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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣

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番外編 君に決めた。

 グレーデン侯爵家の跡取りが花嫁候補を探している。そんな噂は社交界ですぐに広まった。

 それもそのはず、噂を流した大元は話題の中心人物であるエルヴィン本人だ。

 祖母の死後に発覚した不正騒ぎも落ち着いて、家格はそれなりに体裁が保たれた。それも相まって花嫁候補はそれなりの人数が上がっている。


 婚約者のいない令嬢たちとお近づきになるために、エルヴィンは積極的に夜会や茶会に顔を出した。ここ数か月はそれぞれの為人(ひととなり)を知る目的で、デートに誘ってはあちこち出かける毎日を送っている。

 しかしどの令嬢も決め手に欠けており、なかなか本命が選べない。(ふるい)にかけられ人数を減らしつつも、重ねるデートはそろそろ三周目に入ろうとしていた。


(今日の相手はクラーラ子爵令嬢か)


 へリング領は農産物が有名なくらいで、グレーデン家としてもあまり旨味がなかった。ここまで候補に残ったものの、これと言った特質もない彼女だけは選ぶことはないだろう。

 そう思いつつ、大きな脱落要因もなく順番だからと迎えた今日だ。


 約束まではまだ余裕がある。時間つぶしにサロンでお茶をしていると、父エメリヒと母カミラがいつものように連れ立ってやって来た。

 ふたりが向かいのソファに座ると、さっとティーセットが一式現れる。あっという間に用意された茶会の席は、即席にしては優秀すぎる豪華さだ。

 これは祖母がいた頃に使用人たちが培ったノウハウだった。この完成度は最早グレーデン家名物と言ってもいい。


(お婆様が遺した唯一の美点かな?)


 自分が跡目を継いだら、使用人を締めつける風潮はやめにしようと思っているエルヴィンだ。

 だがこの手際の良さだけは続けさせるのも悪くない。


「ねぇエルヴィン、花嫁はまだ決まらないの?」

「急かさないでくださいよ、母上。グレーデン家の未来にも関わる話なんですから」

「そんなこと言って単に遊び足りないだけじゃないのか? いい加減身を固めてさっさと家を継いでくれ」

「エメリヒの言う通りよ。あなたが結婚したら、わたくしたちはすぐこの屋敷を出て行くわ。気兼ねなく好きな娘を選んでちょうだい」

「母上が嫁いびりをするなんて思っていませんよ」


 エルヴィンは軽く肩をすくめた。

 長い間義母ウルリーケの監視と小言を、耐えに耐えてきたカミラだ。それを踏襲する気でいるのなら、さすがのエルヴィンも妻を守るために口を出さざるを得なくなるが。


「くだらないこと言わないで。そんなことに興味あるわけないでしょう? わたくしは早く王都のタウンハウスに移りたいのよ」

「そうだぞ、エルヴィン。その方が夜会に出かけやすいじゃないか」


 子育てにすら関心がなかった両親だ。

 エルヴィンが誰を選ぼうと、まったく意に介さないと言うのは実にあり得る話だ。


「では早速選んできますよ。その代わり誰を迎えても、一切の文句はなしですからね」


 念のため釘を刺し、エルヴィンは立ち上がった。

 それでも今日会う相手だけは選ぶことはないと、そんなことを思いながら。


     ◇

 へリング家のタウンハウスの呼び鈴を鳴らすと、クラーラはすぐに現れた。

 平凡な顔立ち、平凡な髪型、平凡な装い。どこをとっても特徴らしきものが見つからない。


(うーん……クラーラ嬢も自分が選ばれるとは思っていないのだろうけど)


 辛うじて今流行りの帽子と日よけ傘を手にしているが、こうやってエルヴィン自らが迎えに来たのだ。もう少し何とかする気があってもいいのでないだろうか。

 ほかの令嬢たちは気合いの入った着飾りようで、少しでも良く見せようと必死になっている者ばかりだった。


(やっぱりこの()はこれで最後だな)


