11.Boys side 実験と実益
「さて、モーガン伯爵はどうされるでしょうね」
セドリック達も会議室を後にし、学園の敷地内を通って寮へと歩いていた。
放課後のため、残っている生徒もまばらだ。
「まあ、厳格な方だからな」
「嫡男の足を引っ張る婚約者を挿げ替えるか、嫡男そのものを挿げ替えるか。もしあなたならどうします?」
セドリックは楽しそうに話す。
「悪趣味だな」
「ふふっ。もう一人、ボイヌール子爵はどうされるか、楽しみですね。とても美食家らしいですから。リント商会の機嫌を損ねるのは子爵としても死活問題でしょう」
「相変わらず、何でも知っているな」
「まあ、それが生業ですからね。でも、シェリルに関しては本当に分かりませんね」
「何が?」
「これでも、わりと全力で誘惑してるんですけど、一向に堕ちてくれないんですよね。いっそキスの一つでもしないとだめですかねぇ」
「はぁっ!?」
ふと、今日の昼休みシェリルの髪を撫で頬に触れた時のことを思い出す。
顔を真っ赤にして固まっていたにも関わらず、完全に堕ちた令嬢ならあのまま抱き着いてきてもおかしくないくらいだったのに、シェリルは理由を付けて逃げた。
セドリックは歩きながら目に留まったベンチへと向かう。
「おや、こんな時間にお一人でどうされたのですか?」
対外用の穏やかな笑みを浮かべ、例のごとく「レインボーマシュマロ」を両手に握りしめた令嬢に声を掛ける。
「オーブリー様っ!えっ、本当に」
噂に踊らされ、在りし日のシェリルを再現した令嬢だ。
呆れたルカリオは二人から距離を取って、終わるのを待つ。
「ふふっ。『レインボーマシュマロ』、美味しいですよね」
「はっ、はい。私も食べてみたくて。でも、色合いの可愛さに食べてしまうのが勿体ないなと眺めてしまっていたのです」
令嬢はもっとセドリックの関心を引こうと、声を甘くしてしなを作って語り掛けた。
「そうですか。でも、あなた一人で食べるには多いのでは?」
美しいエメラルドグリーンの瞳に見つめられ、令嬢は夢見心地で誘われているように錯覚する。
「ええ、そうですね。ではご一緒頂いても?」
頬を染め、甘えるように告げる。
「それは、魅力的なお誘いですね。あなたのお名前は?」
「リリアナ=ヘインズワースですわ」
「ああ、ヘインズワース子爵家の御令嬢でしたか」
「はい」
リリアナはうっとりとセドリックを見詰めた。
「リリアナ嬢、あなたに折り入ってお願いが……」
セドリックが少し困ったような顔を向ける。しかし、視線だけはリリアナから離さない。それが更にリリアナの心を深くつなぎ止め、熱に浮かされたようになる。
「私に出来ることでしたら何でも」
その返事に、セドリックはまた花が咲いたような笑顔になる。ここまでくると、リリアナの思考力はゼロだ。完全にセドリックの言いなりになった。
「最近の、この『レインボーマシュマロ』に関する噂をご存じですか?」
「はい」
ご存じも何も目の前で実行しているのだから、確信犯である。しかしのぼせたリリアナは何も不信感を持たない。
「この『レインボーマシュマロ』さえあれば、俺が節操もなく誰彼構わず声を掛けると思われているのです。……あなただから声を掛けたというのに」
そこでセドリックは傷ついたように目を伏せる。
エメラルドグリーンの瞳から解放されたリリアナは、はっと我に返る。そして直前のセドリックの言葉が恍惚感と共に全身を満たしていく。
「叶うなら、この噂を消して頂けませんか?」
「ええ、ええ。もちろんですとも」
「ありがとうございます」
セドリックはもう一度美しい微笑みを浮かべた。
「では、名残惜しいですが、俺は行かねばなりませんので。あなたにお会いできてよかった。噂の件、どうかよろしく頼みますね」
最後にリリアナの頬を右手の人差し指の背でそっと触れてその場を去った。
リリアナは、結局セドリックと何の約束も出来ず、頼まれごとだけされてその場に残された。そのことに気づくのは、おそらく何日も先だろう。下手をするとずっと気づかないかもしれない。
「とまあ、普通はああなるんですけどね」
ルカリオと合流し、セドリックはため息をつく。
シェリルと過ごしていると、自分の魅力が無くなってしまったような気がしていたが、その心配は無いようだとたった今証明された。
「全く、よくやるよ」
「まあ、いいじゃないですか。これで学園内でマシュマロを持った令嬢を見ることもなくなるでしょう。全く、魚釣りじゃないんですから、俺たちにとっても失礼な話です」
誘惑の実験と噂の払拭をあっさり同時にこなしてしまうセドリックに、ルカリオは複雑な表情を浮かべる。
実力も何もかも兼ね備えているのに、何とも悪趣味でどこか尊敬しきれない。
余談だが、翌日リリアナが淑女科で「レインボーマシュマロ」でセドリックは釣れない、私じゃないとというような話をするが、皆一笑に付した。
しかし、同時にセドリックに関わった後まるで見せしめの様に停学者と退学者が出たことから皆『レインボーマシュマロ』どころか、セドリックに関わること自体を敬遠した。
結果、全てセドリックの思惑通りになった。
「ルカはどう思います?」
「何が?」
「シェリルのことです。いつも緊張していたり、顔を真っ赤にしたり、俺に好意を抱いているのは確実なのですが、何故逃げるんでしょうね」
何を言い出すのかと、ルカリオは心底呆れた。
「照れてるんじゃないの?」
「それも考えたのですが、何か違和感があるんですよね。まるで好きになってはいけないと思っているような?」
「身分を気にしてるとか?」
「ああ、それもありますね。でも、家格が上の令嬢に普通に食ってかかる子ですよ。そこまで気にしますかね」
「どうだろうね。じゃ、異性に関して免疫がないとか」
「兄が3人もいてですか」
「はぁ、そんなのもう本人に聞いてみるしかないよ」
「それが出来たら苦労はしません。一番欲しい情報はそれじゃないんですから」
「まあね」
「そこで、です」
「ん?」
「ルカが誘惑して下さい」
「はっ!?」
「二人一緒に出会って、俺じゃないとすればルカでしょう。試してみる価値はありますよ。何より、ルカの好みを知っていたということもありましたし、本命がルカだから俺になびかないのかもしれません」
誘惑など考えたことすらないルカリオは困惑した。しかし、どこで自分の好みを知ったのか、何故瞳の色に気づいていたのかなど気になることはある。
「分かった。でも、あまり期待するなよ。本業じゃないし」
「大丈夫。俺も誘惑は本業じゃありませんよ」
どの口がと、ルカリオはため息をついた。
お読み頂きありがとうございます。




