第1話「落っこちた隙間の尊」
今からずっと昔、弥生時代がそろそろ終わりに近づいた頃、隙間の尊と呼ばれる神様がいた。
本来はもっと違う名前だったが、いつも雲の隙間から下界を見ていたので、いつしか隙間の尊と呼ばれるようになっていた。
ある日、隙間の尊はいつものように雲の隙間から下界を眺めていた。
その時、雨降りの尊が隙間の尊を呼びに来た。
雨降りの尊も別の名前があったが、いつも雨を降らせる役目だったので、いつしか雨降りの尊と呼ばれるようになっていた。
隙間の尊と雨降りの尊は大の仲良しで、隙間の尊が何かやらかすと、いつも雨降りの尊が助けていた。
「おーい!隙間くーん。大御神様がよんでるよー。早く行かないとまた怒られるよー。」
雨降りの尊は大声で隙間の尊を呼んだ。
大御神様は神様の親分で、とっても偉くて厳しい神様だった。
「大御神様が?何の用だろ?」
隙間の尊はよっこらしょと言って立ち上がると、大御神様のところへ行こうとしたが、ツルンと足を滑らせた。
「うわぁぁ。落ちるー。」
隙間の尊は雲の隙間から落ちそうになったが、危ないところで雨降りの尊に手を捕まれて助かった。
「雨降りくん有り難う。また落っこちるところだったよ。」
「ほら隙間くん、そんなことより早く行かないと。」
「ああ、そうだったね、じゃ、行ってくるよ。」
隙間の尊が大御神様のところへ着くと、大御神様はとっても不機嫌そうにしていた。
(今日の大御神様はなんか怖いぞ。逃げようかな・・・)
「隙間!お前はまた仕事もしないでサボってただろう。いったい何度言えば・・・」
「ワシは隙間の神様だから、隙間から下界を見ていましたよ。」
「何を言ってるんだろうねぇこの子は。お前は隙間から下界ばかり見ているから隙間と呼ばれているだけで、ほんとの名前は違うだろうが。あーほんとに何でこうなってしまったんだろうねぇ。」
「えーワシって隙間の神様じゃ無かったっけ。」
「もう良い。じゃ、雨降りんとこでも手伝っておいで。あ、それから、もう落っこちるんじゃ無いよ。もう何十回も落っこちてるんだから、今度落っこちたら、当分は助けに行かないからね。そん時は下界でしばらく暮らしなさいよ。」
「はーい。わかりましたー。じゃ、雨降りくんのお手伝いに行ってきまーす。」
隙間の尊は雨降りの尊のところへ行くと、「大御神様が雨降りくんの仕事を手伝えって言ったから、手伝いに来たよー」と言った。
「じゃ、丁度湖から水を汲み上げているから、隙間くんも手伝って。そこのバケツを湖に放り投げて水をくむんだよ。」
隙間の尊は先っぽにバケツの着いたロープを湖に放り投げた。
その時だった。
ロープが隙間の尊の足に絡みついて、隙間の尊はバケツに引っ張られて湖にバシャーンと落ちた。
「隙間くーん。だいじょうぶかーい。」
雨降りの尊は心配そうに下をのぞき込んだ。
しかし、雨降りの尊が呼びかけたが返事は無く、隙間の尊は落っこちたときの衝撃で気絶して湖の上に浮かんでいた。
雨降りの尊は直ぐに大御神様に報告した。
「また落っこちたのかい。さっき言ったばかりなのに、隙間はほっときな。当分は下界で暮らしてもらうよ。」
雨降りの尊は責任を感じて暗い気持ちになった。
しばらく、雨降りの尊は隙間の尊を見ていたが、やがて隙間の尊が目を覚まし、湖の岸にたどり着いた。
「おーい、雨降りくーん。助けておくれー。」
隙間の尊は大声で叫んだ。
「隙間くーん。大御神様が怒って、当分は下界で暮らせって言ってるよー。」
「そっかー、じゃ、家だけでもおくれって、大御神様に頼んでおくれー。」
雨降りの尊が大御神様に家だけでも隙間の尊にあげて下さいと頼み込むと、大御神様は、「家だけよ。後は自分でなんとかしなって言っといておくれ。」と言って、湖の前に、大きな社を放り投げた。
社の前では、隙間の尊が大きな声で、「雨降りくんありがとー。」と叫んでいた。
こうして隙間の尊は下界に住むことになった。
「家はもらったけど、食い物が無いな。下界にいると腹が減るんだよなぁ。」
そう言うと、隙間の尊は近くの森に果物を探しに出かけた。
隙間の尊が森に入ると、入れ替わるように、この地の女王ヒミコと侍女のイヨがやってきた。
「なんかさっきこっちで大きな音がしたけど、一体何なんだろうねぇ。」
ヒミコはぶつぶつと呟きながら湖へやってきた。
そして、直ぐに社を見つけた。
