12.最推しとケークサレ
「さて、何を作ろうか」
私は家の厨房で棚にある材料とにらめっこをする。
新作の話をしてしまった以上、何か作らねばなるまい。
「お嬢、何かお探しですかい?」
ジョンが山盛りの野菜を抱えて入って来た。
ニンジン、ブロッコリー、レタスにタマネギ。
「まあ、たくさんのお野菜ね」
「ああ、配達してくれた業者がおまけを付けてくれやしてね」
「ふうん」
じっと覗き込むと、ふとアイデアが湧いてきた。
「ねえ、このお野菜少し使ってもいいかしら?」
「おっ、何かひらめきやしたか。いいですけど、俺にも作り方を見せて下さいよ」
「もちろん。あと、ベーコンも残ってたら欲しいんだけど」
「お安い御用で」
私はジョンに手助けしてもらいながら、着々と作り上げていった。
思い付きで急に作ったから、明日最推しに会えるとは限らないし連絡手段も知らないけど。
何だかんだで学園で出会えているから、何とかなるんじゃないかなと思った。
まあ、出会えなかったら出会えなかったで、またお約束出来た時に作ればいいし。
って、軽い気持ちで翌日持ってきたら、出会えてしまった。
しかも、今日は珍しくルカリオ一人。
いつも何かと話し掛けてくれるのはセドリックだったから、ルカリオと二人だとものすごく緊張する。でも、麗しのルカリオを眺められて眼福!……いけない、昇天するところだった。まだ死ねない。
「こんにちは」
「こっ、こんにちは」
いつもの中庭のベンチに一人座る私。今日もまた声が裏返った。いい加減慣れてもいいはずなのに。
「ねぇ、あれから嫌がらせとかされてない?大丈夫?」
優しい声音に、思わずキュン死にしそうになる。ルカリオもまた爽やかなイケボなのだ。
「だっ、大丈夫です。ありがとうございます」
「そっか、良かった」
言いながら、私の隣りに腰掛ける。
いつもセドリックを挟んで座っていたから、この距離は初めてだ。
「この時間は、いつも一人?」
「はい。アリアは騎士科の訓練場に行ってしまうので」
結局、この間の騒ぎ以降は状況が鎮静化し、アリアにもいつも通りに過ごしてもらっている。
親友には幸せになって欲しいしね。
「ああ、彼と順調なんだね」
「はい。あの、ルカリオ先輩から見てアルベルト先輩ってどんな方ですか?」
「ああ、彼とは学年が違うから詳しくはないけど、演習態度も問題ないし可もなく不可もなくって感じかな」
ん?評価としては普通なんだろうけど、ちょっと辛口。出来る人から見ると普通じゃ物足りないんだろうな。
「そうなんですね。じゃ、アリアをお任せしても安心ですかね」
「アリア嬢と、本当に仲がいいんだね」
「はい。育った環境も似ていますし、気が合うというか。ルカリオ先輩とセドリック先輩も仲がいいですよね」
「仲がいい?……俺達は似た者同士というか、腐れ縁というか」
若干眉間に皺を寄せて答えた姿が意外だったけど、クールなキャラのはずのルカリオが色々な表情を見せてくれるのが本当に嬉しくて、この世界に来れて良かったと心から思う。
本当に私の最推しは、控えめにいって最高です!
「へぇ、そうなんですね。そう言えば今日はセドリック先輩とご一緒では無いんですね」
何か話題をと言っただけだったんだけど。
「うん?俺と二人きりじゃ嫌?」
少し艶やかに細められた眼差しに、一瞬何を言われたのか分からなかった。
「へっ……、めっそうもございませんっ!ご一緒頂いて、恐悦至極に存じますっ!」
はい。今日も思いっきり叫んでしまいましたっ!