 適当に理由を付けて、さっさとデートを終わらせてしまおう。

 そのうち雨が降りそうな鈍色(にびいろ)の空も、エルヴィンに味方をしてくれそうだ。


「では行こうか。クラーラ嬢、どこか行きたい場所はあるかい?」


 手を引いて馬車へエスコートする。本来なら今日は乗馬の約束をしていたが、天候の関係でそれはお流れになってしまった。

 きちんとデートプランを立てるのは、誘った側の礼儀と言えた。しかしどうでもよくなった相手となると、見切りが早くなっても仕方があるまい。

 そんなことよりも残りの候補の令嬢の中から誰を選ぶべきかと、エルヴィンの思考は既にそっちの方に移ってしまっていた。


(これまでクラーラ嬢から自分の意見が出たことはなかったしな)


 それならば貴族御用達のカフェにでも連れて行こうかとなったとき、意外にも先にクラーラが口を開いた。


「あ、あの、よろしければ王都の中心にある公園でお散歩でも……」

「公園で散歩を? 本当にそんなのでいいのかい?」

「はい、わたし、じゃなかった、わたくしあそこの噴水を見るのが大好きで」


 もじもじ言ったクラーラは、はっとして急にわたわたと焦りだした。

 その落ち着きのなさは、どうにも(せわ)しない小動物を思わせる。


「あっ、で、でもっ、え、え、エルヴィン様がお好きなところでぜんぜんっ」

「いいよ、ふたりで噴水を見に行こう」


 野外にいた方が雨を理由に解散できる。

 笑顔の奥でそう目論んだエルヴィンは、クラーラを馬車に乗せ公園入口まで移動した。


     ◇

(本当に噴水が見たかったんだな……)


 ベンチにひとり座ったエルヴィンは、日傘をくるくる回してはしゃぐクラーラの背中を見つめていた。

 ほかの令嬢だったら、今頃行った貴族街で何か物をねだってきていることだろう。

 それなのに目の前のクラーラは噴水のしぶきに飽きもせず夢中になっている。

 これと言って特筆すべき点がないと言うのに、彼女の何もかもが令嬢の規格から外れまくりだ。


(思えば乗馬も彼女だけが乗り気だったな)


