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「おやおやこれは」
後ろから家令のエッカルトが入ってきた。
一緒に部屋へ入ってきた恰幅のいいメイド服の女性が、抱き締めあっているジークヴァルトとリーゼロッテの前まで戸惑うことなく歩を進めた。
「はいはい、そこまでになさってください」
彼女はメイドたちを取りまとめる公爵家の侍女長で、エッカルトの妻のロミルダだ。
ロミルダはジークヴァルトの腕をリーゼロッテの体から引き離すと、リーゼロッテを抱きしめやさしくその髪をなでた。
「大丈夫でございますよ、リーゼロッテ様」
「ロミルダ……」
震える声でその名を呼ぶ。リーゼロッテは肉付きのいいロミルダの胸に顔をうずめて、すがるようにぎゅっと抱き着いた。
「おかわいそうに、こんなに震えて」
「これはわたくしのせいなの……?」
恐る恐る振り返って部屋の惨状を見やる。部屋の中は先ほどの騒ぎが嘘だったかのように静まり返っていた。しかし、ぐちゃぐちゃになった室内がその事実を突きつけている。
「いいえ、リーゼロッテ様のせいではございませんよ」
「むしろ問題なのは旦那様の方ですな」
ロミルダが安心させるようにやさしい口調で言ったあと、エッカルトが厳しい視線をジークヴァルトに向けた。
「いえ、ヴァルト様は何もされていませんわ。ですがわたくしは」
ジークヴァルトは執務机で仕事をしていただけだ。リーゼロッテは異形の浄化に集中していたので、また自分が何かをやらかしたのではと戦々恐々となった。
「これは、フーゲンベルク家の呪いなのです」
エッカルトの言葉にリーゼロッテの涙がぴたりと止まった。
「フーゲンベルク家の……呪い?」
「はい。ですからリーゼロッテ様のせいなどではございません。どうぞご安心ください」
呪いだから安心しろと言われても、戸惑いしかおこらない。
「ロミルダはリーゼロッテ様をお部屋にお連れして。エラ様にもお戻りになっていただきましょう」
エッカルトのその言葉に頷いて、ロミルダはリーゼロッテを連れて執務室を出ていこうとする。
「でも……」
リーゼロッテが躊躇しながら振り向くと、ロミルダがやさしく背中を押した。
「片付けもございますし、ここは危のうございます。何、エッカルトに任せておけば大丈夫でございますよ」
ジークヴァルトの顔を伺うが相変わらずの無表情である。リーゼロッテは何が何やらわからぬまま、執務室を後にした。
二人の背中を見送った後、エッカルトはジークヴァルトに向き直った。
「旦那様はこちらでわたしと少々お話を」
口調は穏やかだったが、有無を言わせない笑みがその口元に乗せられていた。好々爺然としていても、やはり公爵家の家令は様々な修羅場を経験しているのだろう。
「それにマテアス。その呆けた顔をどうにかしなさい」
呆然自失の様子だったマテアスが、我に返ったようにエッカルトを見つめた。
「これがフーゲンベルクの呪い、ですか?」
マテアスは似たような光景を、子供の頃に幾度も目にしていた。そう、あれはジークヴァルトが生まれる前のことだ。
嵐が去った後のような荒れた部屋の中、頭を抱えながら修復の予算を計算する父。
その先にいるのは前公爵、若かりし頃のジークフリートだ。そしてジークフリートの妻であるディートリンデが、いつも必ずその腕の中にいた。
「旦那様、分かっていてやられましたな?」
「奴らの線引きを確認したまでだ」
「なるほど。それで確認はできたわけですな」
「ああ」
エッカルトの静かな問いに、ジークヴァルトは無表情で返した。
フーゲンベルク家を継ぐ者は、代々龍の託宣を受けてきた。国を統べる王家の血筋とは別に、フーゲンベルク家には龍により課せられた宿命があるのだ。
「マテアスも知っての通り、旦那様はフーゲンベルク家を継ぐ者として異形に狙われ続けてきた。そして、これから授かるであろう御子も同じ運命を課せられる。ゆえに、その御子の母君となるリーゼロッテ様も、御子がお生まれになるまで異形に狙われることとなる」
マテアスは事の次第が分かってきたが、決して分かりたくない事実に目をそらそうとした。
「しかし、リーゼロッテ様は随分と異形に好かれているご様子です」
「リーゼロッテ様はラウエンシュタイン家の血筋の方だ。そうであっても不思議はない。しかし、旦那様がリーゼロッテ様にお近づきになりたいと願ったとき」
エッカルトはゆっくりと部屋の中を見回した。
「異形の者たちは黙っていられないのだ」
「要するに、ヴァルト様がリーゼロッテ様に邪な感情を抱くとこうなるってことですよねぇ!?」
マテアスは部屋の惨状を指さしながら、半ばやけくそのように叫んだ。




