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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣

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第30話 宵闇の急襲

【前回のあらすじ】

 カイの報告に、隣国の手の者が国内に入り込んでいることを知るハインリヒ王。そんなときに幽閉中のツェーザルが脱獄したとの知らせが届いて。

 一方、辺境の砦の舞踏会でカイとの関係を隠し通すルチア。嫉妬心を押さえつつも、貴族としてカイのそばにいることを改めて胸に誓います。

 そんなルチアの思いを黙って応援するリーゼロッテは、弟のルカやその婚約者ツェツィーリアとも再会。みなと楽しく輪舞曲(ロンド)を踊ったり、嫉妬したジークヴァルトと甘いひと時を過ごすのでした。

「ない……ないわ」

「ルチア様ぁ? どうかなさいましたかぁ?」


 休憩がてら化粧直しに戻ってきたルチアが、必死にドレスのあちこちを探っている。


「ペンダントがないの……」

「ああ、ルチア様がいつも大事に持っているやつですねぇ。客間に置いて行かれたんじゃないですかぁ?」

「いいえ、出るときちゃんとここに入れたもの」


 青ざめたルチアが慌てて休憩室を出て行こうとする。

 ベッティはそれを制してルチアを座らせた。


「落ち着いてくださいましぃ。ルチア様が通った場所をわたしが探してきますぅ。広間で落ちてなかったか辺境伯様にも尋ねてきますのでぇ」


 変な場所にでも迷い込まれたら、酔った男に襲われかねない。

 何しろルチアには前科があった。ここで騒ぎを起こしたら、カイにも辺境伯にも迷惑がかかってしまう。


「わたしが戻るまでルチア様は絶っっっ対にここから出ないでくださいませねぇ。あの方のためにも約束してくださいますかぁ?」

「……分かったわ。大人しくここで待ってる」


 カイの存在をチラつかせておけば、ルチアもきちんとベッティの言葉に従うだろう。

 念のため近くにいた使用人に声がけをしてから、ベッティは廊下という廊下を隈なく探しに行った。


「ん? ベッティ、こんなところで何やってるの?」

「カイ坊ちゃま……」


 出くわしたカイはめずらしく誰も連れずにいた。

 こんなときはほろ酔いのご夫人と休憩室にしけこむのが大概だ。そして事後に乱れた夫人の世話をいつもやらされているベッティだった。


「実はルチア様のペンダントを探しててぇ」

「ペンダント?」

「はいぃ、亡くなった母親の形見らしくってぇ、いつも大事にお持ちになってたんですよぅ。それを失くされてすんごい取り乱しておいででしたぁ」


 事の次第を伝えると、探った懐からカイが何かを取り出した。

 掲げたチェーンの先で銀製のロケットペンダントが揺れている。


「もしかしてこれ?」

「それですぅ! どこにあったんですかぁ?」

「広間の片隅に落ちてたよ? あとで辺境伯に届けようと思ってたんだけど」

「よかったですぅ。ルチア様もおよろこびになりますよぅ」


 これであっさり任務完了だ。ほっとしてベッティはカイからそれを受け取ろうとした。

 しかしカイはさっとペンダントを遠ざけた。カイの謎な行動にベッティの眉間にしわが寄る。


「坊ちゃま……?」

「ああ、うん。ルチアに伝えといてよ。次会いに行くときまでこれはオレが預かってるからって」

「はぁ? なんでカイ坊ちゃまがぁ?」

「いいから、いいから。とにかくそう伝えといて」


 再び懐にしまい込むと、カイはベッティの頭をいい子いい子と何度か撫でた。


「じゃあ、そういうことでよろしく」


 それだけ言い残し、カイは上機嫌な様子でさっさと行ってしまった。


