05、悪さを楽しむ美紗は誰にも止められない
河太郎と並んで通りを見下ろしていた美紗は、地元中学の制服姿の女の子を指さし、
「あの女! 去年クラブであたしをいじめ抜いたやつ!」
「こらしめたい、こらしめたい!」
河太郎は小躍りしだす。
「黒飛さーん、行きましょう!」
魔王を頭に乗せて、黒飛がぴょこぴょこ駆けてくる。ガラスの割れた窓から今にも飛び立とうというとき、真希がその尻尾をむんずとつかんだ。
「お前は気持ち悪いんだよ」
と、わざとひどいことを言って、飛び立とうとする黒飛をためらわせ、
「これはどうしてくれるの? ねえ、嫌われ者」
と、美紗の髪を引っ張った。その手には、海賊になったりオンナになったり夏目漱石になったりしている岡野くんの写真。
「トイレの壁にでも貼っておけば?」
真希は不良みたいに舌打ちして、なめんなよ、と低く呟いた。美紗はそのすきに、革袋から「黒いルビー」を取り出す。
「そいつは危ねえですよお」
河太郎の制止に、
「簡単な願いならいいんでしょ?」
とウインクひとつ、天井へ投げあげた。
「真希の脳天直撃だあっ!」
美紗の意志の力を具象化するように、黒いルビーは赤く輝き、考えられぬスピードで真希の真上に落ちてきた。明美が両手で顔を覆い、真希は悲鳴をあげるまもなく失神した。
「やったー、あたし強い!」
「ばんざいばんざい!」
美紗は河太郎と、ぱんと両手を打ちあわせ、足下に転がってきた黒いルビーを袋にしまう。
「ゆくぞ」
と魔王のかけ声ひとつ、黒飛は夏空に舞い上がる。
美紗の恨みをかっている中学生、島田恵の大切なものは、去年の家族旅行の際、免税店で買ったブランド化粧品だった。特別な日のためにとってあったのか、ただもったいなかっただけか、封も開けていない口紅で、美紗と河太郎はブロック塀に落書きしだす。黒飛もくちばしで口紅をつかんで、落書きに参加する。
この大騒動の犯人が美紗と分かり、見知らぬおばさんが、おせっかいにも説教など始めたので、彼女の大切なマルチーズも口紅の被害に遭った。
次第に恨みのあるなし関わらず楽しんで悪さを始めた美紗は、もう誰にも止められない。低空飛行を繰り返す黒飛にまたがって、
「あたしはこわ~い魔王様なんだぞ! 逆らうやつは黒いルビーで直撃だ!」
「私の宝石を返して」とか、「俺のロレックス返せ!」などと詰め寄ってくる人々のすぐ上を飛び回る。教室では無視を決め込んでいるクラスメイトから、
「美紗ちゃん、あたしたち友だちでしょ」
なんて言われて、美紗は思いっきり黒いルビーを投げつけた。
「いいぞいいぞ。美紗はよい弟子だ」
黒飛の頭の上で感心する魔王に、美紗は笑顔を向ける。
日が暮れる頃には、町はすっかり大混乱だ。
「そろそろ城へ帰るか」
魔王の言葉に、美紗は素直にうなずいた。赤く染まった空の真ん中で黒飛は急回転し、川へと長く伸びた橋桁の影を目指して急降下。人々の驚きと悲鳴だけをあとに残して、あっという間に魔王の国へ移動した。
薄暗い古城には、昼と同じように灰色の雲が絡まっている。黒飛はそのうちのひとつに、すべるように着地した。河太郎はすぐに黒飛から飛び降り、左右に並ぶ妖怪たちの列に加わり正座した。
「おかえりなさいませ、魔王様」
と雲に額をつける妖怪たちを見た途端、魔王はまた機嫌が悪くなった。居並ぶ妖怪たちを一瞥して、
「トカゲはどこへ行った」
「裏庭の食人植物に餌をあげております」
ひとりが顔をあげずに答えた。
「ほう。日はとうに暮れてしまったが? しかも出迎えにも来ないとは、なんという無礼者。罰として、尻尾をぬか漬けにして喰わせてやろう。くはははっ」
