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「十五歳のお祝いに、リーゼは何か欲しいものはあるかい?」
家族で夕食を囲みながら、フーゴにそう尋ねられたリーゼロッテは考え込んだ。
リーゼロッテが王城から帰ってきた後、家族と一緒に食卓を囲めるようになった。今思えば、異形の者が悪さをして、食卓の皿が飛んだりしていたのだ。
視えていたら何かがかわっていただろうか? いや、力が扱えない以上、視えなくてよかったのだと、前向きに考えることにした。
こんなふうに家族で食事ができる日が来るとは思っていなかったリーゼロッテは、これ以上欲しいものなど望んだら罰が当たりそうだと思った。
「欲しいもの、でございますか……。わたくしもう十分すぎるほど、いろんなものをいただいておりますわ」
考えてみたが、思いつかない。
大好きな家族に囲まれて、こうやって食卓を囲み、素敵な部屋で過ごすこともできている。転ばないし、何も壊れない毎日だ。満たされすぎて、怖いくらいだ。
「そうは言っても、成人のお祝いだよ?」
フーゴに悲しそうに言われ、リーゼロッテは慌てたように言った。
「そのお気持ちだけで、わたくし十分しあわせですわ」
「でも、わたくしも何かリーゼに贈ってあげたいわ。社交界デビューのドレスは公爵様が用意してくださると言うし……」
クリスタもさみしそうにため息をついた。
「え? デビューのドレスを? 弟がそんなことを言ったのですか?」
同席していたアデライーデが驚いたように言った。
「ええ、とてもリーゼを大切にしていてだけてうれしい限りですわ」
淑女の笑みでこたえたクリスタだったが、そこには明らかに落胆の色があった。
(あんの甲斐性なしがっ)
ここにジークヴァルトがいたら、殴り飛ばしていたかもしれないとアデライーデは本気で思った。
「クリスタ様。どうか社交界デビューのための準備は、ダーミッシュ家でお願いできませんか? こんな直前に申し上げて心苦しいのですが、弟にはわたしから言っておきますので」
「ですが……」
フーゴが困ったように言った。
「では、費用は弟に負担させます。そうすれば公爵家としての面子も保たれますし。それに、クリスタ様もリーゼロッテ嬢とドレス選びをなさりたいでしょう?」
アデライーデの言葉に、クリスタは水色の瞳を輝かせた。アデライーデの言うように、本当はリーゼロッテのためにいろいろと社交界デビューの準備をしたかったのだ。だが、公爵の申し出を断ることなどできずに、泣く泣くあきらめて今日にいたる。
クリスタは伺うようにフーゴを見つめた。
「そのお申し出は、わたしたちとしてはうれしい限りです。ジークヴァルト様の許可がいただけるのであれば、喜んでそうさせていただきます」
フーゴの返事にアデライーデは満面の笑みで頷いた。
「わたしにまかせてください。ジークヴァルトには否とは言わせません。こちらこそ、そんなことになっているとは知らず、ご迷惑をおかけしました」
頭を下げるアデライーデに、フーゴとクリスタは慌てたように言った。
「そんな恐れ多い。頭をお上げください」
アデライーデは、自分の社交界デビューのときにドレスの生地や色、デザインなど、母親と一緒になってああでもないこうでもないと準備を進めたことを思い出していた。
あの頃は未来が希望に満ちていて、幸せが何かなどと考えもしなかった。ただ、当たり前のように、昨日と変わりのない明日がやってくるのだとそう信じて疑わなかった。
無欲なリーゼロッテにも、そんな幸せな記憶を少しでも多く作ってほしい。それがただの自分の自己満足だったとしても。
「リーゼロッテもそれでいいわよね?」
「ありがとうございます、アデライーデお姉様」
アデライーデに聞かれ、リーゼロッテはフーゴとクリスタの気持ちまで思い至ってなかったことに気がついた。自分はなんて幸せ者なのかと、リーゼロッテはじんと胸が熱くなる。
「わたしも義姉上のために何かしてさしあげたいです」
それまで黙っていたルカが、やはりさみしそうに言った。
ルカは貴族として自分の立場はわきまえているつもりだったが、公爵の存在は大きすぎて、大好きな姉を取られてしまうのが悔しかったのだ。
ルカのつらそうな顔を見て、リーゼロッテはいいことを思いついた。
「それでしたらわたくし、みなでピクニックに行きたいですわ」
「ピクニック?」
「お天気のいい日にお出かけして、みなで外でお弁当を食べるのですわ」
この国ではピクニックに行くのは平民くらいで、貴族にその習慣はなかったが、屋敷からほとんど出たことがないリーゼロッテは、家族とゆっくりした時間を過ごしてみたかった。
「ルカはみなの護衛をお願いね?」
リーゼロッテがそう言うと、ルカは「はい、義姉上」とうれしそうに頷いた。最近、剣術を習っているルカは、密かに騎士にあこがれているのだ。
「リーゼロッテが望むなら、ぜひみなで行こう」
フーゴは頷きながら、物をねだらないところがリーゼロッテらしいと苦笑した。
社交界デビューは、リーゼロッテのためにできること全てをやってあげたいと、ダーミッシュ夫妻は心から思ったのであった。




