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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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25-3

「おやおやこれは」


 後ろから家令のエッカルトが入ってきた。

 一緒に部屋へ入ってきた恰幅(かっぷく)のいいメイド服の女性が、抱き締めあっているジークヴァルトとリーゼロッテの前まで戸惑うことなく歩を進めた。


「はいはい、そこまでになさってください」


 彼女はメイドたちを取りまとめる公爵家の侍女長で、エッカルトの妻のロミルダだ。

 ロミルダはジークヴァルトの腕をリーゼロッテの体から引き離すと、リーゼロッテを抱きしめやさしくその髪をなでた。


「大丈夫でございますよ、リーゼロッテ様」

「ロミルダ……」


 震える声でその名を呼ぶ。リーゼロッテは肉付きのいいロミルダの胸に顔をうずめて、すがるようにぎゅっと抱き着いた。


「おかわいそうに、こんなに震えて」

「これはわたくしのせいなの……?」


 恐る恐る振り返って部屋の惨状を見やる。部屋の中は先ほどの騒ぎが嘘だったかのように静まり返っていた。しかし、ぐちゃぐちゃになった室内がその事実を突きつけている。


「いいえ、リーゼロッテ様のせいではございませんよ」

「むしろ問題なのは旦那様の方ですな」


 ロミルダが安心させるようにやさしい口調で言ったあと、エッカルトが厳しい視線をジークヴァルトに向けた。


「いえ、ヴァルト様は何もされていませんわ。ですがわたくしは」


 ジークヴァルトは執務机で仕事をしていただけだ。リーゼロッテは異形の浄化に集中していたので、また自分が何かをやらかしたのではと戦々恐々となった。


「これは、フーゲンベルク家の呪いなのです」


 エッカルトの言葉にリーゼロッテの涙がぴたりと止まった。


「フーゲンベルク家の……呪い?」

「はい。ですからリーゼロッテ様のせいなどではございません。どうぞご安心ください」


 呪いだから安心しろと言われても、戸惑いしかおこらない。


「ロミルダはリーゼロッテ様をお部屋にお連れして。エラ様にもお戻りになっていただきましょう」


 エッカルトのその言葉に頷いて、ロミルダはリーゼロッテを連れて執務室を出ていこうとする。


「でも……」


 リーゼロッテが躊躇(ちゅうちょ)しながら振り向くと、ロミルダがやさしく背中を押した。


「片付けもございますし、ここは危のうございます。何、エッカルトに任せておけば大丈夫でございますよ」


 ジークヴァルトの顔を伺うが相変わらずの無表情である。リーゼロッテは何が何やらわからぬまま、執務室を後にした。


 二人の背中を見送った後、エッカルトはジークヴァルトに向き直った。


「旦那様はこちらでわたしと少々お話を」


 口調は穏やかだったが、有無を言わせない笑みがその口元に乗せられていた。好々爺(こうこうや)(ぜん)としていても、やはり公爵家の家令は様々な修羅場(しゅらば)を経験しているのだろう。


「それにマテアス。その呆けた顔をどうにかしなさい」


 呆然自失の様子だったマテアスが、我に返ったようにエッカルトを見つめた。


「これがフーゲンベルクの呪い、ですか?」


 マテアスは似たような光景を、子供の頃に幾度も目にしていた。そう、あれはジークヴァルトが生まれる前のことだ。


 嵐が去った後のような荒れた部屋の中、頭を抱えながら修復の予算を計算する父。

 その先にいるのは前公爵、若かりし頃のジークフリートだ。そしてジークフリートの妻であるディートリンデが、いつも必ずその腕の中にいた。


「旦那様、分かっていてやられましたな?」

「奴らの線引きを確認したまでだ」

「なるほど。それで確認はできたわけですな」

「ああ」


 エッカルトの静かな問いに、ジークヴァルトは無表情で返した。


 フーゲンベルク家を継ぐ者は、代々龍の託宣を受けてきた。国を()べる王家の血筋とは別に、フーゲンベルク家には龍により課せられた宿命があるのだ。


「マテアスも知っての通り、旦那様はフーゲンベルク家を継ぐ者として異形に狙われ続けてきた。そして、これから授かるであろう御子も同じ運命を課せられる。ゆえに、その御子の母君となるリーゼロッテ様も、御子がお生まれになるまで異形に狙われることとなる」


 マテアスは事の次第が分かってきたが、決して分かりたくない事実に目をそらそうとした。


「しかし、リーゼロッテ様は随分と異形に好かれているご様子です」

「リーゼロッテ様はラウエンシュタイン家の血筋の方だ。そうであっても不思議はない。しかし、旦那様がリーゼロッテ様にお近づきになりたいと願ったとき」


 エッカルトはゆっくりと部屋の中を見回した。


「異形の者たちは黙っていられないのだ」

「要するに、ヴァルト様がリーゼロッテ様に(よこしま)な感情を抱くとこうなるってことですよねぇ!?」


 マテアスは部屋の惨状を指さしながら、半ばやけくそのように叫んだ。

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