「……なんなんですかぁ、あれはぁ?」


 頭にはてなマークを飛ばしつつ、取り急ぎ報告せねばとベッティはルチアの元に戻っていった。


      ◇

 遠くから舞踏会の喧騒が聞こえてくる。

 広間に戻る気にもなれなくて、カイはあてどもなく廊下をプラプラと歩いていた。

 火遊びに誘ってきたご夫人は、面倒で眠り針を使って適当に休憩室へ押し込んできた。あとは使用人に任せてきたので、大事にはならないはずだ。


 ルチアの良さを知った今では、ほかの女を抱きたいとも思わない。もし任務での情報収集があったとしても、もう別の手段を取るであろうカイだった。


 誰もいない廊下で、ルチアのペンダントを取り出した。表面にはプリムラの模様が細工されており、開いてみると中には精巧に彫られた青龍が鎮座している。

 どれをとっても職人芸が光る超がつく一級品だ。これをルチアの母親が持っていたとするならば、元々ウルリヒ・ブラオエルシュタインの所有物だったのだろう。


 プリムラは王族である彼の象徴とされる花だった。この存在を早くに知っていたのなら、ルチアの身元もすぐに判明していたに違いない。

 イグナーツに会いに行った王都の街の片隅で、たまたま出会った痩せぎすのルチアを思い出した。今思えば、あれは偶然などではなかったはずだ。


「すべては龍の思し召し、か……」


 青龍の手のひらの上でいいように転がされていたのかと思うと、少々面白くないカイだった。


 ペンダントのロケットをぱちりと閉じる。これを失くしたルチアが取り乱していたと聞き、それはそうかと初めはそんな感想を抱いた。

 何しろ母親の唯一の形見の品だ。天涯孤独となったルチアにしてみれば、掛け替えのない代物であるのは当然だろう。


 しかしカイはベッティに託すことをとっさに避けた。理由は至極単純だ。ほんの一時だとしても、カイ以外の何かにルチアが心乱すことが許せなかった。


(そうだ、ルチアはオレだけを見ていればいい――)


 カイだけを見て、カイだけにこだわり、カイだけに執着する。そうなるようにずっとルチアを仕向けてきた。

 ルチアは青龍がカイのために用意した、カイが唯一好きにしてもいい、カイだけのおもちゃのような存在だ。それがこんなつまらないペンダントに、奪われてしまってはかなわない。


 しかしこれがカイの手中にあれば、ルチアはずっとカイを想うはずだ。ペンダントではなく次のカイの訪れを、胸を焦がしていつまでもいつまでも待ち続けることだろう。


(はは、ろくでもないな)


 我がことながら、カイは自嘲の笑みを口元に漏らした。こんな自分に執着されるルチアが、少々可哀そうに思えてくる。

 それでもカイは最期までルチアを手放す気はさらさらなかった。ルチアの心はずっとカイで満たされていなければ。

 そうでなければ気がすまない。それこそ、自分が死した後ですら――。


 懐にペンダントをしまい込む。

 上機嫌で、カイは再び廊下を歩きだした。


     ◇

 ツェツィーリアとともに淑女用の休憩室を出ると、入り口のすぐそばでルカがひとり佇んでいた。


「まぁ、ルカ。こんな場所で待っているだなんて」


 あからさまな出待ちはマナー違反だ。例えて言うならば、女性用トイレの真ん前で彼女が出てくるのを睨みを利かせて待っている感覚だろうか?


「ですがツェツィーリア様のおそばを離れたくはありません」

「もう、ルカったら心配性ね」


 あのジークヴァルトにでさえ、さすがにご遠慮願っているのだ。まだ子供だからいいものを、このまま大人になってはツェツィーリアが苦労するのは目に見えている。


「とにかく行きましょう」


 ほかの貴族の目もあることだ。ふたりを連れてリーゼロッテは、ジークヴァルトが待つ広間へと歩を進めていった。


(何かしら……?)


