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リーゼロッテの部屋に着くと、エラが紅茶とお菓子を用意して待っていた。
「ここはいいから、エラもみなと一緒にあちらで食べてくるといいわ。せっかくヴァルト様が贈ってくださったのだし」
「ありがとうございます、お嬢様。お言葉に甘えさせていただきます。何かありましたらすぐお呼びください」
アデライーデとふたりきりで話したいのだろうと思い、エラはすぐ使用人たちの部屋へと下がっていった。
ジークヴァルトは、屋敷のみなの分もお菓子を用意してくれていた。男性陣には酒なども届けられていたようだった。
(使用人にまで気を遣っているなんて。これはマテアスの入れ知恵ね)
マテアスとはジークヴァルトの侍従のことだ。
あのジークヴァルトがこれだけリーゼロッテに執着を見せているのだ。きっと今頃、公爵家では上を下への大騒ぎになっていることだろう。知らず、アデライーデは口元に笑みが浮かべた。
その目の前で、ジークヴァルトのお菓子をひとくち食べたリーゼロッテの顔が、へにゃりとほころんだ。瞳を閉じたまま頬に手をあてて、うっとりとその菓子の味を堪能しているようである。
(なるほど。ヴァルトはこれを見たかったのね)
ここにジークヴァルトはいないので、まじまじとリーゼロッテの顔を見つめながら、アデライーデはざまぁな気分を楽しんでいた。
「アデライーデ様。こちらのショコラはくちどけがよくて、もうとろけそうですわ」
見ている方がとろけそうな表情を向けたリーゼロッテに、「ほんと、食べちゃいたいわね」とアデライーデはぽそりと返した。
「はいっ、ぜひお召し上がりくださいませ」
満面の笑みで菓子をすすめてくるリーゼロッテに、「くっ、かわいすぎるわ」とアデライーデはめまいを覚えて額に手を当てた。
ジークヴァルトの前でもこうなのだろうか。それでなくとも、託宣の相手同士は惹かれ合うという。特に男側の執着はひどいと聞く。自分の両親を見ても、それは疑いようのないことだった。
無防備なリーゼロッテの前で弟の自制心はきちんと機能するのか、心配になってきたアデライーデだった。
「そうですわ、お姉様」
ひとしきり菓子を堪能した後、リーゼロッテは思い出したように脇に置いてあった平たい大き目の箱を取り出した。
「ジークヴァルト様にいただいた物の中にこれがあったのですが、チェストの奥にしまわれていて誰も気づかなかったようなのです」
そう言いながら、リーゼロッテはその箱の蓋を開けた。
中には、ジークヴァルトの子供の頃の肖像画が入っていた。
馬の手綱を持ったジークヴァルトが不機嫌そうにこちらを振り返っている。その後ろにいる黒い馬は、対極的に優しい表情でジークヴァルトを見下ろしていた。
「まあ、これ黒影号ね」
アデライーデが懐かしそうにそう言うと、この青毛の馬は子供の頃ジークヴァルトが一番にかわいがっていた馬だったとリーゼロッテに説明した。
「この馬はもういないのですか?」
過去形なのが気になってリーゼロッテが問うと、アデライーデは「ええ、もう随分前に……」と、さびしそうに頷いた。
肖像画とは、往々にして本人よりも美化されて描かれるものなので、知らない人が見たらもっとましな絵はなかったのかと言うかもしれない。
しかし、普段のジークヴァルトを知る人間からすると、この肖像画は、日常を切り取ったとてもやさしい絵に思えた。




