24-6
そうこうしているうちに、先ほどの仁王立ちしている大男の場所までやってきた。
男は身じろぎもせず、じっと一点を睨みつけるように凝視している。その視点の先に立っていたら、きっと身の竦む思いをすることだろう。両の手はきつくこぶしが握られており、何かに耐えているようにも見えた。
しかし、リーゼロッテは首をかしげた。男の形相は恐ろしく感じるが、纏う気配が不可思議に感じる。気配と言うより心持ちと言った方が良いだろうか?
リーゼロッテは王城での異形の騒ぎの一件から、異形に対して敏感になった。油断すると異形の思いの塊のようなものが、頭の中に流れ込んでくるのだ。
その大概は、助けを求めるような懇願の声だったが、今ここで立ち尽くす異形からはそういった思いは感じられなかった。
男から流れてくるのは、リーゼロッテ自身も覚えのあるようなそんな身近な感情だった。そう、例えて言うなら――。
(まるでふてくされているよう)
なんといえばいいのだろう。子供の頃に覚えのあるような感覚だ。親に叱られ、押し入れにこもったときにこんな感じにならなかっただろうか?
リーゼロッテは首をかしげた。
(そうね。意固地になって閉じこもって、もう出ていきたいけど、でも恥ずかしくて素直になれない……。まるでそんな感じだわ)
リーゼロッテはじっと男を観察するように見つめた。よく見ると馬車の轍の跡は男を避けるように左右に引かれている。使用人たちはその男に注意を払うこともなく、ただ置いてあるオブジェのごとく扱っているようだった。
「あれは邪魔ではないのかしら?」
「すこぶる邪魔ですねぇ」
独り言のようにつぶやいたリーゼロッテに、マテアスがしみじみ返した。
「あれは不動のカークと言って、何百年もあそこでずっと立っているのですよ」
「何百年も!?」
思いのほか大きな声が出てしまい、リーゼロッテは慌てて周りをうかがった。先ほどまで隣にいたエラは、少し離れたところで調理場の使用人と思われる者と話し込んでいる。
マテアスとの会話は聞こえてはいないようだ。ほっと息をつき、リーゼロッテはマテアスに向き直った。
「浄化しようとは思わないの?」
「それがカークはなかなかやっかいでして。昔は何度も祓おうとしたらしいのですが、頑として浄化されないのです。たまに腕に覚えのあるものが挑戦するのがお約束になっていますが、今ではすっかり放置状態なのですよ。基本、立っているだけで害はない異形ですし」
すこぶる邪魔ですがねぇ、とマテアスは糸目でカークを見やった。
「ヴァルト様でも祓えないのかしら?」
「そうですねぇ。主は子供の頃からカークに興味なさげでしたし、必要ないと思ったことには指一本動かしませんから。できてもやらない、と言ったところでしょうか」
確かに無駄を嫌うジークヴァルトが、いたずらに腕試しのようなことはしなさそうだ。マテアスは誰よりもジークヴァルトの性格を知り尽くしているのだろう。リーゼロッテはなるほどと頷いた。
(ヴァルト様の破天荒ぶりに困ったときはマテアスに相談するのがいいかしら)
「ですが主は、リーゼロッテ様が可愛くお願いなさったら、意気揚々と祓ってみせますよ」
「え? いいえ、そのようなことはないはずだわ」
ジークヴァルトに自分の希望が、今までどれだけ聞き届けられただろうか? やはりマテアスは当てにならないとリーゼロッテはふるふると首を振った。
「カークと話はできるのかしら……?」
王城で会った鎧の大公を思い出して、リーゼロッテはつぶやいた。あれだけはっきりした形をとっている異形なら、カークとも話せるかもしれない。
「いいえ、カークは立ち尽くすだけの異形です。押しても引いても全くの無反応なのですよ」
「まあ、そうなのね。……少し近づいてみてもいいかしら?」
「はい、今は馬車が通る時間でもありませんので大丈夫ですよ。ただしお力だけはお使いにならないでくださいね」
主に叱られてしまいますので、とマテアスはウィンクらしきものをした。糸目のマテアスは、もともと目が開いているかもわからない。あれできちんと見えているようだから驚きだ。
そんなことを思いながら、リーゼロッテは不動のカークに近づいて、その正面に立った。




