第1話 唐突に黒歴史!Vテラーだった少年(3)
「やっぱり来たな?このオタク野郎」
玄関を開けるとそこには一匹の喋るハムスターがちょこんとこちらを見ていた。
「オタクじゃない。ロマンチストと呼んでくれ」
「流石はマイテラーってところか。ワードセンスが……」
「御託は結構。」
「コケコッコー」
「……嫌いじゃない。」
人外とは思えない流れる様なコミュニケーションに
俺が感心しているとグラスターが声を上げる。
「出たぞ!こっちだ!」
「出たって何が?」
「Vモンに決まってんだろ!」
「そりゃそうだな」
グラスターの後を追っていると家から100メートル程の場所でグラスターが立ち止まった
「近いな?あそこだ!」
グラスターの向く方向の先の道は空間が歪んだような状態になっていた……
「あれは……」
「語場だ。あん中にVモンが居るってワケよ!」
そう言って語場に飛び込んだグラスターの後を追い、俺も中に飛び込んだ。
「これが語場か。まるで異空間だな……」
語場と呼ばれる空間に俺が見惚れていると
その先に子供を追う不気味な仮面の怪物が現れる。
「あいつは美味そうなVモンだ。きっとオレと同じお前の作品だぜ?」
「まさかアイツは……無邪鬼!?」
グォォオオオ!!
「た、助けて……」
このままじゃ子供が危ない!
「グラスターお前アイツを喰いに来たんじゃねぇのかよ!」
「そうだな。だが今のオレは生まれたてでVテラーにすら信じ切って貰えていない曖昧なVモンだ。」
「それって……」
俺は目の前のVモンがまるで戦うことの出来ないちっぽけなハムスターであることを思い出した……
それはそうか、こいつにあの無邪鬼を倒せるはずがない。
ってことは、あの子供を助ける手立ては結局の所無いわけだ。
……夢の中とはいえ子供が自分の書いた空想の化け物に襲われる様を見るのは正直とても気分が悪い。
だけど、仕方ないよな……
気分の悪い夢を俺が受け入れようとしたその時、グラスターが口を開く
「もしお前がオレの存在を信じ、最強の神話Vモンとして書き記すことを約束するというのなら助けてやっても構わない。」
「なんだよそれ……俺は今、この夢を本気で楽しんでるじゃないか!」
「これは夢じゃない」
「バカを言うな。これが夢じゃなかったらなんだって!」
そうこう言っているうちに無邪鬼は子供を追い詰めてしまっていた。
「いやだ……助けて誰か……」
グォォォオオオ!!
正直こんな馬鹿げた状況を現実だと受け入れられる程に俺の頭も心もお花畑じゃない。
「……時間がないぞ。」
だけど、俺には痛いほど分かっていた。
どんなに頭が良くて目の前の理不尽に拒絶反応を示そうが
時にそれを受け入れ肯定できる人間で無い限り
この世界では凡人以下のバカになってしまうということを……
「ああ、分かったよ!俺は現実なんて大嫌いなんだ!だから全部信じてやる!」
「オレを最強のVモンにすると約束するか……?」
「どうせ明日から暇だからな!-Sixtet Legends-なんてガキの戯言が霞むくらいの大作にしてやるよ!」
だから俺はこの馬鹿げた現実を受け入れた。
本当に賢い人間になるために……!!
「期待してんぜマイテラー!」
ブォォォォオオオオオ!!
ドカーーン!!
グラスターを包んだ竜巻がだんだん大きくなりながら無邪鬼を吹き飛ばすと
その竜巻の中からワニのような大きな口を持った一体のドラゴンが現れた。
「これだ……これだよ!俺の思い描いたグラスターだ!!」
「か、かいじゅう……」
「大丈夫か?とりあえずこっち!」
俺は急いで子供に駆け寄りその手を引くと
語場の外へと連れ出した。
「ここならもう大丈夫だ!一人でも帰れるか……?」
「う、うん。ありがとうお兄ちゃん」
「よし。戻るか!」
駆け足でその場から離れていく子供の背中を見送ると俺は再び語場の中に飛び込む。
「よお、マイテラー?これから良いもん見せてやんよ」
するとそこにはグダッとした姿の無邪鬼を握るグラスターがあった。
「良いもの?」
「いっただっきまーす!あ~~んッ!」
なんとグラスターは無邪鬼をぺろりと一口で食べてしまった。
これが良いものって趣味が悪いにも程がある……
と思った時だった。
プシュー
捕食の済んだグラスターの体が縮み元のハムスターの様な姿に戻ってしまった。
「……え?」
「細かいことは気にすんな。それよりも調べてみろよ?」
「調べるって?」
俺は言われた通りのつもりでグラスターの体を持ち上げる。
「違う!今オレが喰ったVモンだ!」
あ、そういうことか。
確かグラスターの設定はVモンを喰らい消し去ることだ……
俺は急いで無邪鬼についての情報を調べるとネットからその形跡は消し取られていた。
「……消えてる!」
「どうだマイテラー?オレが強くなればより強いVモンを喰うことができるようになる。そして、オレが強くなるためにはお前の力が必要って訳だ!」
もしこれが現実だとしたら……
グラスターの力さえあればVテラーという俺の黒歴史を……
けして改変出来ないはずだった向き合うべき過去を……
全て消しされるかもしれない。
「やってやろうじゃねぇか?よろしく頼むぜグラスター!」
――こうして俺の黒歴史を消すという目的の非現実的な日常が幕を開けた。