第21話 あまい果実
白馬にまたがり黒い騎士服をまとったジークヴァルトは『白馬の王子様』には程遠く、『白馬の魔王様』と形容したほうが良い雰囲気を纏っていた。
近くにいたダーミッシュ領の護衛たちは、年下であるはずのジークヴァルトの青い瞳に睨まれて、明らかに気押されている。
ジークヴァルトは馬から降りると、その手綱をアデライーデに手渡した。
「職務放棄? しかもいきなり来るなんて」
騎士服を着ているところを見ると、本来なら王城で王太子の警護に当たっているはずだろう。アデライーデはあきれたようにジークヴァルトに言った。
「夜勤明けだ。こちらには先ぶれも出してある」
ジークヴァルトはアデライーデにそう返すと、フーゴに向かって「楽しんでいるところ失礼する」と胸に手を当て騎士の礼を取った。
「ジークヴァルト様、お待ちしておりました」
フーゴがニコニコしながらジークヴァルトに声をかけると、リーゼロッテは驚くように義父をみやった。
「お義父様はジークヴァルト様がいらっしゃることをご存じだったのですか?」
「ああ、リーゼに届いた手紙と一緒に、こちらにいらっしゃると先ぶれをいただいてね。リーゼを驚かそうと思って黙っていたんだ」
そう言ってウィンクをしたフーゴの横で、クリスタもニコニコと楽しそうな笑顔をしている。
(まあ、お義母様もご存じだったのね)
リーゼロッテは、ジークヴァルトに挨拶もしてないことに気づき、淑女の礼を取ろうとしたが、その前にジークヴァルトに声をかけられた。
「馬には乗ったか?」
無表情のジークヴァルトに不意に問われたリーゼロッテは訝し気に返事をした。
「いいえ、こちらには馬車で参りました」
(自分で馬に乗るなって言ったんじゃない)
ジークヴァルトの言うことなすこと、その大概がリーゼロッテの理解の範疇を超えている。毎日手紙のやり取りをしていたとはいえ、半月ぶりに婚約者に会ったのだ。もっとこう、他に言うことはないのだろうか。
「そうか」とリーゼロッテから視線を外したジークヴァルトは、フーゴに向き直った。
「少し借りていく」
そう言ったかと思うと、リーゼロッテはジークヴァルトに強く腕を引かれ、視界が目まぐるしく動いた。気づいたらもう馬の背に横向きに乗せられており、その後ろにひらりとジークヴァルトがまたがった。
「行くぞ」
そうとだけ言って、ジークヴァルトは足で合図をし馬を歩かせ始めた。