 途中、遠くから怒号が聞こえてくる。

 何を言っているかまでは分からないが、かなり混乱しているような怒鳴り声だ。


「ルカ、ツェツィーリアも。早くこちらへ」


 いやな予感がして、リーゼロッテは近くの空いた休憩室にふたりを(いざな)った。

 鍵を閉め、廊下に聞き耳を立てる。


「姉上……」

「しっ。物音を立てては駄目よ?」


 不安げなルカを制して、ツェツィーリアとともに奥に下がっているよう促した。

 その間にも騒ぎは近づいて来ているようだ。誰かの切迫した叫び声が、やがてリーゼロッテの耳にも捉えられた。


「……きしゅう! てきしゅう!」


 繰り返されるその言葉が、敵襲であると理解する。

 ここヴォルンアルバは国境を守るための要塞都市だ。知識としては持ち合わせていたものの、実際に身に降りかかる火の粉となるなど、思ってもみないことだった。


 扉の前を複数人の足音が慌ただしく通り過ぎる。

 敵なのか味方なのか、判断がつかないままリーゼロッテは息を押し殺した。


「リーゼロッテ? そこにいて?」

「アデライーデお姉様!」


 叩かれた扉を急いで開く。そこにいたアデライーデはこれまで見たこともない険しい表情だ。

 本当に非常事態なのだと、否が応でもリーゼロッテは感じ取った。


「お姉様、一体何が……?」

「賊が侵入したわ。今確認中だけど、恐らくオーランウヴスの侵攻ね」


 言葉にされると、余計に血の気が引いた。だが信じたくないなどと言っている場合ではない。

 震えを押さえるために、リーゼロッテは自分の手を包むようにぎゅっと握りしめた。


「ジークヴァルトはどこ?」

「広間にいらっしゃいます。わたくしはツェツィーリアとルカと休憩でこちらの方に……」

「分かったわ。すぐにここに来るよう伝えるから、あなたたちは鍵をかけて絶対に外に出ないこと。いいわね?」


 ずっとここにいてほしいが、アデライーデは騎士としてやるべきことがあるのだろう。

 頷いてリーゼロッテは部屋の鍵を再び閉めた。


「姉上……ツェツィー様と姉上は必ずわたしが守ります」

「ありがとう、ルカ。でもすぐにジークヴァルト様が来てくださるわ。大丈夫よ。心配しないで」


 広間は目と鼻の先だ。不安げに身を寄せ合うふたりにリーゼロッテは微笑んだ。

 帯剣していると言ってもルカはまだ子供だ。ジークヴァルトが来るまでは、やはりリーゼロッテがふたりのことを守らねば。


 そのときリーゼロッテの肌という肌が粟立った。いきなり走った戦慄に、思わず扉を振り返る。

 部屋の向こうで邪気に満ちた瘴気が溢れ出るのを感じ取った。それは急速に広がりを見せ、砦全体を覆いつくす勢いに思えた。


「リーゼロッテお姉様……この気配はなに……?」


 真っ青になったツェツィーリアが唇を小刻みに震わせている。

 浄化の力は持たないが、ツェツィーリアは異形の気配には人一倍敏感な体質だ。恐らくリーゼロッテ以上に正確に状況を把握しているに違いない。


「どんどんこの部屋の前に集まってきてる」

「ツェツィー様……?」


 ルカは無知なる者なので、この異常事態は察知できないのだろう。しかし尋常ではない彼女の様子に、戸惑いながらもルカはツェツィーリアを抱き寄せた。


「ルカは絶対にツェツィーリアのそばを離れないで」


 無知なる者には異形は手出しはできない。近づくことも忌避するほどなので、ルカの周囲は安全なはずだ。

 しかし取り憑かれた人間となると、また話は別になってくる。物理的な攻撃で来られると、如何に無知なる者でも被害を被る可能性はあった。


(敵襲と異形の襲来が同時に起こるだなんて……)


 どうにも不自然過ぎる。どこまでが仕組まれたものなのか。推しはかる術はリーゼロッテには何もなかった。

 それでも今できることをするしかない。不安と恐怖に飲まれそうになりながらも、ジークヴァルトが来るまではとリーゼロッテは自身を奮い立たせた。


「ふたりとも、できるだけ奥にいて」


 言いながら香水瓶のゴムを押して部屋全体に振りまいた。これはリーゼロッテの涙入りのスプレーだ。シュっとひと吹きすればあら不思議、弱い小鬼が超ご機嫌になる謎アイテムだった。

 しかし清廉な空気に満たされた室内とは裏腹に、扉の向こうでは異形の者が余計に騒ぎだした。振動で扉がガタガタと揺れ、ドアノブがガチャガチャと乱暴に回され始める。


(ま、まずいわ、わたしの涙に余計に反応しちゃってるっぽい)


 ツェツィーリアの言うように、異形の者がどんどんこの部屋の前に集まってきている。涙入りスプレーがそれを助長してしまったようだ。

 このままでは扉が破られてしまうかもしれない。激しく軋む扉を涙目で見やりながら、リーゼロッテは探ったポケットから涙の原液入りの小瓶を取り出した。


(落ち着いて……落ち着くのよ、リーゼロッテ)


 震える指で小瓶を握りしめる。

 次の瞬間、ばんっと扉が乱暴に開け放たれた。ぐぉっと異形たちがなだれ込む。その熱気とも冷気ともつかない邪悪の塊に向けて、リーゼロッテは横一線に小瓶の涙を振りまいた。

 涙に触れた異形の者が、絶叫とともに蒸散していく。体当たりの勢いで、リーゼロッテは扉を素早く閉めにかかった。

 無我夢中で浄化の力を流すと、扉の向こうの異形の数が減っていく。しかしそれも(いたち)ごっこだ。どんどん集まってくる異形の気配に、リーゼロッテの緑の力が不安定に弱まっていく。


(どうしてこんなときに上手く扱えないの……!)