 大抵の令嬢は馬を嫌がって事前に断ってくるか、受けたとしても乗馬ドレスを身に纏ってやって来た。もちろんエルヴィンも密着できる相乗りを想定してのお誘いだった。

 しかし最初のデートの日、クラーラだけは本格的な乗馬ズボンを履いて現れた。

 クラーラと並んで馬を走らせたのは楽しかったと言えば楽しかった。だが友人と遊んだだけの感覚で、男女の親睦を深めるようなデートとは到底思えない。


「やっぱり彼女はないな……」


 ぽつりとつぶやいた瞬間、突風がクラーラの日傘を跳ね上げた。


「きゃあ!」


 天高く舞ったフリルの傘を、エルヴィンは俊敏な動きでキャッチした。

 都合よく頬に雨粒を感じ、クラーラを傘の中へと抱き寄せる。


「本降りになりそうだ」


 思っていたよりも雨脚が早い。

 手を引いて、目についた屋根付きのガゼボに足早に(いざな)った。


「危なかったね。濡れてはいないかい?」

「は、はひ、エルヴィン様のお陰で大丈夫です」


 駆け込んだ直後、雨が滝のように落ちてきた。

 遠くで雷鳴が響いている。これはしばらく止むことはないだろう。


「この時期名物の通り雨だね。仕方ない。過ぎるまでしばらく待とうか」


 濡れていないと言ったクラーラは、それでも前髪に細かい雫を纏わせている。

 縮こまっている肩が寒そうで、エルヴィンは握ったままだった手を引き寄せた。


「もっとこっちにおいで。濡れてしまっては大変だ」

「ひゃいっ」

「上着をかけただけだよ? そんなに怖がらなくたって」

「わたわたわたくし、そそそそんなつもりじゃっ」

「ははは、分かっているよ。クラーラ嬢はほんと見ていて飽きないね」


 およそ令嬢相手に言う褒め言葉ではなかったが、それがエルヴィンの素直な感想だった。さながら、わちゃわちゃと動くハムスターを眺めている子供の気分とでも言うべきか。

 どの道、恋愛感情にはほど遠い。いくら関心を引かれても時間つぶし程度の話のことだ。

 改めて間近でみるクラーラの装いに、ふと違和感を覚えてエルヴィンは首を傾げた。


「あれ? クラーラ嬢、この前あげた宝飾は? もしかして気に入らなかったのかい?」

「あっ、いえっ、あのっ、あ、あれは失くしたり壊したりしたらいけないって思って……!」


 正直クラーラに何を贈ったのか、エルヴィンは思い出せないでいた。しかし令嬢ひとりひとりにそれなりの物を贈っているはずだ。

 それぞれの家格に合った、それでいて大幅に差を感じさせることのない。そんな絶妙な品選びには苦労した。もっとも、どれを誰にあげるかなどは、行商の男の目利き任せにしたのだが。

 次のデートには令嬢たちはこぞって贈った物を身に着けてきた。だがクラーラはそれどころかまったく飾りっ気のないシンプルな出で立ちだ。


「ん……? これはわたしが贈った物ではないね」


 エルヴィンの上着の下に隠れていた青いブローチが目に留まる。

 あんな宝飾は行商のラインナップにはなかったはずだ。


「ここここれは魔よけのブローチでっ」

「魔除け?」

「はいっ、リーゼロッテ様にいただいた大切なものなんですっ」


 クラーラはブローチをぎゅっと手に握り込んだ。

 その姿は本当に大事にしているようで、エルヴィンが贈った品よりも余程失くしたら困る宝物のように目に映った。


「妖精姫からの贈り物か。どれ、わたしにも見せてごらん?」

「あっ駄目っ!」


 器用にピンを外すと、エルヴィンはそれを手に取った。

 見るとブローチは深い青の石がはめ込まれている。中で揺れ動く対流に、エルヴィンはすぐさま気がついた。


(これは守り石だな……それも相当良質の)


 今やリーゼロッテは公爵夫人だ。そんな彼女から貰ったのなら質がいいのは頷ける。

 だが妖精姫の瞳はエメラルドグリーンだ。石に力を込めたとして、こんな色にはならないだろう。


(と言うことは、フーゲンベルク一族の誰かのものか)


