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リーゼロッテが初めてカークに会ったのは、公爵領に来て数日後のことだった。
その日リーゼロッテはエラと共に屋敷内をマテアスに案内されていた。公爵家の屋敷は城のような造りで、長い歴史とともに改増築されているためか、かなり複雑に入り組んでいる。
フーゲンベルク家は庭の敷地を含めると広大な土地で、王都にこれだけ大きな屋敷を持つのは公爵家ならではと言えた。
マテアスに連れられ屋敷の廊下を歩いていると、廊下の窓からふとにぎやかな開けた庭が見えた。使用人が大勢行きかい、遠目からも活気ある様子がうかがえた。
庭と言っても広い道が真ん中を通っており、馬車の車輪の跡がいくつも残されている。恐らく物資や資材を搬入するための裏通りなのだろう。
「ねえエラ、見て。あの方は何をされているのかしら?」
リーゼロッテの視線の先には、広い馬車道のど真ん中で大男が突っ立っていた。あんな場所で立っていては危ないのではないだろうか?
「あの方とはどの方でしょう?」
エラはリーゼロッテの視線の先を見た。しかし特にそれらしき人物は見当たらない。使用人たちが忙しそうに行きかっているのが目に入るだけである。
「ほら、あの道の真ん中で立っている……」
そこまで言ってリーゼロッテは言葉を止めた。あんなに目立つ人物にエラが気づかないとは思えない。しかしエラに見えないというのなら――。
「い、いいえ、何でもないの。わたくしの気のせいだったみたい」
よく見ると、周りを行きかう使用人たちは、その男を避けて通ってはいるものの、その存在を全く気に留めていない様子だった。
そばで鬼ごっこをしていた子供たちが、男の元まで駆けてくる。子供たちは笑いながら追いかけ合い、大男の周りをぐるりと回ってまた遠くに走っていった。
(あれも異形の者なんだわ)
リーゼロッテは緑の瞳を見開いて小さな口をきゅっと結んだ。
「お気になられますか?」
マテアスがエラに聞こえないように囁き声で聞いてくる。
「え、ええ。でも……」
エラがいる前で異形の話をすることはできなかった。大好きなエラに頭がおかしいと思われるのは悲しすぎる。
「少しあちらへ行ってみましょうか。みなも未来の奥様にお目にかかりたいと思っていますから」
使用人との過度な接触を嫌う貴族は多いが、フーゲンベルク家は使用人との距離がものすごく近いようだった。ダーミッシュ家も和気あいあいとしてるが、主従の線引きははっきりしている。公爵家の方がよほどフランクな関係に感じられたが、リーゼロッテは日本の記憶があるため、そこのところはむしろウエルカムである。
「では行ってみようかしら」
三人は屋敷の裏口を通って、先ほどの馬車通りへとやってきた。通りはやはり活気に満ちていて、使用人の多さに驚かされる。
「こちらの敷地は使用人の居住区も兼ねておりますので、お見苦しいところもあるかと存じますがご容赦ください」
マテアスが説明しながら歩いていく。突然のリーゼロッテの登場に、使用人たちはみな驚いて礼を取り飛びあがらんばかりに感激した。
フーゲンベルク家は、異形が視える者の雇用を積極的に行ってきた。視える者が視えざる者の中で生活するには、奇異の視線を向けられ生きづらい面がある。
公爵家は雇用も安定しているし、何より視える者同士気兼ねはいらない。仲間意識が強くなるのも頷けるというものだ。親子代々仕える使用人も数多く、フーゲンベルク家はかなりの大所帯になっている。広い土地があるからこそできることだが、そこはちょっとした町の様相をしていた。
仕える主人はぶっきらぼうだが、使用人を身を挺して守ってくれるような人だ。大きな力を持ちながらも、奢ることなく真摯にみなのことを考えてくれている。
「旦那様をどうかよろしくお願いいたします」
リーゼロッテは公爵家の使用人たちから、何度もこの言葉をかけられた。そのたびにリーゼロッテは嫌な顔一つせず、淑女の笑みを返し続けた。
「ヴァルト様はみなにとても慕われているのね」
「意外でしたか?」
リーゼロッテの言葉にマテアスは静かに口元をほころばせた。ジークヴァルトはあれでいて面倒見がいい。みなの声に耳を傾け、力になることを惜しまない。
(まあ、リーゼロッテ様に人気を取られるのも時間の問題そうですが)
リーゼロッテの纏う力はとても神聖で、視える者には恐れ多く感じてしまう。そんな彼女の微笑みに、使用人たちはみな一発でノックアウトされていた。