「ぷっ。ちょっと待って。それ、何語?」
そのままルカリオはツボにはまったようで、しばらく笑い続けた。
そんな姿を間近で見れるのはとんでもないご褒美だ。
「ああ、おかしい。こんなに笑ったのなんて生まれて初めてかも」
散々笑われてしまったが、軽く目に涙を浮かべている姿も尊い。
「あの、でも、本当に嫌とか全然無くて。未だにこの間のこととか気にかけて下さってるのも嬉しくて。本当、ありがとうございます」
もう一緒にいるだけで気持ちが溢れそうで、うまく言葉が紡げない。
本当は、もっときちんと話したいのに。
「そんなに畏まらなくていいよ。それに、シェリルといると美味しい思いも出来るでしょ」
ちらりと、私の横の袋を覗き込む。
「あっ。よく気づきましたね。昨日思いついて……」
言いながら、がさごそと昨日作った物を広げる。パウンドケーキ型を使用したので、食べやすいように一切れずつ包んできた。
「これは?ケーキ?」
「えっと、ケークサレといって甘くないおかず系のケーキです」
そう、昨日ジョンにもらった野菜とベーコンを細かくして生地に混ぜ込み焼いたのだ。
「へえ、パンとは違うんだね」
ルカリオはぱくりと一口齧った。
「美味っ……。ケーキの形なのに甘くないのが不思議だな。甘いどころか、塩味がする」
「はい。騎士の先輩方なら、汗をかいた後甘ったるい物より塩味の利いた食べ応えのあるものの方が好まれるかなと思いまして。ベーコンも食べ応えを追及して今回は大きめにカットしています。もし一般の方向けにするなら、ベーコンはもう少し小さくカットして混ぜ込もうかと」
商品の説明ならすらすら出てくる。
「今回も、俺のこと考えてくれたんだ?」
普段のルカリオからは想像できないくらい、甘やかに微笑まれて私の顔は真っ赤になった。
今回もっていうか、前世から含めて何年も最推しのことばかり考えてますけど!
「ねえ、何で俺が甘い物が苦手だって分かったの?」
ルカリオはベンチに片手をついて、私の方に身体を倒してきた。
ぐんとそのきれいな顔を近づけられ、私の顔も脳も全てがオーバーヒートを起こす。
「えっと……」
口がはくはくと動いて、言葉にならない。
でも、最推しに失礼の無いように答えねばっ。
それにしても何と答えるか。ゲームで知りましたとか言えないしな。
誰かに聞いたことにしても、元々ルカリオまで繋がるような縁故もないし。
「この前……、話題のマシュマロを、断って、いらしたから」
「ふうん。でも、単にマシュマロが嫌いだったからとは思わない?」
見る角度によってはキスしているんじゃないかと思うくらいの距離で囁かれると、どんどん思考力が低下していく。ああ、もうこれは美の暴力だ。
「あっ、そこまで考えてませんでした」
苦しいけど、これが精いっぱい。もうこの距離感に堪えられなくて、思わず目を閉じて顔を逸らした。
「そっか。ごめんね。責めているわけじゃ無いんだ」
そう言ってルカリオはやっと元の位置に戻った。
「俺が甘いの苦手なの、多分セドリックくらいしか知らないんだ。家族も、知ろうともしてないしね。だから、正直驚いた。シェリルが俺の好みを把握していたから」
ルカリオはどこか遠くを見て話す。これがルカリオの本質。達観して家族のことも、自分のことも諦めている。本当は寂しいはずなのに、それに気づくことすら拒んでいる。
私はヒロインじゃないから、そんなルカリオに何て声を掛けて良いかもわからない。
何周もしたルカリオルートも、今は本編じゃないから選択肢が設けられてすらいない。
早くヒロインに出会って、愛情に満たされて欲しい。幸せになって欲しい。
実は最終話近くで、ルカリオはヒロインが作った甘いお菓子を美味しそうに食べる。ヒロインが作った物なら苦手を克服出来るのだ。
私が今どんなお菓子をいくら作っても、それには敵わない。そのことが、私の胸を深く突き刺してくる。
「……事なのに。大事な先輩なのに」
「えっ、何?ちょっと、泣かないで」
気づけば、私の頬には涙が流れていた。
ルカリオは慌てて自身のハンカチを出して、私の涙を拭ってくれた。
「えっ、はっ。すみません、泣くつもりじゃっ。……っていうか、ハンカチ、汚してしまってすみません!洗って返します」
