番外編《小話》今となっては
※こちらも本編の時間軸とは全く関係ありません。ふわっとお読みください。
「義兄上、ひとつお伺いしたいことが……」
「なんだ?」
たのしげに語らうリーゼロッテとツェツィーリアを遠巻きに眺めながら、隣に立つルカがジークヴァルトを見上げてきた。
「義兄上は、その……どうやって我慢をしてきたのでしょう?」
「我慢?」
「はい、義姉上に対して、男としての歯止めというか……」
言葉を探しながら、ルカが困った顔をする。何と言ったらいいのか分からないといったふうだ。
「……わたしはツェツィー様につい触れてしまって。そのことで先ほども怒られてしまったのですが、ツェツィー様が愛おしすぎてどうしても我慢できないのです……」
婚約したとはいえ、ルカはツェツィーリアと滅多に会えないでいる。久しぶりに顔を見て、触れたくなるのは当然の思いだろう。
「その気持ちは分からなくもない」
「ですが義兄上はきちんと節度を保っておられたでしょう? わたしは義兄上のように、婚姻まで何もしないでいられる自信はありません」
小さくため息をこぼしたルカが、切なげな視線をツェツィーリアに向ける。ジークヴァルトもつられるように、無邪気に笑うリーゼロッテを見やった。
「特に義兄上たちは、婚姻前からずっと一緒にいたではないですか。義姉上がそばにいて、どうやって我慢をされていたのでしょうか……?」
「どうやって……」
確かに鬼のように我慢はしていた。だが改めて聞かれると、何をしてこの思いを押さえていたのか、自分でも一向に思い出すことができなかった。
婚姻を果たし、リーゼロッテとは夫婦となった。あの髪に触れ、誰に憚ることもなく柔らかな唇を啄む毎日だ。
色づいた肌に指を這わせ、耳にあまい吐息を聞きながら、毎夜、彼女の熱に包まれる。
余すことなくリーゼロッテを知り尽くした今では、耐え忍んでいたあの日々が幻に思えてくる。時が戻ったとして、同様に堪え続けることなど、この自分に果たしてできるだろうか。
「正気の沙汰ではないな」
「義兄上……?」
「いや、何でもない」
不安げに見上げるルカをじっと見つめ返す。思い出せなかったとしても、義兄として何かを伝えるべきだろう。
「強いて言うなら、無だ」
「無?」
「ああ。心を鎮めてすべてを無にしろ。目の前にある笑顔だけを守るつもりでいればいい」
「笑顔だけを……」
「泣かせたくはないだろう?」
大きく目を見開いたあと、ルカはぱぁっと顔を明るくした。
「さすがは義兄上! ツェツィー様の泣き顔も可愛すぎて堪らないなどと思っている浅はかなわたしとは大違いです!!」
頬を上気させ、尊敬のまなざしを向けてくる。そんなルカを前に、ジークヴァルトはぐっと眉根を寄せた。
(……泣かせたくなる気持ちも、分からないでもない)
口に出されることなく、ジークヴァルトの胸の奥底に、その言葉はそっとしまわれたのだった。
次回こそ本編に戻ります!




