20-5
◇
翌朝、ピクニックに行く準備が整って、家族でエントランスのホールに集まっていた。まだ午前中、早い時間だ。
義父のフーゴとルカ、アデライーデは馬で、リーゼロッテ・義母のクリスタ、エラの女性陣は馬車で移動することになっていた。行先は、屋敷からほど近い丘で、今の時期は花が見ごろらしくその場所が選ばれた。
「リーゼロッテはわたしの馬で行く?」
騎士服のアデライーデにそう言われ、リーゼロッテは瞳を輝かせた。
「はい! ……ですが念のため、馬が乗せてくれるか確かめてみてもよろしいですか?」
乗馬に関しては、家長のフーゴからは許可を取ってあった。フーゲンベルク領の馬はやはり有名らしく、アデライーデなら馬の扱いは間違いないだろうとフーゴは快く許可してくれた。
アデライーデの愛馬は、葦毛の優しい瞳をした馬だった。
「後ろから近づいたりはしないでね。馬は視野が広いけど、真後ろは死角で蹴られることもあるから」
手綱を持ったアデライーデにそう言われ、リーゼロッテは斜め前方からゆっくりと馬に近づいた。馬が興奮する様子はなかったが、リーゼロッテは緊張していた。
その大きな顔にそうっと手を差し伸べる。馬はリーゼロッテの手のにおいをかいだ後、そっとその頬をすり寄せた。リーゼロッテは反応を見ながら馬の頬をそっとなでた。
「アデライーデ様、触らせてくれましたわ」
花が開いたように笑顔を見せるリーゼロッテに、アデライーデも自然と笑顔になる。
「大丈夫そうだからこの馬に乗っていく?」
アデライーデの提案に、リーゼロッテは二つ返事で頷いた。
アデライーデがリーゼロッテを馬の背に乗せようとした正にそのとき、屋敷の中から慌てたように家令のダニエルがやってきた。
「リーゼロッテお嬢様、公爵様からお手紙が届いております」
夕べ出した追加の手紙の返事だろうか。ルーチンの手紙の返事は昨日のうちに届けられていた。
(そんなに急ぐことないのに。どうせまた『承知した』としか書いてないのだろうし)
日程が決まる前にピクニックに行くだろうことは既に報告済みだった。だから、リーゼロッテはそんなふうに思ったのだが、開いた手紙には、思ってもみないことが書かれていた。
『馬には乗るな。絶対にだ』
それだけだった。いつも以上に簡素な手紙で、しかもあわてて書きなぐったかのような印象を受けた。
「何てよこしてきたの?」
リーゼロッテが微妙な顔をしていたからだろう。アデライーデが怪訝な顔で手紙をのぞき込んだ。
「……まったく」
アデライーデはあきれたように言うと、「仕方ないわね、リーゼロッテは馬車でいきましょう」と気を取り直したように続けた。
リーゼロッテは「はい」と返事をして、しゅんとしたまま馬車へと向かう。
(何かあったら困るのはわかるけど……。守り石だってこうしてつけているし、アデライーデ様だっていらっしゃるのに)
やはりジークヴァルトはよくわからない男だと、心の中でため息をついた。
それでも馬車での移動は楽しかった。
リーゼロッテの隣に義母親のクリスタが座り、向かいにはエラとクリスタ付きの年配の侍女が笑顔で座っていた。
窓の外を見ると、義父のフーゴと義弟のルカが、競うように馬を走らせている。その後ろを、馬にまたがる騎士服のアデライーデと、ダーミッシュ家の護衛数人が追いかけていた。
窓から見えるのどかな田園風景は、陽の光でキラキラと輝いて見えた。
「まあ、お義母様、見てくださいませ。あちらに綺麗な花畑が……!」
瞳を輝かせて馬車の窓から外を眺めるリーゼロッテを、クリスタはうれしそうに見つめている。




