番外編《小話》『ボクの名前はアルフレート!』※再掲です
第5章終わりのご機嫌伺いで載せたものと同じ小話ですが、ここで入れておかないと次の話がイミフになるのでもう一度投稿しておきます
「ヴァルト様、こんな時間にどうなさったのですか?」
「少し手が空いた」
大きなクマの縫いぐるみ二体に挟まれて座っていたリーゼロッテは、赤いリボンのアルフレートを腕に引き寄せ、ジークヴァルトが座るスペースを空けた。
にもかかわらず、ジークヴァルトはリーゼロッテを抱えあげ、自身の膝に乗せてどっかりと座り込んだ。反動で隣に置かれていた黄色いリボンのアルフレートジュニアが、ぽてりとジークヴァルトに寄りかかる。
ジークヴァルトの膝にリーゼロッテが乗り、リーゼロッテの膝の上にはアルフレートが乗っている。その横でアルフレートジュニアが、まるで独りにしないでと寂しがっているかのようだ。
「もう、ヴァルト様、せっかくお席を作りましたのに」
「別に不都合はないだろう?」
言いながら茶菓子のクッキーをあーんと差し出される。素直にそれを口にして、リーゼロッテはもくもくと有難く頬張った。
「今日は口真似はしないのか?」
「口真似? 何のですか?」
「今、抱えているそれのだ」
先日、盗み見られていた醜態を思い出し、リーゼロッテの頬が瞬時に染まる。ひとの黒歴史を蒸し返すなど、なんとデリカシーのない男だろうか。
悔しいのでここは開き直るしかない。唇を尖らせて、リーゼロッテはぷくと頬を膨らませた。
「口真似ではありません。あれは腹話術と言うのですわ」
「腹話術?」
「ええ、唇を動かさずに声を出すことで、あたかも人形がしゃべっているように見せる職人技です」
「あの時、お前の唇は動いていたが?」
「で、ですから職人技なのですわ。技を極めた者は、まるで人形と会話をしているように見えるんですのよ」
良く分からないと言ったように、ジークヴァルトの眉間にしわが寄った。
「いいですわ。もう一度わたくしがやって見せます」
暇を持て余しすぎて、実はこっそり練習を続けていたリーゼロッテだ。今こそ、その成果を見せる時だと、ジークヴァルトの膝を無理やりに降りる。代わりにアルフレートジュニアをジークヴァルトに抱えさせ、自分は隣に腰かけた。
「よろしいですか? よく見ていてくださいませね?」
演技に入る女優のように、ふっと息を吐き短く精神統一をする。次の瞬間にっこりと笑みを作って、リーゼロッテは膝に乗せたアルフレートと見つめ合った。
『ボクの名前はアルフレート! やぁ、リーゼロッテ、気分はどう?』
「とってもいい気分よ。あなたはどう?」
『ボクもいい気分だよ!』
甲高い声と普段のリーゼロッテの声が、交互に口から発せられる。アルフレートをそれらしく動かしつつ、自分の芝居も忘れない。唇は多少動いてしまっているものの、我ながらいい感じでアルフレートの声が出せているのではないだろうか。
『ねぇ、リーゼロッテ。これは何?』
「これはペンね」
『あれは?』
「パイナップルよ」
「それを一緒にするとどうなるの?」
『ペンとパイナップルね』
「ペンパイナ……って、〇コ太郎か~い!」
「ぴ、こた、ろ……?」
ぼそっと入った突っ込みに、リーゼロッテははっと我に返った。調子に乗りすぎて、脳内にとどめておくべき情報がうっかり駄々漏れになってしまった。
こほんとひとつ咳払いをしてから、淑女然とした態度で居住まいを正す。何事もなかったかのように、凛とした表情でジークヴァルトを見やった。
「と、こんな感じであたかもふたりで会話をしているように見せるイリュージョン的な本格エンターテインメントですわ」
「だがやはりお前の唇は動いていたぞ? しかも途中で口調が入れ替わっていた」
唇をアヒルのようにつままれる。どや顔で押し切ろうとしたところを、真正面からぶった切られてしまった。
ぐっと喉をつまらせて、リーゼロッテは途端に涙目になった。しかしここで認めてしまったら、自分の負けが決定だ。ジークヴァルトの手をアルフレートの腕で払いのけ、何とか反撃を試みる。
『だったらヴァルト様もやってみてよ! 案外難しいんだから』
「そうですわ、ジークヴァルト様もやってみてくださいませ!」
こうなったらジークヴァルトも巻き込んでやる。やけくそになったリーゼロッテは、アルフレートと共に一気に畳みかけた。
眉根を寄せたジークヴァルトが、何か言おうと口を開きかける。だが唇を動かしてはいけないことを思い出したのか、アルフレートジュニアを抱えたまま口を引き結んだ。
じぃっとリーゼロッテが見つめる中、しばしの時間、部屋に沈黙が訪れる。
「ほら、難しくってできませんでしょう?」
『違うよ、リーゼロッテ。ヴァルト様は恥ずかし過ぎて声が出せないんだよ』
「まぁ、きっとそうね、アルフレート」
『いや、そんなことはないぞ?』
低めだが、ジークヴァルトとは思えない甲高い声が響いた。驚いてその顔を見る。
『やり方に少し戸惑っただけだ。……と、ボクを抱えるこの男が言っている』
目の前に、ずいとアルフレートジュニアを近づけられた。驚くべきことに、ジークヴァルトの唇は全くと言うほど動いていない。
「うそ、どうしてそんな……」
『こんなことまで器用にこなせるなんて、リーゼロッテ、ヴァルト様に惚れ直しちゃうね!』
動揺のあまり、あらぬことを口走る。すぐにしまったと思ったが、ジークヴァルトを褒め倒して恥ずかしがらせる作戦にシフトした。
『ヴァルト様、ほんとカッコいいもんね。こんな素敵な旦那さま、なかなか世間にいないんじゃない?』
「そうね、腹話術もこなせる旦那様だなんて、わたくし本当にしあわせ者だわ」
『背も高くてカッコよくって、仕事もできるし、頼りがいもあるし、ホント世界一の旦那様だね!』
ジークヴァルトの眉間のしわが目に見えて深まった。これは相当動揺しているに違いない。
ほくそ笑み、攻めの一手でリーゼロッテは追い打ちをかけようとした。
『可愛いな』
「えっ?」
『可愛いな、リーゼロッテ』
アルフレートジュニアのもふもふ顔が、さらにずいと近づいた。
『可愛すぎるぞ、リーゼロッテ』
つぶらの瞳と見つめ合い反応できずに固まっていると、アルフレートジュニアが視界から消え去った。後ろから現れたジークヴァルトに、素早く唇を奪われる。
『……と、この男が言っている』
アルフレートジュニアの片腕を上げ、ジークヴァルトは唇を動かさないまま意地悪く魔王の笑みを浮かべた。
「もう! ヴァルト様ったら!」
真っ赤になったリーゼロッテが、アルフレートの腕を使ってぽこぽことジークヴァルトを叩く。そこを引き寄せられて、縫いぐるみを二体挟み込んだまま、深く深く口づけられた。
『ふっ、本当に可愛いぞ、リーゼロッテ』
「も、もう分かりましたから……」
完全敗北を認め、リーゼロッテはただただ真っ赤になった。
ちなみにこのふたりは、たいそう立派な国で、たいそう立派な地位にいる、たいそう立派なご貴族夫妻である。ま、言うまでもないか。
ちゃんちゃん。
てなわけで、次回は真面目に本編に戻ります!