美紗までが、声を合わせてきゃはっと笑う。
「ねえ、今度はお城の中を通って部屋に行きたいな」
「よかろう。私の言うとおりに歩くのだぞ」
「うん!」
と黒飛から飛び降りて、ほかの妖怪たちに混ざって、頭をあげない河太郎の横に膝をつく。
「河太郎は一緒に行かないの? 魔王様の部屋で働いてるんでしょ」
河太郎は困った顔で、美紗の頭上の魔王を気にしながら、
「畏れ多くてとても、おいらは魔王様と同じところは歩けねえんですよ」
ふんと鼻を鳴らした魔王を見上げて、
「べつに魔王様は、一緒に来ちゃだめなんて言ってないよ」
美紗は首をかしげる。だが河太郎は首を振り続けるばかりで、立ち上がろうとはしなかった。
(こういうのって楽しいのかなあ)
と、美紗は大きな城に住み、たくさんの家来を従える魔王の気分を想像した。
一枚の羽に戻った黒飛を革袋に入れ、頭を下げる妖怪たちの真ん中を胸を張って歩いてみる。城の中に入っても、そこかしこで様々な妖怪が額を床に付けている。
なるほど、特別な人になった気分はするけれど、美紗はなんとなく誰もが美紗を見て見ぬふりする学校を思い出してしまった。魔王もきっと、付き人はいても並んで歩く者はなく、いつもひとりで階段を上り部屋へ向かい、食事をしながらくだらない話に花を咲かせる相手もいないのだろう。偉いからひとりぼっちなのと、嫌われてるからひとりぼっちなのと、やっぱりどこかが違うのかな。
「真ん中の階段をのぼれ」
と指示を出した魔王に、
「なんでみんな、顔をこっちに見せないの?」
と尋ねた。
「もちろん私が偉いからだ」
「そりゃそうだろうけど。でもこれじゃあ、家来さんたちの顔と名前も覚えらんないじゃん」
「覚える必要などない」
「そうなの?」
と美紗は不思議そう。
「あたしなら、帰ってくるたびみんなに、ばんざーいばんざーいってやってほしいな。美紗様ばんざーいってね」
魔王はくすっと笑った。
「それもよいな」
いくつ部屋があるのか―― 魔王が入るよう指示した部屋は、何も散らかっていないし「望みの海」も広げていない、古くて暗いけれど統一感のある部屋だった。黒い木の机には燭台が飾られ、椅子のほうも机とそろいの鷲をモチーフにしたあしらい。部屋の隅に眠る石像は壁のろうそくに照らし出されて、今にも動き出しそうだ。
「最高のディナーを用意させよう」
と魔王は美紗をわくわくさせた。料理の用意ができるまで雲の温泉に入ってきたらどうかと勧められたけど、家ではいつもお風呂は食後なので断った。魔王は河太郎に共をさせて、一風呂浴びに行った。いつもは背中を流してもらうのだが、今日は河太郎のお皿に乗って、河太郎が湯に浸かるらしい。
(うちでも夕食の頃かなあ)
と美紗は家を思い出す。野次馬の中にお母さんの姿はなかった。まだ仕事から帰っていなかったのだろう。
じっとしていると、濡れたシーツをかぶった憂鬱の精に押しつぶされそうで、美紗は部屋を飛び出した。ろうそくの炎が揺れる廊下をまっすぐ進む。手近な扉を開けると大小様々なものが散乱している。
(ここがはじめに来た部屋ということは――)
隣の扉を開くと、予想通り「望みの海」が広がっている。正解! と喜んで、美紗は雲に飛び乗った。昼間この雲に寝そべったのが、とても気に入っていたからだ。横になって海を見下ろすと、雲のベッドはやっぱり心地よいけれど、頭の上に魔王がいないとあまりおもしろくない。
つまんない、と口を尖らせみつめる水面がゆらめいて、見慣れた家の中が映った。
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