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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
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第5話 悪魔の令嬢

1話が長いので、分割する事にしました。

頻繁に更新するので、よかったらブクマしてください!

 ジークヴァルトは、目の前の光景が信じられなかった。いや、信じたくなかっただけかもしれない。


 小さな体に()()()()を山ほど背負って、そこに立っていたのは、いつか会った自身の婚約者だった。

 初めて会ったあの日も、小鬼がいくつか彼女にまとわりついていたが、父であるジークフリートが、それとなく追い払っていたのを覚えている。


 令嬢たちの間を縫って、ジークヴァルトは彼女の、リーゼロッテのもとにたどり着く。リーゼロッテの二の腕をいささか乱暴につかんだことにさえ、ジークヴァルトは気がつかなかった。


 無意識に、リーゼロッテにしがみついている異形の者を弾き飛ばすと、彼女は驚いたようにジークヴァルトの顔を見上げた。


「お前が、なぜ、ここにいる!?」


 自分でも間抜けな質問だと思ったが、それくらいしか言葉が出てこなかった。おおかた王妃の手違いで招待されたのだろう。

 いや、既婚者にも粉をかけていたくらいだ。確信犯かもしれないと、ジーグヴァルトはいまいましく思った。


 黙ったまま自分を見あげているリーゼロッテは、どこか呆けているようだった。無理もない。あれだけのものを、この細い身に背負っていたのだから。


 ジークヴァルトは、無言でリーゼロッテの膝裏をすくいあげ、軽々と抱き上げた。

 遠くから令嬢たちの歓喜の悲鳴と、すぐそばから非難じみた悲鳴があがった。当のリーゼロッテは、目は開いているが今だ放心状態で、大きな反応はない。


「リーゼロッテをどうなさるおつもりですか?」


 亜麻色の髪と水色の瞳をした令嬢が、タレ気味の目を精いっぱいつりあげて、ジークヴァルトをにらんでいた。


(ハインリヒのドストライクだな)

 たれ目の令嬢を見てそんなことを思ったなどとおくびにも出さず、「問題ない。ダーミッシュ嬢はわたしの婚約者だ」とジークヴァルトは告げると、リーゼロッテを抱えたまま、王太子のいる方向へ戻っていこうとする。


 令嬢たちがさっと道を開けるが、みな興味津々の視線を向けている。ジークヴァルトはこの状況を利用しない手はないと、内心ほくそ笑んだ。


「王太子殿下。わたしの婚約者であるダーミッシュ嬢の気分が優れないようです。退出の許可をいただきたいのですが」



 一瞬、目を見開いて、ハインリヒはゆっくりとうなずいた。

「わかった、許可する。わたしの応接室の使用を認めよう。そこで休ませてやれ」


 近くの近衛兵に医者の手配を命ずると、ハインリヒはその場を立ち上がった。


「みなの者、今日は庭で茶を楽しむには、いささか天気がよすぎるようだ。ここで茶会をお開きにすることを許してくれ」


 正午を過ぎ、だいぶ汗ばむ気温になっていた。それだけ言い残すと、ハインリヒは振り返りもしないで、来た道を足早に戻っていった。


 残されたジークヴァルトは、リーゼロッテを抱えたまま一同を振り返った。


「本日はわたしの婚約者が失礼した。少しばかり体が弱いゆえ、楽しい時間を終わらせたことを許してやってほしい」


 やけに、わたしの婚約者、という部分を強調したことに、ヤスミン以外の者は気がつかなかったのだが。


(あれは男どもへの牽制というより、女よけね?)

 ヤスミンの榛色(はしばみいろ)の瞳がキラリと光る。もしかしたら、王子殿下と恋仲であるという噂を、払拭(ふっしょく)したかったのかもしれない。


 フーゲンベルク公爵と言えばその地位のため、ハインリヒ王太子殿下に次いで、未婚の令嬢に人気が高い。怖くて近寄れない令嬢も多いが、公爵家と縁を持ちたい貴族は少なくないため、親の差し金で近づいてくる令嬢も多いときく。


 遠巻きに鑑賞する分にはジークヴァルトは見目麗しい風貌をしているので、密かにファンクラブがあるくらいだ。一部の熱狂的ファンに言わせると、あのストイックさがたまらないらしい。


(ストイックというより、腹黒ね)

 ふたりが婚約関係にあったとは知らなかったが、深窓の妖精姫はこれから大いに苦労しそうだと、同情を禁じえないヤスミンであった。


 踵を返してハインリヒの後を追おうとしたジークヴァルトを、アンネマリーが追いすがった。


「恐れながら公爵閣下、リーゼロッテはわたくしの大事な従妹にございます。どうかわたくしの同行をお許しください」


 一瞬、逡巡したあと、ジークヴァルトは「王子殿下の許可が取れ次第、控えの間に迎えをよこす」と言い残して、今度こそリーゼロッテを連れて行ってしまった。


 騒然とした雰囲気で、令嬢たちは控えの間に戻ってきた。思いのほか早く終わったお茶会に、待っていたお付きの侍女たちも慌てた様子で己の主人を迎え入れている。

 アンネマリーは、ここにいるはずの人物を探していた。


「アンネマリー様?」

 見知った声に振り向くと、そこにはやはりリーゼロッテの侍女であるエラ・エデラーが立っていた。茶色がかった赤毛に鳶色の瞳は昔のままだ。


「エラ、やっぱり同行はあなただったのね。クリスタ叔母さまはいらしてないと聞いたから」

「お久しぶりでございます。国にお戻りになられていたのですね。アンネマリー様、とてもお美しくなられて……」


 言いながら、若干目がさまよっているのは、リーゼロッテが見つからない不安からだろう。

 エラがリーゼロッテを、心から大事に思っていることは、子供心に感じていた。今もそれは変わらないのだろうと、アンネマリーはうれしくなる。


「エラ、落ち着いて聞いて? リーゼロッテは気分が悪くなって、公爵閣下が奥へお連れになったわ」


 エラの顔色がみるみる悪くなっていくのがわかる。あわててアンネマリーは言葉をつけ加えた。


「王子殿下が医師の手配を命じていたから、きっと大事はないわ。こちらに迎えが来るはずだから、エラもわたしと一緒に来てちょうだい」


 青ざめた顔でこくこくとうなずくエラは、今にも泣きだしそうだった。


 一瞬、リーゼロッテが公爵に抱き上げられたなどと言わなくてよかったと思ったが、噂話が広がるのはあっという間だ。ここでも、先ほどの出来事を、声高に話している令嬢がいる。


 アンネマリーは事の次第を、正直にエラに話すことにした。

 アンネマリーもいろいろと聞きたいことがあったが、今はリーゼロッテの無事を確かめることが先だ。ダーミッシュ一家の溺愛ぶりもきっと健在だろう。そう思うと、こんな時であったがアンネマリーは、知らず、口元を小さくほころばせた。

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