「一体誰がこんなところに社を建てたんだい。私は許可してないよ。」
そう言うとヒミコはどかどかと社の中へ入っていった。
「結構広いじゃ無いか。それに新しいし。良し決めた。今日からここに住むよ。」
「ですがヒミコ様、誰ぞ持ち主がいるのでは無いですか。」
「イヨ、そんなことはどうでも良いんだよ。女王の私がここに住むって言えば。その瞬間からここは私のもんなんだよ。」
「はぁ。」
イヨは困った顔をしていたが、ヒミコは一度言い出したら人の言うことは一切聞かないので、それ以上は何も言わなかった。
「ぐずぐずしてないで荷物を運ぶように村の連中に言ってきな。」
「はい、分かりました。」
イヨは急いで村に戻ると、直ぐにヒミコ様の荷物を湖の社へ運ぶように村長に頼んだ。
イヨが村で移動する荷物を村人に指示していると、隙間の尊が両手一杯に果物を抱えて社へ戻ってきた。
「あれ、ワシの家に誰かいるぞ。」
隙間の尊は、社の中に入っていった。
「なんだいお前さんは、貢ぎ物かい。それならその辺に置いておきな。引っ越しで忙しいんだから置いたらとっとと出ていっておくれ。」
「あのぉ、お前さんが誰か知らないけど、ワシは隙間の尊と言って、ここはワシの家なんだ。」
「何だって、隙間?ここがお前さんの家だって言うのかい。ここに隙間なんていらないよ。お前さんには残念なことだけどね、ここは私が住むと決めたから、もう私の家になったんだよ。分かったらとっとと出ていきな。」
「でも、ワシの住むところがなくなっちゃうと困るんだ。」
「あんたもしつこいねぇ。じゃ、床下貸してやるから、そこに住みな。」
「えーひどいなあ。」
「ひどいも何も私はここの女王だから好き勝手やって良いんだよ。出て行かないなら蹴飛ばしてやろうか。」
そう言うとヒミコは隙間の尊をにらみつけた。
隙間の尊はが立ち上がり出て行こうとすると、ヒミコに、「果物は持って行くんじゃ無いよ。」と言われ、部屋の隅に果物を置くと、渋々社を出て床下に入った。
(あのおばちゃん、怖いよー。あーあ床下暮らしか・・・)
隙間の尊が床下に潜ってからしばらくすると、社の中が騒がしくなった。
(引っ越ししているのかな。腹減ったなー。)
しばらくドタバタしていたが、やがて静かになった。
引っ越しがだいたい終わるとヒミコはイヨに隙間の尊を連れてくるように命じた。
「イヨ、床下に隙間ってのがいるから、ちょいと呼んできな。」
イヨはよく分からなかったが、外へ出ると床下をのぞき込んで、「隙間さん見えますか。ヒミコ様がお呼びです。」と言った。
(おっかないから出来ればあのおばさんとは会いたくないな。でも行かないと怒るんだろうなぁ。)
隙間の尊は覚悟を決めて社の中に入った。
「おい、隙間。お前一体何者なんだい?」
「ワシは隙間の尊という神様だよ。」
「神様だって。じゃ、神様の証拠をなんか見せてみな。」
「じゃ、こんなんでどうかな。」
隙間の尊は後光を出した。
「何だ、光ってるだけじゃ無いか。とても信用できないね。他には何か出来るのかい。」
「えーっと何が出来たかな?」
「何が出来るのかもわかんないのかい。じゃ、占いは。」
「それなら簡単だ。誰を占えば良いのかな。」
「じゃ、私の未来を占いな。」
「えーと、むにゃむにゃむにゃ。ヒミコはこの後歳を取る。」
隙間の尊がそう言うと、いきなりリンゴが飛んできた。
「なんだいその占いは!そんな占いならイヨでも出来るじゃ無いか。使えない神様がいたもんだねぇ。他には無いのかい。」
「上から落っこちたときに何が出来るか忘れちまったなぁ。」
「のんきなやつだねぇ。じゃ、お前さんは何の神様かも覚えてないのかい。まぁ、仕方ない。じゃ、思い出すまで下男としてここに置いてやる。ありがたく思いなさいよ。」
隙間の尊はモジモジしていたが、怖いのを我慢してヒミコに言った。
「なぁ、ヒミコ。ワシ腹が減った。」
「隙間、私のことはヒミコ様と呼びな。というか、神様のくせに腹が減るのかい。」
「下界にいると腹が減るんだ。人間と同じなんだよ。ヒミコ様なんか食わせてくれ。」
「イヨ、貢ぎ物の果物がそこにあるだろう、それを食わせてやりな。」
「それ、ワシが取ってきたんじゃ無いか。」
「いちいち文句を言うやつだねぇ。あれは貢ぎ物としてお前が持ってきたんだから、もう私のものなんだよ。分かったらとっとと食いな。」
こうして、隙間の尊は女王ヒミコの下男として下界で暮らすことになった。