ、甘くないケーキなんて面白いですね。うん、美味い。ルカが気に入ったのも分かる気がします。演習の日は、俺の分も一緒に頼んでおいて下さいね」
ルカリオはため息をつきながら頷いた。
「そんな顔しないで下さい。俺達は、切っても切れない腐れ縁でしょう?」
ルカリオはにこにこ笑うセドリックが少し憎らしくなった。
「分かっていても、盗み見られているのはいい気がしないな」
「俺だって、好きで見ている訳じゃありません。ちゃんとした仕事ですから」
どう見ても面白がっているような顔のセドリックに、ルカリオはもう何も言うまいと背を向けて歩き出した。
セドリックはその背中に、複雑な思いを向ける。
それはルカリオへの心配なのか、自分自身の中に生まれつつある未知の感情なのか、セドリック自身もよく分からないもやもやを胸に抱えていた。
それからしばらくは、何事もなく日々は過ぎた。
相変わらずリント商会にもシェリルにも目立った大きな動きは無く、他の諜報員達も決定的な物を何も掴めずにいた。
しかしながら諜報部では数か月にわたる調査で、ある決定事項がなされようとしていた。
そして、セドリックはそれを受けてルカリオに個人的に相談を持ち掛けた。
それが二人が進級して最終学年になってすぐの頃だった。
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