「いや、それはいいんだけど、大丈夫?俺、何か酷いこと言っちゃったかな」
戸惑いながら私の顔を覗き込んでくるルカリオの瞳の奥を見詰めてしまう。
王立学園は4年制だ。ルカリオにとって学園生活はあと1年半。その後騎士団に所属してヒロインがやってくる迄あと何年、この瞳の奥に孤独を押し込めるのだろう。
「いいえ。何も。ルカリオ先輩は悪くありません。むしろ優しいです。優しすぎます」
そう、周りの期待を裏切らないように、自分の気持ちを押し殺して全て周りがうまくいくように、無意識のうちに立ちまわっている。そんなルカリオが愛おしくて、哀しくて……苦しい。
「俺が、優しい?誰にでも優しいのは、俺じゃなくて兄貴だよ。ラヴァン違い」
ルカリオが苦笑する。
「お兄様?」
「そう、ロナルド=ラヴァン。シェリルも知ってるだろ?」
「う~ん。お名前だけは。でも、別にお会いしたことも無いですしね」
私の言葉にルカリオは信じられないという顔をしてこちらを見ていた。
「そもそも、学園以外で貴族の方にお会いすることなんて私は無いですし。幸い、騎士団の方のお世話になるようなことも起こってないですしね。私からすると、ラヴァン様と言えば、ルカリオ先輩ですね」
ロナルドは前世のゲーム内でも確かにトップ3を争う人気で、イベントでのランキング特典で彼のアバターを獲得するのは大変そうだった。
今世でも人気があり、貴族令嬢はもちろん庶民でも騎士団のパレードなどがあれば彼目当ての女の子が押し掛けている。まあ、私には関係ないけど。
うんうんと勝手に納得して頷いている私を、ルカリオはぽかんとして見ている。
「ほんっと、変わった子だね」
そう言って、ルカリオは笑い出した。その様子が、少し泣きそうに見えたのは気のせいだろうか。
「まあ、私なんて先輩たちから見たら珍獣ですよね」
思わず自虐的に呟いた。
「珍獣?はっ?誰がそんなこと言ってるの?」
ん?何か声が低くなったような。
「いえ、誰という訳でもないんですけど。先輩たちと初めて出会った時の姿もあれでしたし、珍しくて声を掛けて下さったんだろうな~って」
「まあ、あれはちょっと衝撃的だったけど。でも、もし悪口を言われたらきちんと俺かセディに言うんだよ」
やっぱりルカリオは優しいな。
「ありがとうございます」
「そうだ、このケークサレ、残りの分も貰っちゃっていい?」
「はい。もちろんです。お気に召されましたか?」
「うん。勿体ないけど、セディにもあげて感想を聞いて来ようか?」
「いいんですか?って、勿体ないって。そんなので良ければいつでも作りますよ。毎回使う野菜は変わっちゃうかもですが、特に珍しい材料は使っていないので」
「いいの?本当にお願いしたいな」
「いいですよ。2日前くらいに言ってもらえたら作ってきます。前日はさすがに野菜やベーコンが足りないこともあるので……っていうか、たまにはキノコ類を使ったりして種類を広げたり、季節感を出して毎シーズンの目玉にも出来るかも」
またどんどんアイデアが湧いてくる。ただ、しばらくはルカリオの好みに応えてみたいから、商売展開はせずに自分の店を持つまで秘蔵レシピにしよう。
「ふふっ、また考え込んでる。良かったね、閃いて」
「わわっ、失礼しました」
そんな風に和やかに昼休みを終えた。
私にとっては、憧れのルカリオとの距離を近づけられて夢見心地だった。
だから、全く気づかなかった。姿を隠したセドリックに監視されていたことに。
この後、ルカリオは本当にセドリックの感想を聞いてきてくれた。
セドリックにも好評だったらしく、午後から騎士科の実地訓練のある日はケークサレを依頼されることが何回かあった。
そして何故か、先輩たち二人と会う日とルカリオだけと会う日が半々というようなことになってきた。
まあ、先輩たちも最終学年に向けて忙しいのかなとか深く考えずに、相変わらず思いついたスイーツを試食してもらってレシピを改良していた。
あと一年もすれば、先輩たちに会うことも無いだろう。
欲を言えば、自分の店を持てたらたまに買いに来てほしい。っていうか、代金なんていらない。献上させて欲しい。
2年生に進級してあと一年、思い残すことの無い様に過ごそうと思っていた当時の私は、後から思うと本当に甘かった。
お読み頂きありがとうございます。




