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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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22-5

 そんな会話をしているうちに、護衛のひとりが前に出る。


「それでは手合わせを始めさせていただきます。ルールとしましては、ルカ様が公爵様に(ひと)太刀(たち)でも入れられたらルカ様の勝ち。ルカ様が剣を取り落とした場合、公爵様の勝ちということでよろしいでしょうか」


 護衛の言葉にルカとジークヴァルトの双方が頷いた。


「青龍の名にかけて、正々堂々とお戦いください。では、試合開始!」


 護衛の言葉に、お互いに剣を構える。しばらくの間、双方動かずにらみ合いの状態が続いた。

 先に動いたのはルカだった。


 剣を低く構え、ジークヴァルトへと間合いを詰める。背が小さい者は間合いが遠いと不利になる。ルカが勝利するには、ジークヴァルトの懐に飛び込むほかはない。

 脇を狙った一撃は、あっさりジークヴァルトのひと薙ぎで払われた。重い斬撃にルカは体勢を崩しながらも真横に飛びのく。


 一旦体勢を整えるかに見せかけて、ルカは飛びのいた足で間髪おかずに地を蹴りジークヴァルトの背後を取った。地面すれすれまで体を落とし、斜め下から一気に剣を突き上げた。

 それをジークヴァルトは表情一つ変えずにひらりとかわし、無駄のない剣筋でルカの手元に狙いを定める。

 寸でのところでジークヴァルトの剣を受けたルカは、その重みでしりもちをついた。そこを狙うように迫った剣先をよけ、ルカは馬車道をごろごろと転がるように距離を取った。


 剣での打ち合いが長引くと、体力のないルカに勝ち目はない。もとより勝てる相手ではなかったが、ルカは初めから負ける気で勝負を挑んだつもりは毛頭なかった。

 勝機があるとしたら相手が子供だと自分を侮っている間だけだ。


(次で勝負をつける……!)


 ルカは迷うことなくジークヴァルトに向かって走り出した。

 ガタイの大きい者ほど小回りがきかない。ルカは細かく動きながら、ジークヴァルトの隙をうかがった。


 ルカの剣術の師匠は老齢だったが、現役時代は勇猛(ゆうもう)果敢(かかん)な戦歴を持つ剣豪であった。その師匠直伝の戦術がルカの必勝の(かなめ)だ。

 師匠以外に本気で仕掛けるのは初めてだったが、ジークヴァルト相手ならば遠慮はかけらもいらないだろう。


 ルカは渾身(こんしん)の力をもって、ジークヴァルトにその剣を繰り出した。

 ジークヴァルトはそれを容易に避け、よろけて隙のできたルカに剣を向ける。それこそがルカの狙いだった。

 はじめの一撃はフェイクだった。よろけたのも見せかけで、相手が勝利を確信し手を緩めたところを返り討つ。


 次の瞬間、がしゃんと音を立て、剣を取り落としたのはルカだった。

 ルカの作戦は完璧だった。神経が研ぎ澄まされ、稽古の時以上に体が俊敏に反応していた。隙をついたように降ろされたジークヴァルトの剣をよけ、ルカは万全の態勢でその空を切った相手の手元に一太刀入れるはずだった。


 しかしそれを見越したように、ジークヴァルトはルカの渾身の一撃をあっさりとはじき飛ばした。

 勝負はまさに一瞬だった。

 剣を飛ばされたルカは衝撃で地に倒れ、しびれた手首を反対の手でかばうように握りこんだ。


(――完敗だ)


 自分の手の内などジークヴァルトにはお見通しのようだった。さすがとしか言いようがない。おかげで不安も迷いもきれいさっぱりなくなった。


「完敗です。子供だからといって手を抜かず、手合わせしてくださりありがとうございました」


 ルカは跪いて騎士の礼を取る。騎士の礼には立ったまま胸に手を当てる簡略的な方法と、膝をついて忠誠を示す方法の二通りがあった。


「なかなかいい手合わせだった」

 そう言ってジークヴァルトが立ち上がるよう促すと、ルカは素直に立ち上がった。


 以前からルカは、ジークヴァルトの噂を聞くたびに不安を募らせていた。ジークヴァルトが大切な義姉(あね)を任せるに足る人物なのか、自分のこの目で確かめたいと思っていたのだ。


「未熟な身であなたを試すような真似をして申し訳ありませんでした」


 真剣な面持(おもも)ちでジークヴァルトを見上げながらルカは言葉を続けた。


「血のつながりはなくとも、わたしたちにとって義姉は大切な家族です。ジークヴァルト様、これからも、どうか、義姉をよろしくお願いいたします」


 今度は貴族の礼をとって、ルカは深々と頭を下げた。


 ジークヴァルトは「ああ」と言ってルカのその頭に手を乗せようとし、一瞬迷ってからその手をルカの目の前に差し出した。顔を上げたルカは、満面の笑顔を向けてジークヴァルトのその手を取った。

 ふたりはがっちりと握手を交わし、通じ合ったようにどちらからともなく頷きあう。ルカの表情に先ほどのような敵愾心(てきがいしん)はかけらもなく、そこにあるのは純然たる信頼だった。


 公爵に立てつくなどとルカらしからぬ行動に驚いていた一同は、ふたりが握手する姿に安堵に息を漏らした。

 ふたりの会話は周りの人間の耳には届かなかったが、丸く収まった様子に場の雰囲気は再び穏やかなものとなった。

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