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「それにしても、リーゼロッテ様は異形の者に大人気ですねぇ」
マテアスが感心した口調でリーゼロッテが座るソファの横を糸目で見やった。つられてリーゼロッテもそちらに視線を向けると、そこにはドロドロでデロデロの異形の塊がうそうそとうごめいていた。
誕生日を迎えてから異形の見え方も変わってきた。より鮮明に、よりリアルに。ドロデロ系はもはやスプラッタだ。
「ふおっ」
異形は一定の距離を保っていたが、目が合うとじりじりとリーゼロッテににじり寄ってくる。リーゼロッテは王城でいつもそうしていたように、反射的に隣のジークヴァルトにしがみついた。
「おお、小鬼もたまにはいい仕事しますねぇ」
マテアスが先ほどエマニュエルが淹れた紅茶をジークヴァルトの前に置きながら、のんきな声で言った。冷めた紅茶はジークヴァルトの飲み頃だ。
浄化ができないリーゼロッテは小鬼の格好の餌食だった。漏れ出ている力に惹かれるのか、特に形の取れない力の弱い異形――要はドロデロ系がリーゼロッテの周りには集まりやすかった。
リーゼロッテは異形のグロさにおののきつつ、ジークヴァルトのシャツをくしゃりと掴んだ。
ジークヴァルトはリーゼロッテの手首を掴んで自分のシャツから引きはがした。次に脇に手を差し入れたかと思うと、そのままリーゼロッテをひょいと持ち上げ、自分が背もたれになるようにリーゼロッテを膝の上に座らせて、両腕で囲むように抱えなおす。
「じ、ジークヴァルト様!?」
リーゼロッテの動揺をスルーして、ジークヴァルトはリーゼロッテの両手をまとめて自身の手で包み込んだ。
「感じていろ」
耳元でそう言うとジークヴァルトはリーゼロッテの手の中に彼女の力を集めていく。緑色の濃厚な力を手の内に感じる。それは急速に集まってきゅうぅっと小さな塊となった。
「あ……」
リーゼロッテの小さな声と共にその力は解放された。
目の前の異形の者に向かって放たれた力は、そのドロドロの体を一瞬で包み込んでいく。異形の崩れた体はキラキラと光る粒子になって柔らかく溶けてふわりと消えた。
「おお、なんと素晴らしい。こんなに穏やかな浄化は初めて見ます」
マテアスがパチパチと手をたたいた。リーゼロッテはぽかんとした様子で異形が消えた場所を見つめていた。
その油断が命取りだった。リーゼロッテは次の瞬間、無防備な口の中にクッキーを詰め込まれた。
「むぐっ」
最近のリーゼロッテは淑女にあるまじき声を上げてばかりいる。マナー教師のロッテンマイヤーさんに知れたらただでは済まないかもしれない。涙目で咳込みながら、リーゼロッテは振り返りジークヴァルトの顔を見上げた。
「ヴァルト様、お願いですから突然クッキーを差し入れるはやめてください」
「そうですよ、旦那様。そこはあーんとやってさしあげないと」
マテアスがお手本のように自分の口をあーんとさせた。それを見たジークヴァルトはしばらく動きを止めた後、おもむろにテーブルの上のクッキーを一つ摘み上げた。
「あーん」
感情のこもらない平坦な声でリーゼロッテの口元にクッキーを差し出してくる。それも完全な無表情でだ。
「なっ」
膝の上で抱えられていてはリーゼロッテに逃げ場もない。狼狽しているすきに、結局クッキーは口に押し込まれた。
今度はむせはしなかったが、上がる血糖値とは裏腹にリーゼロッテの精神はガリガリと削られていくのであった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。やさしく迎え入れられた公爵家での生活は平和そのもの。使用人たちに淑女の笑みを返しつつ、少しずつ馴染んできたみたい。そんな中、不思議な異形の者に出会ったわたしは、とりあえず話しかけることにして!?
次回、第24話「不動のカーク」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!