 自分の守護者の力なら、砦一帯を浄化することだってなんなくできてしまうはずだ。それなのに焦れば焦るほどうまくいかない。

 首に下げていた豪奢なネックレスを、たまらずリーゼロッテはドアノブにかけた。ジークヴァルトの守り石が並ぶ装飾が輝いて、途端に異形の者を扉の前から弾き飛ばした。


「きゃあ、リーゼロッテお姉様っ!」


 はっとなって振り返る。

 すり抜けていたどす黒い異形の影が、ツェツィーリアに向かって真っすぐに襲い掛かった。


「ツェツィーリア!」

「いやぁっ」


 この距離では間に合わない。凍りつく心を現すかのように、リーゼロッテは一歩もそこから動けなかった。


「ツェツィー様……!」


 手前にいたルカが、腰に下げた長剣を素早く抜いた。鋭利に光る刃が迷いない軌道で一閃される。その動きは迫りくる異形を真っ二つに切り裂き、歪んだ黒い塊が左右に分かたれた。

 分離した二体の異形は、尚もツェツィーリアに回り込もうとしてくる。その位置に合わせて、ルカの剣が斜めに縦にと、無駄のない動きで異形を薙ぎ払った。見惚れるほどの華麗な剣舞によって、今度こそ異形の者は影も形もなく霧散した。


 何事もなかったかのように長剣を鞘に納めたルカに、リーゼロッテは驚愕の視線を向けた。ルカは無知なる者だ。本来なら異形を視ることは叶わない。


「ルカ……あなた、異形の者の姿が視えているの……?」

「いいえ、わたしには何も」

「え、でも、だって」


 そんな馬鹿なと、ツェツィーリアと目を見合わせる。先ほどのルカの攻撃は、視えていないと言うにはあまりにも的確すぎた。

 未だ震えているツェツィーリアの手を取ると、ルカは天使の笑顔を向けた。


「でもやはり異形の者が迫っていたのですね。ツェツィー様を守れて本当によかった。この退魔の剣を授けてくださったレルナー公爵様に、心より感謝しなくては」

「だ、だけど視えないのに一体どうやったというの……?」

「それは……」


 ルカがしばし考え込む。固唾を飲んで次の言葉を待っていると、ルカはキリっとした顔で言い切った。


「なんとなく、です!」

「な、なんとなく!?」

「はい。わたしはなんとなくいやな気配がするなというところに向かって、なんとなく剣を振るってみただけなので」


 視えないのに、なんとなく切れてしまうものなのだろうか。異形を断てる退魔の剣もすごいのだろうが、ルカの能力はあまりにも規格外だ。


(そう言えばダーミッシュのお屋敷で、ルカはいつも無意識に異形の者を踏んづけたり追い払ってくれたりしてたっけ……)


 ルカに手を引かれて歩いていた令嬢時代を思い出し、リーゼロッテは状況も忘れふふと笑みを漏らした。


 しかしそれも束の間、ドアノブに下げたネックレスが細かく振動している。その時、いちばん小さな守り石のひとつが、ぱきんと割れて砂のようにさらさらと床に零れ落ちた。

 そのほかの守り石も、美しくたゆとう青がゆっくりと順にくすんでいっている。これでは再び扉が破られるのも時間の問題だ。


(このままじゃふたりの身が危険だわ)


 これまで起きてきた異形がらみの騒ぎを(かんが)みると、異形の目的はリーゼロッテの力だろう。

 隣国の敵襲と関係があるのか、たまたま重なったのか。判断はつかないが、ただジークヴァルトを待っているのは非常に危険に思えた。

 どんどんくすみ行く守り石を横目で見やりながら、リーゼロッテは覚悟を決めた。


「ツェツィーリア、これを」


 普段つけている守り石のペンダントを取り出すと、ツェツィーリアの首に下げた。次に涙入りの小瓶を手に握らせる。


「このペンダントをつけていれば、異形は近寄ってこれなくなるわ。万が一異形が迫ってきたら、焦らずにこの液体を振りかけるのよ。そうすれば浄化ができるから」

「でもこのペンダントは……」

「心配しないで。ジークヴァルト様の守り石は、このドレスにも山ほど縫い付けられてるの」


 安心させるために微笑みをつくる。

 部屋にふたりを残していくのも心配だったが、リーゼロッテと一緒にいる方が危ない目に合う可能性が高かった。そうしている間にも、ドアに下げた守り石がまたひとつ砂と化す。


