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静寂がおちる中、ドンっという振動が突如、部屋の中に響き渡った。
全身を震わすような衝撃波にリーゼロッテは飛び上がり、反射的に隣のジークヴァルトにしがみついた。
ジークヴァルトの腕の中から部屋を見やると、部屋中の物が音を立てて震えている。
テーブルの上の小物はもちろん、執務机の書類、壁にかかる時計、飾られた花瓶や絵画に至るまで、ありとあらゆる物が飛び跳ねるようにガタガタと揺れていた。
(じ、地震!?)
いや、違う。揺れているのはこの部屋の中だけのようだ。
執務室の窓の外を見ると、窓ガラスは震えているが外にいる使用人たちは、普段通りに仕事にいそしんでいる様子が伺えた。
「ヴァルト様っ」
リーゼロッテはジークヴァルトの背に手を回し、シャツを握りしめるように抱き着いた。
ジークヴァルトが応えるようにリーゼロッテの背に回した手に力を入れる。するとそれに呼応したように、部屋中がガタガタと揺れ大きな音を立てた。
「ひゃあぁ」
あまりの事態にリーゼロッテがさらにしがみつく。領地の屋敷でも似たようなことが日々起こっていたが、ここまで部屋中の物がひっくり返るほどの騒ぎはなかったはずだ。
「こ、これもわたくしのせいなのですか?」
「いや、お前のせいではない。確かに異形が騒いでいるが」
言いながらジークヴァルトは耳裏からリーゼロッテの髪の中に指を差し入れた。そのままうなじに手を添えて、リーゼロッテの顔を自分の胸元へ引き寄せる。
と同時にガッチャガッチャと部屋中の物が生き物のように飛び跳ね出した。
ジークヴァルトはそれを確認すると、部屋の一角、自分の執務机の上に視線を巡らせた。山のような書類が目に入った瞬間、大きな揺れと共に書類の束が崩れて床の上に散らばっていく。
ズササササーと派手な音を立てて崩れ行く書類を見て、この束を元に戻す手間と、この量全てを処理しなけばならないという現実に、ジークヴァルトは激しくげんなりとなった。崩れた書類をいっそこのまま放置してしまいたい。
すると、がちゃがちゃ音を立てていた部屋が、カタカタ震える程度に少しばかり静かになった。
鎮まってきた様子を冷静に見やってから、次にジークヴァルトは身をかがめてリーゼロッテをのぞき込んだ。リーゼロッテは震えながら、今にも溢れそうな涙をこぼすまいと、その緑の瞳を大きく見開いている。
「ヴァルト様」
「大丈夫だ、問題ない」
耳元に唇を寄せ、ジークヴァルトは囁くように言った。
鼻先の髪からリーゼロッテのいい匂いがする。そのまま香りを楽しむかのようにジークヴァルトはリーゼロッテの首筋に顔を寄せた。
再びドンガラガッシャン!と派手な音を立て、部屋中の小物から調度品までありとあらゆるものがひっくり返らんばかりの勢いで揺れだした。リーゼロッテは悲鳴を上げてパニック状態だ。
リーゼロッテが泣きながら自分の首にしがみついてくる。その吐息が自分の首筋にかかり、ジークヴァルトは「悪くない」とつぶやいた。そのままきゅうと抱きしめて、すんすんとリーゼロッテの耳裏の匂いを嗅いでみる。
次にジークヴァルトはひっくり返る部屋の中に視線をやると、顔を上げて何か気が削がれそうなことを探した。悲惨なことになっている室内の後始末はマテアスに押し付ければいい。他に何かないものか。
ジークヴァルトは瞳を閉じて、過酷な騎士団の鍛錬を思い浮かべた。
いつだったか近衛隊第一隊に所属する隊員が不始末を起こして、キュプカー隊長の逆鱗に触れたことがあった。怒れるキュプカー隊長によって隊員全員に二十四時間耐久鍛錬が課せられて、それはもうひどい目にあったのだ。
連帯責任ということで、ジークヴァルトもそれに従ったのだが、あれをまた体験しろと言われたら、ハインリヒを動かしてでも回避の道を選ぶだろう。その時のことを思い出すと、ジークヴァルトの眉間に自然としわが寄った。
そっと目を開くと、跳ねて踊っていた部屋の中は、いつの間にか静寂を取り戻していた。
ジークヴァルトは改めて腕の中のリーゼロッテを見やった。落ち着いてきた部屋の様子に、リーゼロッテは力が抜けてしまったようだ。自力で立てないのか、くったりとその体を預けている。
そっとその頬に手を添えて、ジークヴァルトはリーゼロッテを上向かせた。不安と安堵がないまぜになった緑の瞳をのぞき込むように、ジークヴァルトは顔を傾けながら唇を寄せていった。
リーゼロッテとジークヴァルトの近づく距離に反比例して、部屋の中の騒音が再び激しくなっていく。
再度揺れだした周囲に、リーゼロッテはびくりと体を震わせた。リーゼロッテは荒ぶる部屋に気を取られて、近すぎるジークヴァルトとの距離に気がまわらないようだ。
ジークヴァルトの唇が、リーゼロッテのそれに辿りつこうとした瞬間、机もソファも棚も時計も、部屋の中のありとあらゆるものが抗議するかのように飛び跳ねた。
「あああ、何しちゃってるんですか!ヴァルト様!」
戻ってきたマテアスが青ざめた顔で、ジークヴァルトを止めようと部屋の中に駆け込んできた。そして部屋の中の惨状を目の当たりにし、頭を抱えて「ふおおぉ」と叫んでいる。




