24-7
見上げるほどの大男だ。簡素な甲冑を身に着けて、鍛え上げられた体躯をしている。古い時代の戦士なのだろうか?
無精ひげに厳めしい顔つきで少し先の地面の一点を凝視しており、リーゼロッテが下からのぞき込んでも微動だにしない。
ふと思って、視点が合いそうな場所に移動してみる。すると、なんとなく視線をずらされたように感じた。再び足をスライドさせて移動してみる。やはり視線がずれたようだ。
リーゼロッテはこてんと首をかしげて、何度か同じようにのぞき込んでみた。カークからじりじりと焦りのような感情が流れてくる。
「ねえ、あなた。いつまでそこでふてくされているつもりなの?」
責める口調にならないように、極力やさしい声で問うてみた。その瞬間、目の前の異形から図星を刺されたときのような、怒りとも羞恥ともとれる気持ちがぶわりとふくらんだ。
「あなたはどうしてここに立っているの? 理由があるのなら教えてくれないかしら?」
リーゼロッテのその言葉に、ふたたびふてくされた感情が戻ってきた。お前に言ってどうなる。どうせわかってはもらえない。そんな意固地な感情だ。
リーゼロッテは小首をかしげたあと、じっとカークの瞳を見つめた。
「あなたが望むものは何? 初めてここに立った時、何を求めていたのか思い出せる?」
物事にとらわれすぎると、目的と手段が入れ替わってしまうことがある。いわゆる本末転倒というやつだ。思いや動機が強いほど、固定観念に縛られる。その年月が長いならなおさらだ。
カークからは動揺や戸惑い、そして不安に揺れる心が流れてきた。
「焦らなくてもいいわ。あなたはずっと耐えてきたのでしょう? きっと誰にもわからないくらい、ずっとずっと長い間……」
しばらくの後、カークから言葉にならない感情が溢れてきた。
――守りたいものがあったのだ
「そう。あなたには守りたいものがあったのね」
――だが守れなかった
守りたかった。大切なそれを守りたかった。なのに。
――それがなんだったのかさえ思い出せない
それは悲しい感情だった。守りたいと、あんなにも強く願っていたはずなのに。
悔恨、懺悔、羞恥、自責、堂々巡りのように負の感情がぐるぐると回っている。今さら取り戻せない。何もかもが手遅れだ。
――守りたい、守りたかった、この命に代えても、守りたかった、守りたい、守りたい、守りたい
純粋な思いだけが膨れ上がっていく。それは眩いくらいで、リーゼロッテの心の奥を刺激する。
「今からでも遅くはないわ。思い出せないのなら、新しく探しましょう? あなたが守りたいと思える守るべきものを」
リーゼロッテの言葉に、カークの思いが揺れる。
「でもきっとここでは見つからないわ。このまま邪魔者扱いされて、ふてくされていてもつらいだけでしょう?」
リーゼロッテはカークの握りしめたこぶしに手を伸ばした。触れることはできないとわかっていたが、包み込むように手を置いてみる。
「わかるわ。意地を通して引っ込みがつかなくなることって誰にでもあるもの。でも、カーク。あなたはもう自分を許してあげてもいいと思うの。だから、ここから動いてみない? あなたの求めるものがみつかるかもしれないわ」
カークの握られたこぶしがぴくりと動いた。それはゆっくりとほどけて、リーゼロッテの小さな手のひらと重なった。
「行きましょう。とりあえず、ここではないどこかへ」
リーゼロッテが歩き出すと、カークもその後を追ってゆっくりと動き出した。活気に満ちていた通りが、波が引くように静寂へと変わっていく。
「り、リーゼロッテ様……?」
後ろで一部始終を見ていたマテアスが、信じられないものを見るように目を見開いた。見開いた目は相変わらずの糸目であったが。
「カークはここから動いてくれるそうよ。ちょっと意固地になってふてくされていただけみたい」
周りにいた者たちの顎が外れんばかりに開く中、リーゼロッテはにっこりとマテアスを振り返った。なんてことはないようにリーゼロッテが言うと、カークは気恥ずかしそうに頬をポリポリとかいた。
「そろそろ戻りましょう」
マテアスの先導のもと、リーゼロッテは歩き出した。その後ろにカークが着いていく。話が終わったエラが途中で合流したが、驚愕で固まっている周りの様子に眉をひそめた。
「お嬢様、何かあったのでしょうか? 周りの様子がおかしいような……」
カークが見えないエラに理由を話せるはずもなく、「そうね、何かあったのかしら?」とリーゼロッテは曖昧に頷いた。
「ははは、本当に何があったのでしょうねぇ」
マテアスの乾いた笑いに、エラはますます眉をひそめた。