「ルカ、助けが来るまでは絶対に扉を開けては駄目よ?」

「姉上はどちらへ……」

「わたくしはジークヴァルト様の元へ向かうわ」

「お姉様、今出て行ったら危ないわ! 異形だけでなく敵もいるんでしょう?」

「それが今できる最善なの。ルカはツェツィーリアを守ることだけ考えること。いいわね?」


 真剣な眼差しを向けると、硬い表情をしつつもルカは素直に頷き返してきた。


「分かりました」

「ルカ!」

「大丈夫よ、ツェツィーリア。この砦には騎士団の方も大勢いらっしゃるわ」


 ツェツィーリアにというより、自分に対して言い聞かせる。

 数は多くとも廊下にいる異形程度だったら、今のリーゼロッテなら問題なく対処できるはずだ。


(そうよ、ジークヴァルト様もすぐ近くにいる)


 夫婦の契りを交わしてから、ジークヴァルトの居場所がなんとなく分かるようになった。

 そこを目指して行けば、行き違うことは絶対にあり得ない。


「じゃあ、わたくしは行くから。すぐに扉の鍵を閉めるのよ」


 浄化の力を流しながら、慎重に扉に近づいた。

 一気に開き、ためらうことなく外に出る。後ろ手に扉を閉めると、リーゼロッテの周囲だけぽっかりと空間ができていた。

 ジークヴァルトの守り石のお陰か、一定の距離を保ったまま異形の者は近づこうとして来ない。

 (かんざし)をひとつ髪から引き抜くと、さよならコンサートの最後のマイクよろしくリーゼロッテはそっと扉の前にそれを置いた。


 意を決してその場を離れた。つられるように異形たちもリーゼロッテについて来る。振り向くと、ルカたちがいる部屋の前の異形の者は、思った通り数が激減していた。


(よかった……やっぱりこの子たちの目当てはわたしなのね)


 つかず離れず寄って来る異形は、どんどんどんどん増えてきている。しかし凶悪な異形の者はほとんどいなかった。これならば何事もなくジークヴァルトの元に辿り着けそうだ。

 弱くともこう数が多いと、異形の思念が頭の中に入り込んでくる。同調しないようにと、リーゼロッテは努めて異形たちの声を聞かないようにした。


 それでも頭の中で木霊する異形の怯えに、リーゼロッテは既視感を覚えた。いつかどこかで同じことがあった気がする。さほど考えずとも、すぐに思い当たった。

 あれはジークヴァルトに再会して間もなくの頃、初めて聖女の力を解放した日のことだ。突然騒ぎ出した異形たちに、王城中がひっくり返った騒ぎを思い出した。


「ごめんなさい……わたくしがきちんと力を扱えてたら……」


 今すぐにでも、ここにいるみんなを天に還してやれるのに。

 自分のポンコツぶりはあの頃とまったく変わらない。気合いを込めて力を解放すれば、やってやれないことはないとは思う。だがそうすると気絶するのは避けられないだろう。そんなことをしたらジークヴァルトに心労を掛けるのは目に見えていた。


(今そんなこと言ってても仕方ないわ。とにかくジークヴァルト様の元に行かなくちゃ)


 異形だらけで先が見えない廊下の奥に、ジークヴァルトの青を感じる。

 それはこちらの方にも向かってきていて、ジークヴァルトも自分を目指しているのだとリーゼロッテは心強く思った。


 そのとき周囲の異形の恐怖が膨れ上がった。つられるようにリーゼロッテの肌も総毛立つ。


(な、に――)


 肌を刺す(くれない)の瘴気は、息が詰まって喉がひりつくほどだ。


 覚えのある禍々しい異形の者の気配に、リーゼロッテは恐る恐る振り返った。


【次回予告】

 はーい、わたしリーゼロッテ。再び現れた紅の女に戦慄するわたし。そこに怯える小鬼を追ってきたルチア様がやってきて。同時に起きた隣国侵攻と禁忌の異形の来襲に、混乱に陥った辺境の砦の運命は……!?

 次回、6章第31話「錯綜の砦」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!

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