第19話 無知なる者
アデライーデは、つくづくこのダーミッシュ家はおもしろいと思っていた。
当主であるダーミッシュ伯爵はもちろんのこと、伯爵夫人のクリスタと息子のルカが無知なる者であることは知っていた。王の勅命がくだったときに渡された資料にあったからだ。
だが、家令のダニエルから、メイドや料理人、庭師、出入りしている商家の者まで、ありとあらゆる人間が無知なる者だったのだ。
無知なる者とは異形の者の干渉を受けない者たちのを指す。異形を視ることはできないが、異形もまた無知なる者に悪さは働けない。
(一体どうしたら、これだけの無知なる者を集められるのかしら?)
ジークヴァルトもこれには気づかなかったのではないだろうか。
リーゼロッテと接触を禁じられていた上、ダーミッシュ領は他の領地に比べて犯罪がほとんどない平和な土地だ。それなりに情報は集めていたようだが、そこに侮りはあっただろう。
(まったく使えない弟ね)
リーゼロッテと会話をしていると、ほとんどと言っていいほど、彼女は異形の者や龍の託宣に関する知識がないようだった。
アデライーデ自身は託宣を受けた身ではなかったが、フーゲンベルク家は長い歴史の中、繰り返し龍から託宣を賜わってきた。そしてアデライーデは、両親やジークヴァルトの抱える苦労を目の当たりにしながら育ってきた。
使用人でも託宣のことを承知している者は少なからずいるし、異形に対する知識も浄化の力も、誰に教わらなくとも自然と身につく環境だった。
リーゼロッテも本来なら、ラウエンシュタイン公爵家の令嬢として、同じような環境で育つはずだったろう。しかし、実際は無知なる者に囲まれ、世間と隔絶されてここまで来た。
報告書を見てアデライーデは、蝶よ花よと育てられた世間知らずで我が儘な令嬢を思い浮かべたが、リーゼロッテはジークヴァルトにはもったいないくらい、素直で可愛いらしい令嬢だった。
世間知らずなのには間違いないが、リーゼロッテには少ない情報で物事を理解する聡さがあった。妙に達観した、あきらめにも似た素直さが、アデライーデとしては気になるところでもあったのだが。
彼女の今までの環境がそうさせているのだろうか? リーゼロッテは最近まで、異形に憑かれ、不自由な生活を送っていたと聞く。
どちらにせよ、弟の不手際と言わざるを得ない。
わかっていて放置していた父と母にも思うところはあったが、託宣を終えた者たちは、龍の意思でその口をはさめないのだと聞いたことがあった。
アデライーデは、未来の義妹を一目で気に入った。ジークヴァルトにくれてやるには、もったいなさすぎる。
母の苦労を間近で見てきたがゆえに、これからリーゼロッテにふりかかるであろう災厄の数々を想像すると、アデライーデはでき得る限り力になってやりたいと、そう思っていた。
龍の託宣にまつわる忌まわしい出来事を、もう二度と引き起こしたくはない。自分も含め、ジークヴァルトも、父も母も、十分すぎるほどつらい目に合ってきた。
当事者たちは放り出すことも叶わないのだ。そう思うと、自分の身に起きたことは過ぎたこととして飲み込むしかない。
アデライーデはいつも通り自分にそう言い聞かせ、その隻眼をそっと伏せた。




