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馬上は想像以上に視界が高く、リーゼロッテは思わず身をすくませた。馬が進むとリーゼロッテの横向きの体がジークヴァルトの胸に押し付けられて、その頬が騎士服の胸に当たる。
騎士服からふわりとたった香りに、リーゼロッテの鼓動がどきりと跳ねた。
(ヴァルト様の匂いだ……)
整髪料なのか衣類の洗剤の残り香なのか、ジークヴァルトからいつも感じていたその香りに、王城で過ごした日々が急速に脳裏によみがえる。
つい半月前の話なのに、ほぼ毎日ジークヴァルトと一緒にいたことを思い出したリーゼロッテは、無性に懐かしさと気恥ずかしさを覚えた。
手綱を握るジークヴァルトの腕に挟まれるように座っていたが、馬が進むたびに上下に揺れるので、リーゼロッテは落ちたらと思うと急に怖くなった。ジークヴァルトの騎士服をつかむ手に、知らず力が入る。
それに気づいたジークヴァルトは、片腕をリーゼロッテの腰に回した。引き寄せるように腕に力を入れると、ジークヴァルトは足を蹴って馬を走らせた。
軽やかに走る馬は全力疾走には程遠かったが、リーゼロッテにしてみれば初めての体験だ。ジークヴァルトの腕のおかげで安定感は増したが、やはり上下に揺れる馬上が怖く感じられた。
「力を抜いて馬の動きに合わせてみろ。怖かったらしがみついていればいい」
ペンダントの守り石が、リーゼロッテの顔の前で踊るように跳ねている。何を思ったのか、ジークヴァルトは手綱を手にしたまま、跳ねる守り石を器用につかみとった。
「ふぎゃ」
リーゼロッテの口から淑女にあるまじき声が出る。こともあろうにジークヴァルトは、コルセットでできたささやかな胸の谷間に、守り石をその指で押し込んだのだ。
(ななななんてことするのよ!)
しかも守り石が押し込まれたのは、リーゼロッテの龍のあざがある場所だった。馬が揺れるたびに、胸の間で石も揺れる。守り石があざに触れるたびにリーゼロッテは、ジークヴァルトがあざに触れたときと同じような熱を体に感じた。
「ふ、ゃ」
切なそうに息を弾ませて、リーゼロッテはジークヴァルトの背に手を回した。
ぎゅっとしがみついたリーゼロッテが、ジークヴァルトの胸にその頭をぐりぐりと押し付ける。その行動に驚いたジークヴァルトは、あわてて馬の速度を落としてその足を止めさせた。
「怖かったのか?」
めずらしく動揺したような声でジークヴァルトが問うと、リーゼロッテはしがみついたまま涙目でジークヴァルトを見上げた。
「いいえ、そうではないのですが、石が……」
肌に触れて熱いのだ、とは言えず、リーゼロッテは上気した顔をジークヴァルトの胸に再びうずめ、切なそうにすり寄った。
「おい」
普段と違うリーゼロッテの行動に、ジークヴァルトは困惑した。リーゼロッテが頭を押し付けるたびに、ジークヴァルトの体も熱を帯び、みぞおちを中心に耐えがたく熱が広がった。
ジークヴァルトはリーゼロッテに触れるたびに、それなりに熱を感じてはいたが、ここまで強く感じることはなかった。リーゼロッテがそこを刺激するたびに全身が熱を帯び、ジークヴァルトはいつになく動揺した。
慌ててリーゼロッテの肩をつかんで体から離すと、ジークヴァルトは馬から降り、次にくったりしているリーゼロッテを抱えて馬上から降ろした。