 ジークヴァルトではなさそうに思えたが、どこか男性的な力強い波動に感じられた。


「あのっエルヴィン様、本当にわたくしそれがないと本当に本当に駄目なんですっ」


 瞳を潤ませてクラーラが強く(すが)ってくる。

 あまりの必死さになんだかむっとして、らしくなくエルヴィンは意地悪な気分になった。


「少しくらいいじゃないか。わたしは何も取り上げるとは言ってないよ」

「でもこのままじゃエルヴィン様にもご迷惑をっ」


 むきになって取り戻そうとするクラーラは、これまでの大人しかった彼女とは思えないほどだ。

 しかしエルヴィンはすぐに理由を理解した。そこら辺にいた異形の者が、クラーラ目がけて一斉に群がってきたからだ。


「きゃぁあ!」

「おっと」


 スカートの裾を引っ張られ転びそうになったクラーラをとっさに腕に抱き留める。同時に浄化の力を放ち、エルヴィンは異形の者を遠く弾き飛ばした。

 ぴぎゃっと悲鳴を上げて、異形の者は四方に逃げ散らばった。腕に閉じ込めたクラーラは、逃れようと半ばパニック状態になっている。


「わたわたわたくし言ってるそばからご迷惑をっ!!」


 涙目のクラーラは異形の者が視えていない様子に思えた。

 だがこのブローチが自分を守ってくれていることだけは、経験則から理解しているのだろう。


「お願い、早く返してくださいっ」


 涙をためて手を伸ばすクラーラから、エルヴィンはさらに守り石を遠ざけた。

 それどころか腰を引き寄せて、離れないようにと無意識に拘束を強めていく。


「君に決めた」


 知らず口をついた一言に、確信を深めた唇が意地悪く弧を描いた。

 クラーラが見知らぬ男に守られているなど許せない。

 この仄暗い感情を、嫉妬と呼ばずして何と言えばいいというのか。

 気づいた以上、逃がすなどできるはずもなく。エルヴィンも自覚はしていた。この瞳はきっと今、獲物を見つけたハンターのようにクラーラを捕らえているだろうことを。


「そう言うことだから。覚悟してね? クラーラ」

「へ……え、あの、そういうってどういう……? エルヴィンさま、と、とりあえずいい加減それ返してほし……」

「駄目だよ。これは没収だ」

「えええっ、そんな! さっき取り上げたりしないってぇ……!」

「クラーラの魔除けは別にわたしが用意するから。ああ、ちょうど雨が止んできた。今から良い石を買いに貴族街まで行こうか」

「えっ、あのっ、えるっ、エルヴィンさま? あの、聞いて? ねぇ、エルヴィ……えるヴぃんしゃまぁあ……!」


 この日、エルヴィンはそのままクラーラをグレーデン家にお持ち帰りした。

 クラーラの反応はそれはそれは面白く、ずっと見ていて見飽きないものだと、エルヴィンだけでなくいきなり会わせた両親すらもそんな感想を漏らしていた。

 へリング子爵には事後報告で、翌日になって正式に結婚の申し込みがなされたのだった。


     ◇

「どう? クラーラ、少しはましになったのではなくって?」

「カミラの見立てだからな。大分垢抜けたとオレも思うぞ?」

「ははははぃいっ、多大なご指南のほどっありがとうごじたいますっ」

「嫌になっちゃう。何度言ってもこの()ったら、放っておくとすぐ地味になるんだもの。一体どんな才能かしら」

「母上、嫁いびりはしないって約束でしょう?」

「誰もいびってなどいないじゃない」

「そうだぞ、エルヴィン。人聞きの悪いことを言うもんじゃない」


 迫力ある美男美女一家に囲まれて、クラーラがおどおどしながら立っている。

 その姿は使用人から見てもやはり小動物のようだった。


「すみすみすみませんっ、わ、わたくしが田舎者すぎるばっかりにっ。あの、エルヴィン様、今からでも間に合うと思います! 父に言ってここここの婚約は……」

「駄目だよ、クラーラ。わたしのことはエルって呼ぶように言っただろう?」

「そ、そんなの無理ですっ」

「どうして? 夕べ寝台の中では上手に呼べたじゃないか」

「いやぁあぁあっ、ええええええええるヴぃんしゃまぁっ」


 真っ赤になったクラーラがエルヴィンの口を手のひらで塞ぎにかかる。

 じゃれあうふたりを前に、カミラが大袈裟なため息をついた。


「まったく……エルヴィンったらずっとこの調子なんだもの。どこで育て方を間違えたのかしら」

「別にいいじゃないか。さっさと婚姻を済ませてついでに爵位も譲ってしまおう」

「それもそうね。王都に移り住む日が今から本当に楽しみだわ」


 ねー、と顔を傾け合って、エメリヒとカミラは手に手を取って行ってしまった。

 その背に向け、カムバックとばかりにクラーラが手を伸ばす。


「ああああのっ、ほんと今からでもへリング家は大丈夫ですからぁ! 慰謝料とかなくて全然平気ですし、わたし、じゃなかったわたくしよりも、もっと相応しいどなたかがいらっしゃるんじゃないかって考えなおしたりしませんかぁ?」

「まだそんなこと言っているのかい? 聞き分けのない子だね、クラーラは」

「だだだってどう考えたって、わたくしとエルヴィン様では釣り合い取れなさすぎてっ」

「そんなにわたしじゃ役不足かい?」

「そ、そのようなことはっ」

「だったら何も問題ないね。ああ、そのブローチ似合っているよ。一生わたしが守ってあげるから。ね? クラーラ」



 その様子は、まさに肉食獣に掴まった小動物であったと。

 口には出せないものの、グレーデン家の使用人たちが揃えたように胸の内で思った瞬間だった。



第6章はここで終了。

次は第7章のあらすじ入ります!

(先行しているムーン版に追いついてしまったので、次からは月一程度の更新予定です)

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